CROSS ROADS(5)
「砂、真っ白だね」
文字通りの白い砂浜。海は波もなく穏やかで、そこに静かに佇んでいる。
しゃがみこんで砂を掴み上げる橘の姿を視界の隅に捉えていると、頭の中で少女の言葉がよみがえる。
『…貴方にも何かやり残した事があるんじゃない?』
「…なあ、橘」
「何?」
「…なんで死のうとしたんだ?」
橘の砂を掴む手が止まる。
「………直球だね。叶君」
「今更遠慮してもしょうがないだろ。…第一、被害者だぞ俺は」
「………そう、だよね」
立ち上がり郁也に向き直ると、
「………………………………………本当に、ごめん」
深々と頭を下げる。
「……別に謝ってほしいんじゃねぇよ、俺は。ただ、理由を知りたいだけだ」
「……理由………」
口ごもる橘。
「……その……」
「………………」
「……あの…………」
「……………………」
「………………………………なんて…言うか……」
「長ぇよ!!」
パコーン!!といういい音が海辺に響き渡る。
「ご、ごめん」
痛みに頭を押さえながら謝る橘。
これは現実と同じ効果があるんだなと安心しつつスリッパをポケットにしまう郁也。
「で、なんだよ」
「………えっと、座っていいかな?」
あくまでマイペースな橘の態度に苛立ちを感じつつも、砂浜に腰を下ろす。
海からはわずかな波の音だけが聞こえてくる。
「叶君は…家族って、いる?」
「いねぇよ」
即答する郁也の言葉に橘が目を丸くする。
「…そう、なんだ。……ごめん」
「なんか、そればっかりだな」
「ご、……」
「別にいいって。橘んちは?兄弟とかいんの??」
郁也が苦笑しながら話しかけると、橘は少し安心したように口を開いた。
「うん。弟と…、兄貴」
「いくつ?」
「弟は来月で6歳、…兄貴は18」
「そりゃまたえらい離れた弟だな。兄ちゃんは?高校生??」
「…うん」
「どこ高?」
「海城」
「……」
海浜城北高校。全国でもトップクラスの進学校だ。昴の出身校でもある。
ちなみに郁也の通う高校はごくごく一般的な県立高校である。
「……自慢の兄貴だな」
「……うん、ホントに」
苦笑する橘。その表情からは言葉ほどの賞賛は見受けられない。
「……嫌いなのか…?兄ちゃん」
「……ええと、…分からない…んだ。兄貴はホントに頭いいし、運動もできるし…。
すごく、尊敬…してるんだけど」
「けど?」
「……なんていうのかな。兄貴がすごすぎると、その期待は弟にもくるみたいで、さ」
なんとなく理解できた。橘さんのところはご兄弟揃ってすごいのね…というやつだ。
「心配することないだろ、橘なら。全国模試で5位…だっけ?」
「……兄貴はずっと1位だったから」
「……それはそれは」
「なんか、最近両親の俺を見る目も変わってきててさ。…兄貴がT大受かってから」
そりゃ長男の将来は安泰だ。両親の目は嫌でも次の子供へと向かうだろう。
まして弟がそんなに小さいのならば尚更だ。
「それで?勉強すんのが嫌になったのか?」
「…別に勉強はそこまで嫌いじゃないんだ」
「じゃあ、…何で?」
「………」
橘はしばらく俯いていたかと思うと、おもむろに語り出した。
「……はじめは…、単純に嬉しかったんだ。母さんに褒められるのが」
小学1年生のはじめのテスト。たしかとても簡単な計算問題だったと思う。
それでも100点だったのはクラスでたった一人。
『がんばったわね』
そうやって頭を撫でてくれた母さんの手はあたたかくて、…とても優しかった。
そのぬくもりを感じたくて、次のテストも100点を取った。その次も、またその次も。
……いつからだったろう、そのぬくもりを感じなくなったのは……。