星の終わり、ショットガンと監督
世界は、驚くほどに、
瞬く間に喧騒に包まれた。
その時は、
青く、青く、
むせるほど青かった。
だが、それでも、
世界は終わると言われた。
なぜならば、
隕石が落下してくるから。
隕石が地球に落ちてくるからだ。
何も知らないのは、
動物と、
建物と、
花と、
木と、
人間以外の全部だった。
そのすべてが終わりを知らずに、
今日を迎えていた。
あと何日かも分からないが、
確か、七日だった気がする。
世界が終わるまで、
あと七日。
かなり切りがいい数字で、
いわゆる陰謀論的なものだと言う人もいたし、
確か、デマとか、
暴動も起こっていた気がする。
それでも、
学者、
専門家、
テレビのニュースキャスター、
インフルエンサーが、
こぞって隕石は真実だと言っていたので、
やっぱり本当だと騒がれた。
空を見た。
全員が空を見ると、
そこには、とても大きな星があった。
段々と大きくなっていく。
確かに、
ここへ突っ込んでくるのが約束されているような軌道で、
こちらを向いている。
今の人類がやっていることといえば、
騒ぎ立てる者、
阻止しようとする者、
そして何もかもを諦めて、
堕落に進む者。
だが、
この話の主人公がしたことは、
押し入れの、
埃を被ったその奥から、
ビデオカメラを引っ張り出すことだった。
学校の映画研究会で使っていたもので、
まあまあ古い。
画質も、
充電も、
重さも、
今のものではないと言っていた。
けれど、
まだ動いていた。
それを持って、
主人公は窓を開けた。
街へレンズを向ける。
歩く人。
立ち止まる人。
叫ぶ人。
それを撮った。
レンズを通すと、
まるで昔のパニック映画のようになっていた。
アルマゲドンとか、
そういうの。
「映画です。
これは映画です。
なので、心配しないで」
と、主人公は言った。
趣味だった。
映画を撮るのは。
それで生計を立てたりとか、
お金を稼ごうとかではなくて、
ただの趣味。
意味も、
意義もない。
だけれども、
撮った。
この世界の終わりを、
撮ろうと思った。
そして、
パン屋さんに行った。
行きつけのパン屋さんで、
主人公は学校へ行く前に、
よくそこでメロンパンを買っていた。
主人公は、
メロンパンが好きというよりも、
メロンパンを買っている姿、
自分の姿が好きだった。
だって、
学生っぽいから。
「映画ですか?」
「そうです。
すみません、忙しい時に」
「こんな時なのに、映画を?」
「こんな時なので」
「そもそも、
あなたもパンを焼いていますね。
こんな中で」
「まあ、
幾分と気が落ち着くので。
もしかしたら、案外、
パンを食べれば、
人生は終わってもいいと思えるかも」
確かに。
そう思って、
メロンパンを買って食べた。
主人公は、
美味しそうな顔をした。
「美味しいですね。
とても」
「ええ。
死ぬほど美味しいでしょう?」
河川敷へ行った。
子どもたちは、
野球とか、
サッカーをしていた。
「どうも」
「お兄ちゃん、映画撮ってんの?」
「そうだよ」
「じゃあ、
ホームラン打つから見てて」
ボールは勢いよくバットに当たり、
吹っ飛んでいった。
「いいね」
「ありがと」
主人公は学校へ行った。
それは、なんとなく。
本当に、なんとなく。
屋上へ向かった。
主人公は、
屋上から見える景色が好きだったから。
誰もいなかった。
まあ、当たり前のことで。
来週、世界が終わるという時に、
何を学ぶというのだろう。
もちろん、教師もいなかった。
最後くらいは、
ゆっくり過ごしたいのだろう。
屋上の扉を開けて、
一番に目に飛び込んできたのは、
風とか、
空とかではなかった。
ショットガンを持った同級生だった。
なぜ同級生だと分かったのかというと、
制服を着ていたから。
そして、
何度か話したことがあったから。
別に親しい関係とかではない。
それでも主人公は、
その人を記憶していた。
