同窓会
レストランのドアを開けると、そこにはすでにエメラルド、もとい翠の姿を見つけた。そしてその瞬間、彼女と最後に会った成人式のころへと気持ちがトリップする。
「ごめん!待った?」
「ひかるちゃん。久しぶりね」
そのままテーブルの、向かいの席に腰を下ろす。心は少女のころに戻っても、さすがにその容姿には23年の時が流れていた。
「みんなは?」
「さっき葵ちゃんからメールで、駅に着いたって連絡が来たわ。多分もうすぐ着くんじゃない?」
「そっか、私のほうには茜から電話が朝イチであったよ。仕事場に携帯忘れちゃったから、そっちにとりに寄ってから来るって」
「茜ちゃん、スポーツインストラクターだっけ?まだ独身なの?」
「そう。運動してるから今も昔と同じ体型で、すごく若く見えるよ。でもよって来るのが年下ばっかりで、いやなんだって。ほら、あの子ルビーのころから姐さん気質だったじゃない」
「うふふ、それはひかるちゃんがリーダーなのに、頼りないからって言ってたわよ」
「ええ!?ひど~い!!」
思わず大きな声で反応すると、その会話に吸い寄せられて一人の女性が歩み寄ってくるのに気が付く。先ほどメールがあった葵かと思いきや、彼女よりずっと小柄で華奢な、しかし同年代の女性が微笑んでいた。オパールこと、透子だった。
「オパ・・・透子!?」
「やっぱりひかるさんでしたのね。相変わらずお元気そうで、お会いできて嬉しいです」
「あはは!久しぶりに聞いたわ、そのお嬢様節。ラブドリのときだけは普通にしゃべるのに、普段は最後まで敬語が抜けなかったよね」
透子はお嬢様学校に通っていたため、その誰もと住む世界が違っていた。仲間同士、連絡先や近況は定期的に交換し合っていたが、最後に直接会ったのは全員、ダークナイト・メアを封印したあの日以来だった。
「透子ちゃん、座って座って!」
翠にうながされ、透子が優雅なしぐさで翠の隣に移動する。その一挙手一投足に、セレブの香りが漂っていた。
「透子に会ったら思い出しちゃった。前におうちに招待された時にごちそうになった、あのおいしいスイーツ!!」
「そういえばそんなこともありましたわね」
ニコニコと相槌を打つ透子に、ひかるの顔が険しくなる。
「そう考えると、私のこの体型は透子のせいかも」
「え!?」
驚いてひかるをまじまじと見ると、年齢を重ねたのに比例して、腰回りにお肉も重ねていたらしい。すっかりふくよかな体型に変貌を遂げていた。
「私、ラブドリ卒業してから、時間が暇になっちゃって、お菓子作りに目覚めたんだよね!作っちゃ食べて、作っちゃ食べて、透子のお屋敷でごちそうになったあれを目標に頑張ったんだ~」
「ああ、それで栄養士の学校に行って、パティシエになったんですね!!なんでひかるさんがって、ちょっと意外でしたの。だってあのころはお料理なんて興味なかったし」
メールの近況報告だけでは把握できなかった、仲間の人生の軌跡に透子の表情がほころんだ。その反応に、翠が変わって補足する。
「せっかく結婚しても続けてたのに、子どもができて辞めちゃったのよね」
「ええ、そういうおおまかなことはメールで教えてくださるんだけど、ひかるさんの連絡はいつも女子大の栄養科に進学しましたーとか、結婚しましたーとか短いから、具体的なことが伝わらなくて」
透子の言葉にひかるが小さくなる。
「ごめん、長い文章って苦手で!!」
そんなひかるの恥ずかしそうな姿に声をかけたのは、翠でも透子でもない、さらに別の女性だった。
「時間が暇になったら、お菓子作りじゃなくて勉強に力を注げばよかったのに」
振り返るとそこに、葵の姿を認める。
