美奈子ちゃんの憂鬱 ショタコンお姫様はお好きですか?
桜井美奈子の日記より
○○月凸凹日
水瀬君が怯えている。
授業には出ても、居眠りしない。
授業が終わった途端、姿を消す。
お昼ご飯でさえ……。
水瀬君にとって「最高の楽しみ」のこの時間まで顔を出さなくなったので、さすがに心配して、みんなに心当たりを聞いてみることにした。
私の質問に、
羽山君、秋篠君、未亜―――。
居合わせた全員の視線が、一人に向かう。
「―――あの、何で、私の顔を見るんですか?」
「瀬戸さん、健呆症?」
「……更年期障害か?」
いいすぎだよ。羽山君。
中身の入ったジュースの缶をまともに喰らった羽山君が目を回したけど、さすがに私も、同情するわけにいかなかった。
「―――あー。ヒデエ目にあった」
保健室で簡単な治療を受けながらボヤく羽山君。
「ことある事に水瀬君が地獄見てるんだから、少しは学べばいいのに」
「落とし前は水瀬につけてもらうことにしよう。さぁて、探しに行くか」
「悠理君?」
羽山君の鼻に絆創膏を貼っていた三千院先生が、ベットの方に声を掛けた。
「悠理君?お友達が来てるわよ?」
「ぼ、ボクはいません」
「いるじゃんかよ!」
羽山君が乱暴にベットから布団を引っぺがす。
布団の下には、確かに水瀬君がいた。
「さぼってんじゃねぇ!何してやがる!」
「うううっ……せ、先生……隠してくれるって」
「対象に、この子達は入っていなかったもの」
「とにかく行くぞ!」
「お願いだからボクを行方不明にして!」
「わけわかんねぇこと言ってんな!」
「ラーメンでも何でもおごってあげるから!」
「はぁ……?」
「お、お願い!せ、せめて、午後だけでいいから!」
両手を合わせて拝み出す水瀬君に、私と羽山君は思わず顔を見合わせた。
「―――つまり、お前は、午後からの外部視察に関わりたくない。というのか?」
「そう」
外部視察―――
明光学園は、在籍する生徒達の特殊性から、各方面からの視察を受けることがある。
そして、今日、午後より視察に来るのは……。
「お前、ラムリアースに何か因縁でもあるのか?」
「べっ、別に国単位で怨恨はないよ……」
「ルシフェルの件もあるし、戦争の時の因縁じゃねぇだろうな」
「……コクン」
「おいおい」
肩をすくめて「お手上げ」の仕草をする羽山君。
「お前、殺し合いの中での因縁沙汰を学校に持ち込んでくれるなよ」
「こ、殺し合いの方がまだ気が楽っていうか……」
水瀬君、もう泣き出している。
「お、お願い!お願いだから!友達を助けると思って!午後だけ!午後だけは!」
「……わかった。高くつくぞ」
ため息混じりに席を立つ羽山君が言った。
「ただ、保健室以外の方がいい。サボっていると疑われたら真っ先に来るのはここだ」
やっぱ、友達思いで、面倒見いいんだよね。羽山君。
「ほ、本当!?」
「二言はないが……」
「じゃ、この前、品田君から、HなDVD買っていたの、涼子さんには黙っていてあげる!あの“巨乳看護婦”何とかいうヤツ!」
「殺すぞ!」
ラムリアース帝国
地中海にある騎士発祥の地とされる大国で、騎士達にとっては聖地に近い国とされる。
ヨーロッパで最も超帝国の遺産に恵まれている国だから、私としては、観光名所ばかりが頭に浮かぶ。
で、今日、学校を訪問するのは、来日中のこの国のお姫様。
ナターシャ・レイソン・コーダンテさん。
次期皇帝にして、聖導騎士団長。戦争でも大活躍した人だ。
未亜に写真を見せてもらったけど、華やかな感じの美人さん。
本当に、ヨーロッパのお姫様って感じの人だ。
水瀬君……なんで、そんな人を怖がるんだろう。
黒塗りの車で来校したナターシャさん(お姫様に「さん」は失礼かな?ま、いいや。日記だし)。
当然、一人で来るはずはなく、大使館の関係者やマスコミまで、いろんな人が一緒に来る。
剣を下げている人は、きっと騎士団の関係者なんだろう。
ナターシャさんの周り、かなり騎士が多いみたい。
でも、生徒達が、最も注目したのは、何より日本側の一人。
饗庭樟葉
ナターシャさんと違い、物静かな深窓の姫君って感じの人。さすがに先代の天皇の妹の血を引く、いわば宮家の人ってところかな。
にもかかわらず、皇室近衛騎士団副長兼近衛兵団長代行、近衛中将。戦争では、魔王の親衛隊長の首級を上げた、ルシフェルさんと並ぶ武勲の持ち主。
つまり、今、この学園で、ルシフェルさんを除いて戦争で活躍した女性騎士のツートップが顔をそろえたことになる。
こんなことは滅多にない。
だからこそ、戦争での二人の活躍に興奮した経験のある生徒達は、二人を招いての講演を学園祭並の期待で待ち望んでいるのに……。
私達のクラスの騎士養成コースの生徒達は、体育の見学を受けることになったけど……。
なぜか、マスコミが一時的に下げられ、樟葉さん達自身も、私達から少し離れる。
そのワケは……。
「く、樟葉さん!いっ、痛い!」
「うるせぇ!この私が来てるってのに!保健室で寝てるたぁいい度胸だ!」
怒り心頭という顔の樟葉さんに首根っこを鷲掴みにされ、廊下を引きずられてくるのは―――。
「水瀬君、捕まったみたいね」という私に
「お気の毒様……」と手を合わせる瀬戸さん。
水瀬君の姿に、ラムリアース側がザワッとなる。
