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恐怖の再来

「え!?翠が!?」

 ひかるがついつい大きな声をあげてしまい、店内の視線を集めてしまう。あわてて口に手を当てて、周囲にご迷惑おかけしましたとばかりに頭を下げた。

「ひかる、興奮しない!」

「ごめん、茜。でもさ、あの引っ込み思案だった翠が、ネットで個人サイト始めたなんてびっくりしちゃって。そんなに翠の作ったものってすごいんだ。へえ!!」

「えーっとね、ちょっと待ってね」

 そのまま携帯を取り出すと、翠は手のひらの上で操作をした。そして自分のサイトを開くと、みんなの前に差し出して見せる。

「こんな感じかな」

 そこにはハンドメイドの人形や小物の画像が並んでおり、そのどれもがセンス良くかわいらしかった。かつての仲間にこんな才能が隠されていたとは、戦いの日々に明け暮れていたあのころには、全く知ることのできなかった一面だった。

「かわいい~!!」

「素敵~!!」

 仲間の感嘆の声に、照れたように微笑む。が、葵だけは顔から笑みをけし、社長の顔になって交渉を始めた。

「ねえ!これ、通販だけじゃなくてうちの会社でも扱いたい!!」

「え?そんな大袈裟なものじゃ・・・」

「そんなことないって!ちゃんと商品として通用する!ううん、それ以上だから!ね、私の社長としての目を信じて!!」

「そんなこと急に言われても・・・」

 戸惑いを隠せない翠の様子に、仲間がこぞって励まし始めた。個人サイトを立ち上げたと聞き、昔の引っ込み人は改善されたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい彼女に、とにかく自信をつけさせようと口々に作品を誉めそやした。

「大丈夫だよ、すっごいかわいいもん!!」

「本当に、翠さんの作品はどれもほしくなりますわ!これは個人で取引するより、ちゃんと会社を通したほうがいいかもしれませんね」

「そうよ、ね?個人の取引じゃ変な文句をつけてくるお客さんもいるんじゃない?会社の体をなしていれば、そういう客がごねるハードルも高くなるし、仮に何か言ってきてもこっちで対処できるから。ぜひそうしなさいよ!ね?」

 こういう時に俄然張り切って大騒ぎするといえば、誰もがひかるの存在を思い浮かべるところなのだが、茜と透子そして葵の賞賛をよそに、意外にも当の本人は沈黙を守っていた。

「ひかる?どうしたの?」

 翠の携帯を握りしめ、画面をじっと食い入るように見つめているひかるに、周囲が困惑をにじませる。もともとお嬢様の透子は別格として、葵は社長、茜は好きな道で身を立てている。同じ専業主婦の立場だと思っていた翠の予想外の活躍に、自分だけ社会とつながっていないような、取り残された錯覚を抱いているのではないかと心配したためだった。

 だが、ひかるはどこまでいってもひかるだった。彼女にマイナスの感情は似合わない。かつての眩しいほどの前向きさは、決して失われてはいなかった。

「あ、ごめん!!だってあんまりにもかわいくって、うちの娘に買っちゃおうかって悩んでたの」

 その屈託のない笑顔に、ひかるを見つめていた4人はラブリードリーム時代の面影を見た。



「ひかるさんのお子さんって、二人ともお嬢さんなんですの?」

 透子が尋ねると、茜が呆れ顔になる。

「なに?あんた性別も言ってないの?」

「え?そうだっけ?」

 慌てるひかるに、透子がくすくすと笑う。

「だってひかるさんのメール、子供が生まれたよーっていうだけなんですもの。名前もありませんでしたわよ。私、お祝いしたいので、せめてお名前を教えてくださいって返事でもうかがったのに。しかたがないので、どちらでも使えるようなものを贈りましたけど」

