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第3話 初めての、APでステ盛り

 異世界十二日目の朝、借金のほうから「おはようございます」って挨拶してきた。

 もちろん、口じゃなくて──空中に。


「……ねえリーボ。そのピコピコ光ってるの、閉じていい?」

『ダメです。重要なお知らせなので、最低三回は目を通してください』


 安宿の階段を降りてギルドへ向かう途中、頭上にふわっと開いた半透明のウィンドウには、きっちりした書体でこう書かれていた。


【通知:残債状況により、中央魔力信用機構での担保査定が推奨されています】

【※任意査定に応じない場合、強制担保判定ライン到達時は自動審査となります】


「はーい、強制って言葉をオブラートに包んだ推奨来ましたー……」


 私がため息をつくと、横であくびしていたヒモが、画面を覗き込んで鼻で笑った。


「推奨って書いてある時点で、行かないと詰むやつだろこれ。

 『任意』って、『今のうちに自分で選んでね、選ばないならこっちで勝手に削るからね』の任意だからな」


「わかってるけどさ。今日もクエスト行かないと日次の返済ヤバいし……。

 ねえ、クエスト終わってからじゃダメ?」


『本日中にお越しになれば、早期返済プランのご案内も可能ですよ』


 いつもの営業スマイル音声で、リーボが追い打ちをかけてくる。

 借金の神様──もとい貸MP精霊は、今日も元気に働き者だ。


「早期返済プランっていう名前の、新しい罠の匂いしかしないんだけど」

「いいじゃんミノ。どうせ罠から罠にハシゴして生きてくんだし。

 クエスト帰りに寄るってことで、とりあえず今日も稼がないと」


 そう言ってヒモが肩をすくめる。

 私も、素直にうなずくしかなかった。


 ──だって、こっちは「今日の飯」と「残債」と「明日のMP」が、全部一日延滞で崩れる身だ。


 通知ウィンドウを端っこに縮めて、私たちはいつも通りギルドへ向かった。



 その日のクエストは、雑魚寄せ集めの討伐だった。

 正直、内容は覚えてない。小銭とAPになるモンスターを黙々と切り刻んで、血と泥まみれでギルドに帰って、報酬を受け取って──それだけ。


『本日の回収見込みAPは……後ほどまとめてご案内しますね』


 リーボが仕事モードの声でそう告げるころ、外はもう夕方に差しかかっていた。


「……で、寄るんだよね。中魔信」

「寄らないと自動審査なんだろ? 自動ってだいたいロクなことしないからなあ」


 ギルド前の石畳を歩きながら、私とヒモは同時に同じところを見た。


 通りを挟んだ向こう側──

 白い壁と磨かれたガラス窓、金色のロゴが光る建物。


 中央魔力信用機構。


 この世界で一番キレイな顔をした地獄、ってやつだ。



 中に入ると、足元から緊張した。


 床はぴかぴか、壁は真っ白。観葉植物は元気いっぱいで、受付嬢はみんなにこにこ。

 なのに、ソファに座ってる客の顔色だけは、見事に全員悪い。


「……病院かな?」

「いや、もうちょい悪い場所だな。ここから治るやつ、何割いるんだろ」


 そんな話をしながら、受付で用件を伝え、番号札をもらう。


「担保査定でお越しですね。少々お待ちください」


 笑顔の受付嬢にそう言われて、私たちはロビーのソファに腰を下ろした。

 目の前の壁には、ゆったりしたBGMと一緒に、「返済計画見直しキャンペーン」のポスターが流れている。


 ──平和。見た目だけは、すごく平和。


 そんなことを考えていたときだった。


「番号札二一番のお客様、第二ブースへどうぞ──」


 スタッフに呼ばれて立ち上がったのは、私たちではない。

 筋肉ムキムキの、大きな背中の男だった。


 隣の相談ブースに入っていく男の背中を、なんとなく目で追ってしまう。

 すりガラス越しに、ぽつりぽつりと声だけが聞こえた。


「待ってくれよ、筋力だけは──あれ削られたら日雇いも、クエストも……」


『延滞三回目ですので、規約第三十条に基づき、強制差押となります』


 事務的な声。

 私の首筋に、薄い冷や汗が流れた。


「あー……出た、規約第◯条。一番聞きたくないやつ」

「しーっ、聞こえるって」


 ヒモに肘でつつかれた、その数分後。


 ロビーフロアの別の扉が開いて、さっきの男が出てきた。


 さっきと同じ服装、同じ顔。

 でも、なにかがおかしい。


 一歩踏み出した瞬間、男は膝をつきかけて、壁に片手をついた。

 肩で息をしながら、体を支えている。


 上空には、小さなウィンドウが浮かんでいた。


【筋力:★★★ → ★】

【持久力:★★ → ★】


「……うわ」


