30年目の乙女心
5人が駆け付けると、人間の欲望が巨大化して暴れまわっていた。そう、これがダークナイト・メアのいつもの手口。誰かの欲望に取り付き、自分勝手な夢を叶えるための怪人に変身させてしまうのだ。
『オレダッテ、オレダッテ、チクショー!!ナンデオレバッカリー!!』
こういう状態になってしまう人間は、たいていが不満を抱えている。それが不遇によるものなのか、あるいは自業自得なのかはケースバイケースだったが、ただ一つ共通する事実といえば、とにかく元が人間であるのだから、何としても目を覚まさせて反省させなければ助けられない。
「とにかくみんなを守らなきゃ・・・!!変身するよ!!」
茜がそう呼びかけながら、仲間へと視線を投げかけながら右手を空へ掲げた。不幸中の幸いにも、多くの人々が逃げ去って、街はすでに無人状態になっている。人目をはばかることなく変身できると、強く念じるや否や手の中に光が集まり、先端にルビーの飾りがついたスティックが現れる。約30年ぶりの変身アイテムだったが、しかし彼女たちは伝説の戦士。たとえ何年が経過していようとも、いざというときには彼女たちだけがそれを使いこなせるのだ。
茜はスティックを手に、胸の前で腕をクロスにした。そして瞼を伏せて心を落ち着かせながら、変身のための呪文を唱える。
「夢見るように燃える愛、炎の化身!ラブリードリーム・ルビー、参上!!」
スティックの先のルビーから、赤い光の粒があふれ出した。そしてその粒はあっという間に茜を包み込み、やがて飛び去るように散って消える。そこには、赤を基調にしたフリルでいっぱいのミニスカート姿に変身した茜、ラブリードリーム・ルビーが佇んでいた。
「さあ、行くよ!!」
すでにみんなも変身済みと信じ、茜・・・いや、ルビーが再び仲間を振り返る。が、しかしそこで目にしたのは、レストランにいた時のまま、困惑顔でかたまっている4人だった。
「え・・・!?ちょっとみんな、何やってるの!?早く変身して敵を反省させないと、街がどんどん壊されちゃうじゃない!」
「えー・・・でもぉ・・・」
誰ともなく、拒絶の言葉が漏れる。その反応に、ルビーの眉が大きく歪んだ。
「でもじゃないでしょ!!何がでもなの!!」
何かと理由を問われると、まずひかるがひかるらしくない小声で言い訳する。
「だって・・・あたしたち、もう43歳なんだよ。ねえ?」
リーダーが口火を切ったことで安心したのだろうか、葵と翠、さらに透子もそれに続いた。
「変身って簡単に言うけど、だってルビーのコスチューム見たら・・・30年前と同じじゃない」
「そんな格好するなんて、ちょっと恥ずかしくって今更できないわ」
「私も、パーティーでちょっと派手なドレスを着たりすることはありますが、でも・・・いくらなんでもこれはちょっと・・・」
それでは勇んで変身してしまった自分はなんなのか、いったいどうすればいいのかと、ルビーはひとり孤立した状況に茫然となる。
「でも・・・ダークナイト・メアを倒したとき、ひかるだって言ってたじゃない!!もしもまた世界が危険にさらされるようなことが起きたら、また絶対戦うって!!ひとりでも、だけどできればみんなで力を合わせて戦いたいって、言ってたでしょう!?忘れたの!?」
「えー、私そんなこと言ったっけ?」
あっさり意志をひるがえしたひかるだったが、しかしそれに関しては他にも証人がいた。
「ああ、それは言ったわよ、ひかる。私も確かに聞いたの覚えてる」
「ええ、ひかるちゃん、ガッツポーズで断言したわ」
「それは私も覚えておりますわ。ひかるさんの熱さに、私も感銘を受けて共感しましたもの」
その証言に我が意を得たとばかりに、ルビーがムキになって主張する。
「ほらね!!あんた、戦うって言ったじゃない!!いったことには責任取りなさいよ。さあ!!」
「でも、でも無理!!だってあのころは中学生だったもん。変身した格好もかわいいと思えたし、ちょっと似合ってるかなーっていうのも思ってたし・・・」
