招待
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~駄文雑文です~
~ご指摘下さい~
~更新ペースは遅いです~
五月十七日 午前八時―――
それは三ヶ月前のことだった。
市内の安アパートの二階。扉を開けると左手側に流しとコンロだけのキッチンがあり、冷蔵庫は見当たらない。
目の前には窓があり、少しだけベランダがある。2LKの部屋だ。
突如鳴る携帯の着信音で目が覚める。着信音は人気急上昇中のロックバンドの新曲。
なんでこの曲にしたんだろうか?
枕元の携帯の画面には見慣れぬ番号。
枕に顔を埋めたまま、電話に出る。
「……はい」
「あ、もしもしぃ? 結城ぃ?」
疑問形で話してくる、甲高い声。
「……高木?」
「そうそう。 っても、今は山崎なんだけどぉ」
高木直子。中学の同級生。あの頃は茶髪で化粧をしてた。確か高校中退したって話を聞いた。
「あのさぁ、 結城って探偵やっとん?」
「子守りから浮気調査、 何でも引き受けます。 結城探偵事務所」
結城涯。それが俺の名前だ。二十六歳。親父が金田一耕助と探偵物語に憧れて設立した結城探偵事務所の二代目所長。
親父に推理力があるわけはなく、探偵事務所と言うよりは便利屋だったこの仕事を高校を卒業してから八年間続けている。
母親は、俺が幼い頃に病気で死んだ。親父は俺が高二の頃、突然失踪した。妹の美嘉は大学生。
今は、便利屋……探偵事務所の収入と美嘉のバイト代で生活をしている。事務所には二人の所員がいるが、給料未払いだ。
「殺人事件の謎解きとかやっとん?名探偵結城涯みたいな?」
甲高い笑い声は、頭に響く。飲みすぎた次の日の朝並みに頭が痛い。飲めないけど。
「やってねぇよ……てか、用事は何?」
ベットから降りて、テレビをつける。朝の情報番組の星座占い。おうし座…12位。『再会に要注意!!あなたにとっては良くない傾向?!』
思わず携帯を見る。
「あのさぁ、ダンナの親戚にすんごい金持ちのオバサンがおって、その人がむっちゃミステリーファン?みたいなカンジでさぁ…」
二十五にもなってこの喋り方はないと思う。それこそ、中学生の喋り方だ。
「あたしの知り合いに探偵おるってゆったらぁ、屋敷で推理パーティするから来て欲しいって言っとってさぁ」
「そのおばさん、どんな名前?」
「えっとなぁ……確か森田優子って、推理評論家ぁ?テレビにもでとるらしいよぉ」
森田優子。二時間ドラマの魔女と呼ばれた元女優で、生粋のミステリファン。そして毒舌。彼女の毒舌で何人の新人推理小説家の夢が潰れたことか。
「パーティに俺が行けと?」
「そうらしいよぉ。招待状、事務所に送ったらしいよぉ」
そう言い残すと電話が切れた。
『おうし座のラッキーアイテムはシルバーの携帯電話』
テレビの音を聞きながら、携帯を見つめる。
俺の携帯は黒色だ。
五月十七日午前十時―――
府山市夕闇町。産業都市として栄える府山市の北側にある夕闇町は自然豊かな町で、日本一犯罪の少ない市町村として有名だ。
夕闇駅南口から徒歩五分の商店街にある雑居ビルの三階に、結城探偵事務所はある。
ちなみに一階と二階は、古本屋で四階は空きだ。
「おはようございます」
結城探偵事務所と印字された扉を押して中に入る。
床と天井はタイル張りで、蛍光灯の電源は切ってある。節電だ。
右手側には、中古で買った応接セットが置いてある。
中央には事務机が三つずつ、六席置いてあり、その奥にも事務机がある。
奥の事務机には『所長 結城涯』と印字されている。
事務椅子の一つに座っている中年男性。
大野茂蔵、四十八歳。クリーム色のベストを着ていて、柔和な顔つきをしている。
古今東西様々な事を知っているから、子供の頃は辞書のおじさんと呼んでいた。
父親の代からこの事務所に務めている古株で、最近髪の毛が寂しい。芸能人で言うと角野卓造に似ている。
そして、所長席に座っている若者。
浅見龍哉。二十五歳。金髪、耳ピアス。藍色のシャツにダメージジーンズ。
第一印象は柄が悪い。高校の同級生で仕事がないと言うから雇ってやった。
市原隼人似?