ショットガンは、
というか、
そういう銃関係には明るくなかったが、
なんとなく本物だと感じる凄みがあった。
「ねえ、それ本物?」
目を輝かせて聞いた。
今の今まで、
銃は映画とかの中でしか見たことがなかったからだ。
「うん、そうだよ。
弾も入っていないけどね」
同級生は、
その銃口を空へ向ける。
主人公は、
ファインダーを通してそれを見る。
迫り来る赤い星。
青い、
やっぱり青い空。
フェンス。
屋上。
同級生。
ショットガン。
「ショットガンじゃあ、星は壊せないよ」
「知っている」
「じゃあ、なんで撃つの?」
「これはね、抵抗の意思」
引き金を引く。
空砲が鳴って、
もちろん弾は出てこない。
何も起こらない。
「誰も彼もが諦めていて、
つまらないから」
そうして主人公は、
少し考えた。
街を見渡す。
まるで、
幻想が迫ってくるような空だ。
明かりがついた街。
人が行き交う道路。
憂鬱とは言い過ぎだが、
ナイーブで、
メランコリーな、
そんなところだった。
「うん。
やっぱり、つまらないことはないよ」
「そうなの?」
「うん。
皆、様々なことを最後に成そうとしていて、
それは興味深いよ」
「例えば、何?」
「謝ったり、
告白したり、
パンを作ったり、
野球をしたりかな」
そうして、
カメラを構える。
「何かをしたり、
何もしなかったり」
そして、
同級生にファインダーを向けて、
その世界を作り上げる。
「私の中では、
あなたも、君も、
その一人になっているよ」
「そう見える?」
「うん。
この世界ではね」
同級生はショットガンを置いて、
空を見る。
空に目配せして、
主人公を見る。
「じゃあ、監督は?」
「ん?」
「監督は、
何を成そうとしているの?」
主人公は少し考えて言った。
「映画を撮るんだ」
「誰も見る人はいないのに?」
「自分が見る」
「意味がある?」
「意味を考えて、
映画を撮ったことはないよ」
「そっか」
それからというもの、
同級生と主人公は、
翌日から街を歩いたり、
話したりした。
ショットガンを肩にかけた同級生を見て、
街の人は驚いても、
何も言わない。
まあ、
いちいち驚いている暇もないのだろう。
そもそも、
星が落ちてくるのだから。
奇妙な光景は、
ずっと上にある。
だから、
多少の奇妙さは、
奇妙ではなくなる。
パン屋で、
パンを食べる二人。
河川敷で、
ホームランを打つ二人。
壊れかけのゲームセンター。
荒らされた図書館。
「何を読む?」
「うーん。
絵本かな」
「絵本が好き?」
「いや。
幻想の最中にいられる気がするから」
映画館に入る二人。
そして、
映画を観た。
古い映画だった。
二人とも、
観たことがなかった。
「そういえば、
監督は映画に映らない?」
「まあ、
監督だから」
同級生はカメラを取り上げて、
主人公を映す。
「じゃあ、
何か話してみて」
「話すって言っても、
何を?」
「何かを。
ちゃんとね」
そう言われると、
何を話そうか迷うところだった。
それでも、
主人公は話し始める。
「大昔に、
とんでもない疫病が流行ったんだよ」
「大勢が死んで、
世界は暗く染まった」
「その後に、
強く生きようとした人たちが、
ここまで世界を繋いだんだ」
「何が起ころうと。
例えば、
戦争が起ころうとね」
「何が言いたいのかというと、
人の生きようとする意思は強い」
「だから、
人は美しいんだ」
同級生は、
黙って聞いていた。
「私は、
本当は、
本当に怖い」
「終わりたくないし、
死にたくないし、
皆にも死んでほしくなんてない」
レンズを、
はっきりとは見られなかった。
照れくさかった。
ここには誰もいないのに、
レンズに見られていると感じると、
目を逸らしてしまう。
「だから撮るんだ。
自分のために」
同級生は少し笑った。
憂いも、
悲しみも帯びていない。
そんな笑いだった。
「うん。
あなたも、
