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CROSS ROADS  作者: 柊良
6/10

CROSS ROADS(6)

『よかったわね』

『次も頑張るのよ』

『期待しているからね』

 はじめは笑顔を見せてくれた母も、顔を向けず言葉だけでこたえるようになった。

 満点をとってきても、それは家では至極当然のことのように扱われた。

 あたたかい場所。いつしかそれは、単なる事務的な報告の空間となっていった。

 それからはただ結果だけを報告して答案用紙はさっさと引き出しにしまうようにした。

 満点の答案用紙などに意味は無い。母にとっては結果が全てであったからだ。

 それが日課となったある日、今までずっと満点だったテストではじめて98点を取った。

 それは単純なケアレスミスだったが、橘にとってはたいしたことではなかった。

 順位はあいかわらず1番だったし、他の科目は全て満点であったからだ。

 帰宅し、いつものように1番だったことを伝え、答案をしまう。

 部屋に入りベッドに横になると、すぐに眠気が襲ってきた。

 試験勉強で疲れた体を休めるため眠りにつこうとしたその時、ふいに扉が開いた。

 母だった。

「なんなの…これは」

 母の手には先ほど引き出しにしまったばかりの答案用紙が握られていた。

「なに……って、期末試験の英語の答案だけど…?」

「そんなことを聞いているんじゃないの。なんなのこの点数は」

 母の手が震えていた。点数を報告しなかったことがそんなに気にさわったのだろうか。

「…えっと、…ごめん。でも1番だったし、わざわざ言うほどのことじゃ……」

「このくだらないミスの事を言ってるのよ!!」 

 母親の怒鳴り声によって、橘の言葉は遮られた。

「か……、母さん?」

「こんなミスをして…、恥ずかしいと思わないの?今までずっと満点だったのに…。

 こんなことで……、こんな……」

 肩を震わせながら怒る母親の姿を見て気づいた。

 母はずっと確認していたのだ。今までの全ての試験の答案と、その点数を。

 順位だけを報告し、引き出しにしまうようになった後もずっと……。

「…ご、ごめんなさい。次からは点数もちゃんと言うから。…き、気をつけるよ…。

 ……でも…、ずっと満点をとるなんて…、そんなの…」

「無理だっていうの?」

 気づくと母が冷たい表情をして見下ろしていた。

「……だ、だって、そんなの…どう考えたって…」

「…そう。じゃあ、もういいわ」

 そう言うと、母は静かに部屋から出て行った。

 扉を閉じる音だけががやけに大きく部屋の中に響いた。



「母さんは完璧主義者ですごく真面目な人だから、そんな僕のいい加減な態度が許せなかったんだと思う」

 郁也は知らず知らずのうちに眉間によっていた皺を指先で正した。

 橘の親が厳しいという話はなんとなく耳にしていたが、まさかそこまでだったとは。

 早くに両親を亡くしている郁也でさえ、親の存在意義を疑ってしまうような話だった。

「それからも一応試験結果は報告していたんだ。母さんも相変わらず順位は気になるみたいだったし…。順位だけは落とすことがなかったから、何問か間違っても、あの時みたいに怒鳴ったりとかはしなかったんだ」

 これでいい。どうせずっと満点をとるなんてことは無理だったんだから、このまま順位さえ落とさなければ、母も何も言わないだろう。その時はそう思った。


 

 そして橘が16歳になった冬、兄がT大に合格した。

 


「僕は純粋に嬉しかった。兄貴が本当にそこに行きたがってるのを知ってたし、その為に夜遅くまで勉強してる姿も毎日のように見てたから」

 橘は自分の事のように喜んだ。父も、そして母も。弟は小さかったが、家族の嬉しそうな顔を見て一緒にニコニコ笑っていた。

橘一家はその日のうちに親戚を集めて兄の合格を祝った。橘の親戚は皆彼の家の近くに住んでいるらしく、そういった祝い事や行事の度に集まる習慣があるらしい。去年の大晦日、家で一人漫画を読んでいた自分の姿を想像しながら、郁也はそれはそれでめんどくさそうだなぁと思った。さすがに口にはしなかったが。

「それがどう自殺につながるんだ」

 橘は一瞬びくっと肩を震わせると、俯きながら答えた。

「………自分が必要とされなくなったから、かな」

「は?」

「親戚が集まった時にね、母さんに言われたんだ」



『本当に姉さんの子供は頭がいいのね。下の子達も優秀なんでしょ?』

『ええ、今から将来が楽しみで。すごく期待しているのよ。きっと頑張ってくれるわ』

 そういって橘に目を合わせると、笑いながら言った。

『ね?』

 

 それは確かに笑顔だったが、母の目は笑っていなかった。






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