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ら:来世に紡ぐ夢

 少女はその同じ風景しか知らない。家から働く場所へ向かう道、働く場所から家へ帰る道。

 働く場所は毎日同じ。区切られていながらその目印もない一角。広い床、ただその指定された一面を布巾で拭き、きれいに保つだけ。

 そこが何の建物なのか、少女は知らない。そこで出会う人物と目を合わせる事は少女には禁止されているから、誰かが来ても、人の遠い背中と爪先位しか少女は目に入れない。

 たまに、少女が物陰に身を隠す間もない時に話し掛けてくる人がいるのが、少女には恐ろしい。少女は自分が産まれた村の言葉しか知らないのに、話し掛けてくる人は皆、大抵少女の知らない、初めて耳にする言語を口にする。

 そういった時、少女は相手の足先を見つめながら、自分の耳を人差し指でとんとん叩き、次いで伸ばして揃えた指を左右に振る。「私は耳が聞こえません」のジェスチャーだ。

 それはすぐに通じるらしく、相手はじきに去ってくれる。少女はただの掃除係、違う身分の人間との交流などもっての他だ。

 少女の隣の床を担当する、少女より少しだけ年上らしい少女とも、初めて会った時以来言葉を交わした事はない。違う村の人らしく、言葉が通じなかった。それ以前に、相手に少女と話をする気がなかった。

 少女の役目は、自分の担当の床をただきれいに保つ事。何度も自分の足を拭き、それよりきれいな布で床を拭く。

 朝から晩まで、もう何年もだ。この仕事はなくならない。少女は高熱を出しても一日も休んだ事はない。

 この仕事をしていた父がテング熱で死んだ。まだ幼い弟達を育てる母の他に、父の後を継いで働けるのは少女しかいなかった。ただそれだけの話。

 ほぼ夜になる頃、仕事は終わる。やって来るオーナーに日銭をもらう瞬間が一番に緊張する。

それまで丁寧にきれいに保っていた床が、たまたまオーナーが来た時に汚れていたら。容赦なく日銭を引き上げられてしまう。

 だから、時間の分からない少女は、休みなく何度も床を拭き続ける。無事現れたオーナーに規定の報酬を渡してもらえたら、少女の長い一日は終わる。

 いつも同じ風景、いつも同じ風の匂い。家に帰る道ですれ違う人の中には、仕事場では目を合わせてはいけない外国人らしい人もいる。自分の暮らす村がなんと言う国に属しているのかも知らない少女には、そもそも「国」と言う概念を知らない少女には、顔や髪色の違う人はただの風景の一つでしかない。

 少女は自分の仕事に誇りを持っている。大好きな家族、それを守る為に自分が役に立っている。帰り着いた家で幼い弟達を抱っこして、少女は幸せを噛み締める。

 もしもこの身が役目を終える時がきたら。カーストの中に生きている少女は思う。産まれ変わるとは、古い肉体を新しくするだけの事。

 私はまた次にも、床を拭く階級に産まれてくる。それは必然。それは運命。

 だから、その時には。少女はそれだけは祈りに乗せる。

 お父さんは生きていてくれます様に。

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