CROSS ROADS(3)
―…はマンションの屋上から誤って転落したものとみられています。では次の…―
病院の帰り道、信号待ちをしながら街頭のテレビに視線を向ける。
(…俺がそこにいたら……、…ってスーパーマンかよ…俺)
ぼんやりと浮かぶ自分の考えに頭を抱える。
(なにやってんだろ…、俺)
人を助けて怪我をして。誰かの為に傷ついて、死にそうになって…。
「………俺……、何がしたいんだろ……」
ふと隣を見ると、並んで信号待ちをしている影があった。―――猫だ。
(こいつ、……どっかで)
信号が変わり歩き出す猫。その後姿には確かに見覚えがあった。
(なんだ、俺が助けた猫じゃん)
忘れもしない。記念すべき50回目の被害者の猫だった。
(無事だったのか…、よかった)
感慨深げにその猫を見つめる。と、見覚えのある建物に入っていくのが見えた。
(……ここって…、うちの…、高校?)
猫は随分と慣れた足取りで校舎の裏へ裏へと進んでいく。
(なんだ?ここに住んでんのか?)
なんとなく気になって追いかける。裏門に近づくと、聞き覚えのある声が聞こえた。
「どこ行ってたんだ?散歩か?」
牛乳パックを片手に猫に話しかける男子生徒。同じクラスの橘豊だ。
橘は郁也にとって、クラスで顔を合わせたら挨拶ぐらいはするが、おそらく街中で見かけても絶対に声をかけたりはしないであろうという程度の微妙な存在であったが、クラスでは結構な有名人であった。
別に橘がクラスを引っ張るようなリーダー的存在というわけではない。とにかく頭が良いのだ。
一度クラスの女子が全国模試で5位だったと噂しているのを耳にした事がある。
(………でも正直あまり覚えていない。50位だったような気もする)
毎回追試ギリギリのラインを維持するのに必死な郁也にとって夢のような話だった。
「……からさ、今日は大量だぞ」
順位の事をぼんやり思い出そうとしていると、橘の声が耳に入ってきた。
ビニール袋から食べ物を取り出し、脇に置かれたダンボール箱の中に広げていく。
猫はいつの間にかダンボール箱の中に入り、小皿に注がれたミルクを舐めていた。
(あいつの猫だったのか)
と思いながらその考えを改める。
自分で飼えないからここで世話をしているんだろう。首輪もしていないし。
(教師に見つかんないといいけど…)
「………ごめんな」
橘の声に、思わず立ち去ろうとした郁也の足が止まる。
(ごめん?)
気になって振り返ってみたが、既に橘の姿は無かった。
にゃあ。
のどの下を撫でてやると猫は気持ちよさそうに鳴いた。
午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、程なく帰宅する生徒達の声が遠くから聞こえてきた。生徒は常時正門を通る為、裏門はほとんど使用されない。
そんなわけで校舎裏は1日中人気がない。橘もそれを狙いここで飼っているのだろう。
退院してすぐ私服のまま学校に来てしまった郁也は教室に入れるはずもなく、かといって家に帰ってする事もないので、ただぼんやりと放課後まで猫と戯れていた。
結局橘はあれから1度も姿を見せていない。
(昼休みにしか来ないんかな…。メシいっぱい置いてったし)
ダンボールの中はパンやら小魚やら食べきれないほどの食料でいっぱいだった。
(ん?食べきれない?)
改めて見る。とてもじゃないが猫が1日で食べる量ではない。
(3日分?……いや、一週間でも無理だろ。これは…)
残ったとしても腐ってしまうだろうし。
(何日来ないつもりなんだ…、あいつ)
その時ふいに橘の言葉が思い出された。
(「ごめんな」)
嫌な予感がして立ち上がる。
「……あいつ、まさか…、…もう来ないつもりなのか」
ガシャン。呟く郁也の頭上で音が響く。
少し遅れて顔を上げた郁也と橘の目が合ったのはほぼ同時だった。
その橘の顔が一瞬で眼前に迫ってくる!!
「ま…、またかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
郁也は屋上から飛び降りた橘の下敷きになり、気を失った。