「わあ!!サファイア!!」
「ちょっと、その呼び方やめて。恥ずかしいじゃない!ひかるったら相変わらず声が大きいんだもの。入口のところでもう、会話が聞こえてきたわよ」
「嘘!やだ恥ずかしい!!」
さらにさらに小さくなるひかるに、他の3人が思わず吹き出す。と同時に、レストランのドアが開いて最後の待ち人が姿を現した。
「ごめん、待った!?あれ、もう盛り上がっちゃってるの?」
早足でテーブルに近づいた茜は、時間を超えて明るく笑い合う仲間の空気に笑顔で抗議した。
「かんぱーい!!」
まだランチの時間ではあったが、なにぶん23年から30年ぶりの再会なのだ。5人はワイングラスを傾け、久しぶりの時間に酔いしれる。
「よかったー、葵も独身のままで。知らせてこないだけで、実はもう相手がいるんじゃないかって心配だったんだ」
茜の言葉に、葵が不満そうな表情になる。
「仕方がないでしょ、恋人を作る時間なんてなかったんだもの。仕事が忙しすぎるの!そういう茜こそ、実はいい人がいるんじゃないの?スポーツインストラクターなんて、スタイル維持してるしかっこいいもの」
「いたらそんな心配しません!そういう葵こそ、キャリアアップできるだけ積んだらさっさと起業してて、気が付いたら成功した女社長じゃない。雇われ者のこっちより、断然かっこいいよ」
「好きな仕事してキラキラしてるくせに、何言っちゃってるのよ!」
そんな二人の応酬に、
「二人とも仕事が恋人だね」
ひかるが冷やかす。すると葵と茜の二人が声をそろえて
「うるさい!」
と、ひかるを睨み付けた。その様子に、翠と透子が楽しげに笑う。
「これこれ、久しぶりに見られて懐かしい」
「ほんと、いっつもこんな感じで叱られてましたわね。ひかるさん」
「え~!それって成長してないってこと?」
ひかるの間抜けな悲鳴に、つられて葵と茜も笑顔に戻った。
「それにしてもほんと、透子ちゃんと茜ちゃん、全然今も変わらないわね。ずっと痩せたままでうらやましい。葵ちゃんも少しふっくらしたけど、それでもあんまり変わってないし。相変わらず美人でため息出ちゃう」
「ちょーっと翠!!さりげなく私だけ名前はずしてる!!」
ひかるの抗議に、翠が苦笑いをする。
「だってひかるちゃん、私と似たり寄ったりの体型だから」
「うーん、確かにね。それでも独身の葵と茜はわかるんだけど、透子なんて私たちと同じ、専業主婦で子持ちでしょ。こっち側の人間なはずなのに、スタイルよく維持してるよね!どうなってるの!?秘訣は!?やっぱりセレブ御用達のジムとか行ってるの!?」
「ええ・・・秘訣ってそんな・・・私も運動しなくちゃって思ってるんですけど、なかなか時間が取れなくて。むしろ子供たちの学校関係のお付き合いがあるので、毎日ランチでのお食事になったりしていて、カロリーも結構とってますし」
その返事に、4人が一斉に食いついた。
「それでそれ!?マジで!!」
「ほんとに秘訣はなに!?」
が、それも次の答えで簡単に秘密が明かされてしまう。
「だから家の食事は家政婦さんにおまかせしてます。栄養士の資格のある方なので、バランスのいい献立を考えてくださいますわ。スタイル維持もエステに丸投げで、私個人でやっていることなんてたかが知れてますの」
「うはー!家政婦さんにエステ!!やっぱりセレブ専用の秘訣だわ!!」
経済状況の格差に嘆くひかりの真横で、葵が対照的なため息をつく。
「なんだ、エステじゃ私と同じか。ほかに何かあるかと思ったのに」
「くはっ!!社長さんもセレブか!!」
「もう、ひかるったら!」
いちいち大げさに反応するひかるに、茜が姉御肌よろしくたしなめた。