「ああ、もうっ!!今でも似合うよ!だからさっさと変身して!!」
「嘘!!だって・・・そりゃ茜はスタイルも変わってないし、今も若く見えるけどさ、そんなルビーですら痛々しく見えるんだよ!!私なんてもっと無理だもん!!」
痛々しいと指摘され、ルビーは決して軽くはないめまいを覚えた。
「そりゃあ・・・正直言えば私だって、こんな姿になんかなりたくないわよ。でもさ、このコスじゃないとパワーが発揮できないんだよ!!だったらしょうがないでしょ、割り切るしかないじゃない!!」
「無理無理無理無理無理!!」
「無理じゃない!!」
思わず絶叫してしまうが、しかしひかるはそれでも頑なに動こうとしなかった。その様子に、ルビーは深いため息をつき、他の3人から説得しようと矛先を変えた。
「葵!翠!透子!」
「え!ご、ごめん!!勘弁して!!」
葵が顔の前で手を合わせて懇願するが、実際問題ごめんで済む話ではない。すでに目の前で街が破壊されているのだ。一刻も早く変身して、全員で戦闘態勢に入らなければならない。
「それじゃあ世界はどうなるの?いったい誰が守れるの!?」
「えー・・・警察・・・とか?」
おずおずと答える翠に、ルビーが大きくかぶりを振った。
「警察だって人間だよ!あんな化け物相手にできるわけないじゃない!!」
「そりゃあ・・・そうだけど・・・でも、私たちだって人間だし・・・」
ひかるの反論が背後から聞こえたが、しかしこんなことで引き下がるわけにはいかなかった。
「でも私たちは戦士でしょう!!選ばれた、伝説の戦士でしょう!!」
そしてその言葉に、4人の顔つきに緊張が走る。いつもインストラクターとして、人を指導している立場である。たとえ些細であろうとも、彼女たちのその変化を見逃すルビーではなかった。
「こんな姿、私だって恥ずかしい。みんなと同じ43歳だもの、確かに恥ずかしいよ!!だけど私は伝説の戦士、ラブリードリーム・ルビーだから!!みんなと一緒に戦った、ラブリードリーム・ジュエルの一員だから変身したんだよ!!」
「ルビー…」
「世界を守れる力をもらったのに、このままあきらめたらどうなるの?私は頑張りたい。あのころみたいに・・・ううん、あのころよりも守りたいものが増えた分、私は全力で戦いたい!!」
そしてその「守りたいもの」というキーワードに、まず葵が立ち上がる。
「ごめん、ルビー。私が間違ってた・・・」
「葵・・・」
「私たちが守らなかったら、世界は終わっちゃうのよね。終わっちゃったら、ここまで築いてきた全部がなくなっちゃうのよね。そんなことになったら・・・30年前に私たちが必死に頑張ったあの戦いも、みんな意味のないものになっちゃうのよね・・・!!」
「そうだよ!!」
やっと味方が現れたと、ルビーの頬に赤みがさす。しかし彼女に説得されてくれたのは、葵ひとりだけではなかった。
「ルビー!葵さん!!私も変身します!!」
「透子!!わかってくれたの!?」
「私にも守りたいもの、あります!!家族を守りたい。子供たちの未来を守りたいです!!」
そう叫ぶや、透子が右手を空へと掲げ、それにつられるように葵も同じ動きをした。二人の手の中にスティックが現れると、ルビーがそうしたようにポーズをとって、それぞれの呪文を口にした。
「夢見るように清める愛、純潔の化身、ラブリードリーム・オパール!参上!」
「夢見るように諭す愛、知性の化身、ラブリードリーム・サファイア!参上!」
そしてその呪文に呼応して、透子のスティックからは白い光の粒が、葵のスティックからは青い光の粒があふれ出し、二人を包み込んできらめいた。
「ごめんね、ルビー!!」
「お待たせしました!!」
ラブリードリーム・ジュエルに変身した二人が、笑みをたたえて登場する。
「これで3人、さあひかる、翠、二人も早く!!」
喜びを胸に振り返ったルビーだったが、彼女がそこで見つけたのは、たがいに身を寄せながら路上にしゃがみ込んでいるひかると翠の姿だった。