皆と同じ人だね」
「知っているよ」
それから、
時々、
主人公も映画に映るようになった。
もうすぐ星が来るという日。
空は赤く、
紅く染まって、
少し暑くなった。
大きな星には、
もう皆、
諦めがついていた。
パン屋さんは、
パンを無料で提供していた。
街には、
人があまりいなくなった。
何かが、
起ころうとしていた。
その日の夜。
主人公と同級生は、
屋上へ来ていた。
風が強かった。
警報も鳴っていて、
かなりうるさい。
同級生は、
ショットガンを構える。
「弾を入れるから、
気を付けてね」
初めて聞いた言葉だった。
というか、
弾があったのかと驚いた。
「何発?」
「一発」
主人公は、
カメラを構える。
そして同級生は、
空に向けて構える。
これが、
最後なのだろう。
同級生は銃床を肩に当てて、
引き金に指をかける。
でも、
撃たなかった。
代わりに、
その人は泣いていた。
涙が落ちていた。
「どうしたの?」
同級生は、
空を見ようとして、
目を逸らした。
「私は、
私は、
こんな時になっても、
逃げることしかできないから」
声は、
少し震えていた。
「皆にも、
何も言わずに、
ここまで来て」
「最後の、
最後まで、
本心を言えなかった」
主人公は初めて、
まっすぐに、
自分の目で同級生を見た。
同級生は言っていた。
誰も彼もが諦めていると。
苛立っているのだと、
思っていた。
でも、
その目は、
何かを帯びていた。
こんな顔ができる人が、
泣いている。
なんで、
こんな日に泣いているなんて。
引き金を引くことが、
こんなにも困難だなんて。
「ねえ」
主人公は、
カメラを下ろした。
「もったいないよ」
「何が?」
「まだ終わっていないよ」
「それに、
終わってしまうと考えるのは、
まだ早いよ」
同級生は、
主人公を見た。
「でも、
でも、
終わるよ」
「大丈夫」
誰がどう考えても、
大丈夫ではなかった。
空は真っ赤に染まって、
星には手が届きそうだった。
主人公は言った。
「映画だったら、
何とかなるから」
同級生は、
涙を落としながら主人公を見た。
「あなたは、
ずっと、前を見ているね」
「そうなのかな」
「私にとっては、そう」
同級生はショットガンを構えて、
星へ向ける。
「本当はね、
この一発で死のうと思っていた」
「私は、
私の意思で死のうと」
「うん」
「でも、やめた」
同級生は、
涙の残った顔で少しだけ笑った。
「主人公たちが自殺した後に、
助けが来た映画みたいに」
「もしかしたら、
助かるかもね」
弾を込めた。
その姿は、
重々しくはなかった。
銃口は揺れなかった。
星へ向けて、
撃つ。
轟音が鳴る。
同級生は、
わずかによろめいた。
その瞬間。
空が白く、
真っ白に染まった。
巨大な光。
星から出ていた。
星の表面に、
亀裂が走る。
赤く光る、
細かい血管のように。
枝のように。
亀裂が走って、
走って。
砕けて、
破裂した。
破片が散る。
細かい破片が、
いくつも落ちてくる。
流星群だった。
同級生は立ち尽くして、
何も言えなかった。
しばらくしてから、
ようやく言った。
「壊れた?」
「うん」
「なんで?」
主人公は、
カメラを構えたまま答えた。
「この映画では、
ショットガンのおかげで」
銃口から煙が出ていて、
同級生はそれを見た。
そう。
世界は、
最後まで立ち向かっていた。
その覚悟は届いて、
星を爆破することに成功した。
大半の破片は、
地球に行き着く前に燃えてなくなる。
残りの破片も海へ落ちて、
特に被害は出なかった。
世界は続いた。
そして、
その少し後。
学校では、
映画の試写会が開かれた。
屋上で、
ショットガンを構える。
撃つ。
星が壊れる。
その一瞬の衝撃を最後にして、
主人公は映画を完成させた。
様々な人が来た。
そして、そして空は青く染まって、
主人公と同級生は映画を見た。