「おはようございます」
「おっ~す」
龍哉は読んでいた週刊誌から顔を上げずに言った。
「あのさぁ、いつも言うけどそこ俺の席」
「あのさぁ、いつも言うけどここ変わって」
「うるせぇ馬鹿。仕事しろ」
龍哉は軽く舌打ちをしながら席を空けた。
「仕事ねぇだろが」
ごもっともです。
「シゲさん、森田優子って知ってます?」
机の上に、携帯を置きながら聞く。
「ええ。私らは世代ですからね。デビュー当時は歌も販売したんですよ。今じゃ黒歴史のようですが」
それは、初耳だ。
「森田優子ってあのウザイおばさんだろ?どうしたんだ?」
龍哉が聞いてきた。
「……森田優子の推理パーティに誘われた」
それを言うと、二人が驚いたように言った。
「ほほほ…本当ですか?」
「マジかよ」
「事務所に招待状届いてないか?」
そう聞くと、茂蔵が書類の束から一通の封筒を抜き取った。
「これですか?差出人不明だったんでどうしようかと思ってたんですが…」
封筒を受け取ると、少し膨れていた。
封を切って、中身を取り出すと招待状と書かれた四枚の紙が入ってた。
「結城涯様、大野茂蔵様、浅見龍哉様、真野薫様」
茂蔵が声にだして読む。
「薫の招待状まである……」
「手紙入ってるぞ」
龍哉が一枚の便箋を取り出し、読み始めた。
「拝啓 結城探偵事務所の皆様
突然の御無礼をお許し下さい。森田優子と申します。この度、私の屋敷で
推理パーティを行う運びとなりました。推理パーティと言っても私の趣味の延長の
ようなものなので、お気軽に参加下さい。
ところ:府山市北神沼○×△-□ 加納邸
日時:五月二十二日 十九時より
五月十六日 森田優子 」
「行くのか?」
龍哉の問いに、少し考えてから
「どうせ仕事もないしな」
そう言い、携帯を両手で持ち両の親指でボタンを連打する。
「涯さんはメール打つの早いですよね」
「ボタン連打で涯に勝てる奴なんていねぇよ」
メールを送信して、携帯を机に置いて所長席に座った。
「推理パーティで本当に殺人が起こりそうな予感がする」
「私もそう思います」
龍哉がそう言うと、茂蔵も同意した。
「推理小説の読みすぎだ」
「でも、お前がいると必ず不吉なことが起きる」
「昔からですよ」
言い忘れたことがある。俺はとてつもない悪運の持ち主。
遠出……今回は近場だけど……すれば必ず死体に出会う。
その為か、知り合いの警察官には『もうお前が犯人じゃね?』と言われたこともある。
五月十八日 午後二時―――
府山プリンスホテル。九年前にオープンした府山市の駅前にある地上二十二階、地下五階のホテル。
利用者は一般観光客から、ハリウッドのセレブまで幅広い層の御用達であり、現在ホテル業界で最も売上の高いホテルである。
「お待たせ」
エントランスの座り心地の良い椅子でウトウトしていると、声をかけられた。
「おう」
短く返事をして、椅子を勧めた。
「森田優子について調べたよ」
真野薫。二十五歳。地方新聞 夕闇日報の記者。中高の同級生で一応俺の彼女。短大卒業後、一度は東京に出たが数年前戻ってきた。
服装は仕事着のグレーのスーツを着こなしているが、足元はスニーカー。走りやすいように、だそうだ。髪型はセミロング。
森田優子の資料は厚さ五センチにもなる。
「多い」
素直な感想だ。
「とりあえず、最初の三枚はウィキペディアの写し。その後半分が、誕生からレコードデビューまでの情報……曲だしてたんだね。残りは、結婚引退後の未発表の記録」
「一日でこんなに調べたのかよ?」
「うん。あ……」
薫が紙切れを渡してきた。
「何これ?」
「森田優子の故郷への旅費ね」
結城涯様と書かれている紙が七枚。領収書?
って……
「高すぎだろ!!」
「カニが美味しかった~」
「お…お前」
落ち着け落ち着け、俺。平常心だ。
「……で、推理パーティの方は?」
「十七枚目」
資料の十七枚目を取り出す。
「結構本格的な推理パーティらしいよ。毎年、森田優子の考えた謎を解いて最後に残ったチームに、賞金だって」
「チーム戦?」
「四人一組のチーム形式なんだって。鳴海探偵事務所も出場するらしいよ」
鳴海探偵事務所は創設者で現所長の鳴海耕一郎が、一代で全国規模の探偵事務所にした。
鳴海耕一郎と俺の親父は、いわゆるライバル関係で親父は『鳴海には負けるかぁ!』と言っていた。
「なんで森田優子の事なんて調べるの?浮気調査?」
薫の問いに、ポケットから招待状を取り出して答えた。
「推理パーティに招待された」
「嘘?!」
「マジ。薫も招待されてる」
薫は招待状を受け取り、食いつくように見る。
「んー…行くけど…」
「行くけど?」
「涯と出かけると、死体に会いそうで困る」
「俺が一番困ってるよ」
五月二十二日 午後六時四十分―――
森田優子は資産家の加納行正との結婚を期に芸能界を引退したが、引退後数年で推理小説を出版する。