間違いなく、水瀬君の姿に驚いている。
対する水瀬君は顔面蒼白だ。
そして―――。
「悠理ちゃん!(^o^)」
「ひっ―――」
絶叫とともとれる歓喜の声と共に水瀬君に抱きついたのはナターシャさん。
何か、頬ずりなんてしてる……。
それをきっかけに、ラムリアースの騎士の人達が何人も水瀬君に声を掛け、似たように抱きついたり、キスしてる女騎士までいるし―――。
まるで、古くからの戦友に再会したって感じの喜び。
「やっぱり、一年戦争の絡み、なんだろうなぁ……」
「うん……綾乃ちゃん。押さえてね」
横で殺意満々の瀬戸さんを、珍しく未亜が止めに入っていた。
視察は順調に行ったらしいけど……。
「あ、博雅くん?」
体育の授業が終わった後で、秋篠君に声を掛けてきたのは、樟葉さんだった。
「ちょっといい?」
水瀬君の友達
その秋篠君の説明に、樟葉さんは、他言無用を条件に同席を許してくれた。
講演の準備で未亜がいないことを、神様に感謝。
「はぁっ……まいったわ。あのバカ息子にも」
樟葉さんが、席に着いた途端、そう言ってため息をついた。
長いストレートの黒髪といい、涼やかな目元といい、本当に美人だ。
結構、ルシフェルさんって、大人になったら、こんな感じかもしれない。
「あの、水瀬、どうしたっていうんです?あいつがあんなにパニックになるのは……」
ちらりと瀬戸さんの顔を盗み見る秋篠君。
気持ちはよくわかる。
「ナターシャはあの子にとって―――」
「?」
「ま、トラウマってヤツね」
「はぁ?」
「ほら、知らない?ナターシャの裏の趣味」
「あ、あの……まさか、ショタ……」
知っているのは私だけだったらしい。
ナターシャさん、実はある側面でかなりスキャンダルの持ち主なんだ。
曰く、ショタコン。
年下の小さい男の子に異様なまでの執着心があるらしく、ベットに引きずり込んだ男の子の数は、両手両脚の指じゃ足りないとされる。
別名 ラムリアースの吸い取り女―――
「そ。そっちの趣味。で、アレにとって、あの子はもろストライクど真ん中だったらしくてね。戦争中は大変だったんだから」
メキメキ……
何か、変な音がする。
「悠理君とは、そういう関係なんですか?」
「瀬戸さんテーブル壊さない!ついでに、そんな怖い声ださないで!」
「……ま、あの反応から察してあげて。喜んでいないのは確かでしょ?」
収まらないのは、瀬戸さん。
もう、怖いなんてモンじゃない。
演壇上のナターシャさんを睨みっぱなし。
さすがというか、ナターシャさんは知らん顔していたけど……。
講演が終わり、とっさに逃げ出そうとした水瀬君を捕まえたのは、何と瀬戸さんだった。
「あ、綾乃ちゃん!?」
「……」
グイッ。
瀬戸さん、何と、水瀬君の腕にしがみつくように寄り添ってきたんだ。
周辺の生徒からは驚きの声が上がる。
しかし、瀬戸さんの視線は―――。
今、思い出しても、あれは怖かった。
本当に恐かった。
瀬戸さん、間違いなく、ナターシャさんにケンカを売った。
水瀬君を巡って、二人の女が視線が不可視の火花を散らし続けている光景なんて、立ち会いたいもんじゃない。
無言でにらみ合う二人。
動いたのはナターシャさんだった。
クスッ
小さく笑った後、軽く手を振って踵を返した。
大人の余裕ってヤツだろう。
対する瀬戸さん、小さく唇をかみ、組んだ腕を放すと、そのまま他の生徒達に紛れて姿をくらませた。
悪いけど、瀬戸さんの敗北。
事件は、それから起こった。
最後の時間は自習。
でも、水瀬君も瀬戸さんも、教室にいない。
携帯も反応がない。
前の誘拐事件のこともある。
マスコミに紛れてさらわれでもしたら―――。
私達は、手分けして校内を探すことにした。
そして―――。
体育用具室。
「ンーッ!ンーッ!」
ガタガタ音を立てるのは、用具室の隅にある清掃用具入れ。
発見したのは私と秋篠君のコンビ。
開いた用具入れの中から出てきたのは、猿ぐつわをカマされ、雁字搦めにロープで縛られた瀬戸さんだった。
「ど、どうしたの!?」
「や、やられました……あの女狐……!!!!」
怒り心頭の瀬戸さんによると、瀬戸さん、「話がある」ってナターシャさんに、ここに呼びつけられ、有無を言わさずこうされたらしい。
「敵の狙いは水瀬君です!」
私達には構わず、瀬戸さんは用具室を飛び出していった。
その頃―――
保健室
「や、やっと逃げられた……」
ナターシャとの鬼ごっこを逃げ切った水瀬が、保健室のベットに倒れ込んでいた。
あの夜のベットでの恐怖から逃げられたんだ。
その安堵感を象徴するように、水瀬の髪を撫でる手があった。
「……へ?」
「はぁぃ?(はぁと)」
ナターシャだった。
桜井美奈子の日記より
瀬戸さんが、保健室のドアを蹴破った所には居合わせた。
ただ、保健室内の光景を見た瀬戸さん、ちょっとアゼンとした後、髪を逆立てながら保健室の中に入って……。
水瀬君の命乞い、そして鈍い音と共に響く絶叫。
そんな中、服を直しながら出てきたのはナターシャさん。
ここで何があったかは、楽天ブログが、1万文字を超えて入力出来る日まで、胸の中に秘めておくことにしよう。
その方がいい。
……絶対。
でも、
水瀬君……。
お気の毒様。