「そうだっけ。ごめん、気をつかわせちゃって・・・あ!でも写真付けたよね!?」

「赤ん坊の顔で性別判断しろとか、あんたひどいよ!」

 茜がさらに追い打ちをかけると、ひかるが申し訳なさそうにうなだれた。

「うっかりでごめん」

「大丈夫、みんなひかるちゃんのドジには慣れてるから」

「え~!翠までフォローなし!?」

 しょんぼりするひかるだったが、しかしそれでも自分の子供の話はまんざらでもないようだった。

「でも、一緒にお菓子作りなんて素敵ですわ」

「でしょ!!そうなの、すっごい楽しいんだ!」

「ひかる、曲がりなりにもプロだものね。お嬢さん方も一緒にできて、いろいろ勉強になるんじゃない?独身の身としては、うらやましいというか、憧れるわ」

「じゃあ葵も結婚したらいいのに」

 にやにやと家庭を持つことを勧めるひかるだったが、しかし社長業という責務ある立場は、そうそう婚活に没頭できないらしい。

「だめだめ、デートはおろか、出会いすらないもの。仕事に夢中になりすぎて、気が付いたらもう43歳のおばちゃんよ」

「エステに頼るんじゃなくて、ジムに行ったら?茜ちゃんのところなんてどう?」

 翠も提案するが、葵は首を横に振った。

「もう会員になってるの。でも行けないのよ、なかなか時間が取れなくて」

「葵さん、社員増やせないんですの?」

「う~ん、っていうか、最後の判断は自分でしないと気が済まなくって」

「それじゃだめよ~!!」

 ひかるが突っ込みを入れられても、まさか自分がそうされることはないと思っていたのだろう。全員に声をそろえて突っ込まれ、葵は眼を見開いて背筋を伸ばした。

 まさにそのときだった。

「きゃ~!!」

「助けてー!!」

 突然、外から何人もの人たちが店内へと駆け込んできた。いったい何があったのかと、店の窓に視線をやった5人が目にしたのは、叫び声をあげながら逃げ惑うパニック状態の人々だった。

「どうしたんですか?何があったんですか!?」

 店内に転がり込むや否や、そのまま床に這いつくばって震えている人々に、店員が落ち着かせようと声をかける。するとそのうち、ひかるたち5人よりもかなり年上そうな男性の口から、思いもよらない事態が伝えられた。

「怪人が・・・!!昔、何十年か前にテレビのニュースでやってたみたいな、黒くて大きくて、とにかく変な怪人が現れたんだ!!」

 怪人という言葉に、5人が互いに顔を見合わせた。

「怪人って・・・なんですか?」

 しかしここ30年は、ずっと平和が保たれてきたのだ。まだ学生のバイトらしき店員には、その怪人というキーワードが通じない。

「怪人って言ったら怪人だよ!!あんたにも親がいるだろ!?親に聞いたことがないのか!あの・・・伝説の戦士に倒されたはずの、あの怪人だよ!!」

「え、伝説の戦士って・・・教科書で見たアレ?」

 伝説の戦士と聞いて、他の店員たちも集まってくる。

「女性ばっかりの、あの集団?」

「女性っていうか、ほぼ子供って習ったよ」

「なんて名前だっけ・・・?ええっと、ドリームラブ?」

「違うよ、テストに出たよ!ラブリードリームだよ、ラブリードリーム・ジュエル!!」

 そんな店員たちの会話から、自分たちが教科書に掲載されて授業で取り扱われている事実を知り、驚くと同時に気恥ずかしくなってしまう。ひかると翠と透子には、それぞれ子供がいるが、誰もそんな話を聞かされていなかった。とはいえ、ラブリードリーム・ジュエルの正体が秘密なのだから、子供たちがあえて報告してくるはずもないのだが。

 とにかく事態は決して、照れたり戸惑ったりとのんきにしている余裕はなかった。そんな状況を把握し、真っ先に正気を取り戻したのは、あのころから知的で冷静沈着な葵だった。

「とにかく、何が起きているか確かめなきゃ!!」

 そしてそれに続いて同意したのは、あのころと同様、行動力抜群の茜である。

「そっか、そうだね!!とにかくお店を出よう!!」

「会計は私が済ませておきますわ。とにかく皆さん、お先に行ってください!!」

 透子が素早い動きで伝票を手にする。が、しかしそれ以上の早さで、葵が伝票をひったくった。

「いいわよ、私がおごるから!みんな先に行って!!」

「そんな、私が支払いますわ!!」

 とはいえ、一度払うと言ったのだ。透子もプライドにかけて引き下がれない。

「何言ってるのよ、いいってば!!」

 そしてそんな二人の間に割って入り、ほかの3人も支払バトルに参戦する。とはいえ、こちらはごく普通の経済観念のグループである。主張はおごりではなく、あくまでも割り勘なのだ。

「ちょっと二人とも、そんなのだめだよ!悪いよ!!」

「そうよ水臭い!!ちゃんと均等に計算しましょう!!」

「私たちみんな、同じ仲間なんだから!!」

「でももう出すっていっちゃったんだから、気持ちよく出させて!!」

「だめです、その理屈なら私が一番に申し出させていただいたんです!!」

 外はパニックだというのに、おばちゃんたちは会計の奪い合いを始める。その騒ぎ店員が気付き、

「お客様、あの・・・お客様!」

と、もめる5人に水を差した。


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