処女作『一ミクロの真実』は、数々の賞を受賞した。その後の作品も数々の賞を受賞し、最新作『無限の嘘』は近々映画化されるそうだ。
「大きいですね」
加納邸の前で茂蔵が呟いた。
「その前に俺ら、場違いじゃね?」
「お前だけだろ」
森田優子はともかく、加納家は芸能界、政界などさまざまな世界に太いパイプを持っている。
例年の参加者には、現在の総理大臣をはじめ、さまざまな著名人が参列している。
俺とシゲさんは一張羅のスーツ、薫も安物だがドレスを着ているが、龍哉だけ私服だ。
「ねぇ、涯!ネーミング息子がいるよ!」
「涯さん!桂能登丸さんがいらっしゃってます!」
「涯!SNAP!TAKIO!V9!KEN-TUM!」
真正面のレッドカーペットを歩き、邸内に入っていく有名人を見てテンションが上がったのか、
「痛い痛い!肩叩くなお前ら!!」
と、叫ぶ程肩を叩いてくる。
邸内に続くレッドカーペットを歩く、有名人達が失笑しながらこちらを見ている。
背後で、車のブレーキ音とドアの開く音した。その直後、レッドカーペットを通った有名人。
「うぉぉ!!ジャ乱Oのえのぐ♀!!」
偶然見つけた有名人にテンションが上がる。ジャ乱Oは、涯たちの学生時代に最も流行ったロックバンドである。
「あの~」
突然声をかけられ振り向くと、大柄な男がいた。
「結城様でございますか?」
その男は、所謂執事服と言うものを着ていて、髪は白髪の角刈り。銀縁のメガネを掛けている。
「はい、そうですけど」
「お待ちしておりました。私、加納家執事の有松と申します。あちらで奥様がお待ちです」
そう言って右手を加納邸に向けた。
五月二十二日 午後六時五十分―――
「あなたが結城さん?」
案内されたのは、森田優子の個室。かなり広い。天井にはシャンデリアがあって、ベットもレースのカーテンが付いている。
そして広い。学校教室二個分くらいだ。解りにくいか。
森田優子は五十過ぎの年齢だが、見た目より若く見える。少し皺が目立つが、それ以外は若々しい。
浅野ゆう子に似ている。
「結城涯です」
浅……森田優子は、俺の体を隅々まで見て一言。
「本物の探偵って言うから、もっと賢そうな人かと思ったわ。あなた大学はどこ?」
「あ、高卒です」
一瞬、森田優子の顔が曇った。
「そう。高等学校は良いところのご出身なのかしら?」
「夕闇高校……公立です」
「……まぁ、良いわ。お供の方は」
涯の肩越しに、龍哉たちに話しかける。
「浅見龍哉っす。高校中退っす」
「真野薫です。府山短大卒で、新聞社に務めてます」
「大野茂蔵と申します。東都大学を卒業しています……あの、サイン頂けませんでしょうか」
そう言いながら、古いレコードとサインペンを取り出した。
シゲさん…どこに仕舞ってたんですか
「東都大学!まぁ、立派なご学歴」
森田優子はサインを書きながら言った。
学歴社会と言う言葉を、今日ほど思い知った日は無い。それを察したのか、
「すみません。奥様はああ見えても悪いお方ではないのです」
有松執事が、助け船を出した。
「あ、いえ」
「ところで結城さん」
サインを書き終えた、森田優子は思い出したように言った。
「少し、テストをしてもよろしいかしら?」
「は、はい」
思わず返事をした事を後悔した。森田優子は仮にも、推理小説家で推理評論家。『一ミクロの真実』をはじめとする、森田優子の小説のトリックは手が込んでる。
やりすぎだ。俺は、結城探偵事務所の専門は子守りから浮気調査まで。爆弾魔や模倣犯なんて言葉使った事はない。
「ある古時計愛好家が殺害されたわ。犯行現場には血文字で『九時十五分三十秒』『十時十分三十秒』と残されてたの。容疑者は『澤部淳史』『吉村俊夫』『藤森哲』。犯人がわかるかしら?」
突如だされた問題に、戸惑いながらも考える。
「吉村俊夫」
思ったより簡単だった。楽勝。
「何で?」
後ろから、薫の声がする。
「古時計愛好家ってのは、大抵アナログ時計好みなんだよ……多分。血文字の『九時十五分三十秒』『十時十分三十秒』をアナログ時計に当てはめてみな」
俺が言うと、龍哉と薫とシゲさんが考え始めた。
「あ、そういう事!」
薫が大声をだした。
「なるほど」
茂蔵も言った。
「は?どういうことだよ」
龍哉だけが納得していない。
「『九時十五分三十秒』『十時十分三十秒』をそれぞれ長針、短針、秒針を使って表すと、『九時十五分三十秒』はアルファベットのT。『十時十分三十秒』はYになる。容疑者の中でイニシャルが『T・Y』なのは吉村俊夫だけ……これ、先週深夜番組でやってましたよね」
森田優子に向かって言うと、彼女は拍手をしながら
「流石ね。探偵は学歴じゃないのね」
やっぱ学歴かよ。
この後行われた推理パーティで俺の悪運は発揮されることになるのだ。
続く……かも
「縦書き文庫」さんでも投稿しています。