 思わず声が漏れる。

 筋肉バキバキだった身体が、服の上からでもわかるくらい、しぼんで見えた。


 あれだけの体力と筋力を削られたら──

 日雇いも、クエストも。さっき本人が言っていた通り、ほぼ詰みだ。


 男は歯を食いしばりながら、ふらつく足取りでロビーを通り過ぎていく。

 誰も声をかけない。みんな、見て見ぬふりをしている。


「……ミノ、顔色」

「そっちこそ」


 ヒモが私の頬を指でつつく。

 自分でもわかるくらい、血の気が引いていた。


 ──こんなの見せられて、「任意査定どうですか?」ってわけだ。


 番号札の数字が進んでいく。

 やがて、冷たい電子音が、私たちの番を告げた。


「番号札二三番のお客様、第三ブースへどうぞ」



 案内されたブースは、小さな個室だった。

 薄い仕切りと机と椅子、でかい水晶モニターがひとつ。


「お待たせしました。担当のモルタと申します」


 きっちりしたスーツに、疲れてるはずなのに笑顔のちゃんとした女性。

 窓口担当なのか査定官なのか、その両方なのか──とにかく、プロの金貸し側の人間が目の前に座った。


「本日は、滞沢未納様・沼住紐介様の担保査定ということでよろしいですね?」


「推奨されちゃったんで、はい……」

「拒否権あったのかって聞かれたら、なかったですって答えますけどね」


 ヒモがぼそっと付け足す。

 モルタさんは、営業スマイルを崩さずに頷いた。


「現在、お二人の残債は──こちらですね」


 水晶モニターの表面を軽く叩くと、空中にUIが開いた。


【滞沢 未納】

・残債:−15,xxxMP

・筋力:★★

・体力:★★

・知力:★

・魅力:★★★★★

・運 :★★★


【沼住 紐介】

・残債:−9,xxxMP

・筋力:★★★

・体力:★★

・知力:★

・魅力:★★

・運 :★★


 ざっくりした星評価だけど、見慣れた自分たちのステータスだ。

 xxxの部分に入ってる具体的な数字は、見なかったことにしている。


「強制担保ラインまで、あと数日から数十日といったところです。

 このまま延滞なく返済を続ければ、自動審査までは時間がありますが……」


「延滞なくってところに、さりげなく無理ゲー条件入れてきますね」


 私のツッコミを、モルタさんはやっぱり笑顔でスルーした。


「任意の担保査定に応じていただければ、以下のようなメリットがございます」


 画面が切り替わる。


【任意担保査定のメリット】

・一部ステータスを担保に差し入れ → 残債の利率を軽減

・早期返済プランの対象となり、一定ラインまで自動的に強制差押しの優先対象から除外

・追加の前借り枠の審査が可能


「つまり、『今のうちに自分で売るものを選べば、利息ちょっと安くしてやるよ』ってことか」

「同時に、『何も選ばないと、そのうち勝手に筋力とかHP持ってくぞ』ってことでもあるよね……」


 筋力★★★から★になったさっきの男の姿が、また頭に浮かぶ。

 あれは、絶対イヤだ。


「担保にできるステータスは、最初は皆さんに基本的にこちをおすすめしてます」


 画面に、アイコンつきで表示される。


【体力】【筋力】【知力】【魅力】【運】


「生命・行動に直結する【体力】【筋力】は、差押え量に制限がありますが……延滞が続くと、先ほどロビーでご覧になったような形で強制実行されます」


「やっぱり見せにきてたんだ、さっきの……」


「知力」

 ヒモがニヤニヤしながら言う。

「これってさ、最初から低いもの担保にできたりします?」


「お前な」

 あたしは即座に足を蹴り出した。テーブルの下で、ヒモのすねに軽い衝撃が入る。

「どこまでも能天気なんだから」


「痛っ……どうなのかなって。な?査定官さん」


「感情的なご判断は、おすすめしておりません」

 職員はノーリアクションで、さらっと流した。


「残るは【魅力】と【運】ですね」


 モルタさんの視線が、私とヒモを行ったり来たりする。


「魅力は、交渉やサービス、お仕事の紹介など、社会的な扱いに影響します。

 運は、ドロップ率やクリティカル、致命傷の回避など、長期的な生存率に……」


「運はダメだろ」


 ヒモが食い気味に言った。


「運削るのはギャンブラーとして自殺。

 いやギャンブラーじゃなくても自殺。

 ドロップ減るわ、避けられる攻撃当たるわ、マジで死にやすい体質になりますよね」


「……自覚あるのね、ギャンブラー」


 私は思わず突っ込む。


 でも、言ってることはわかる。

 運を削るのは、たぶん、じわじわ効いてくるタイプの地獄だ。


 じゃあ、残るは。


「魅力、か……」


 自分のステータス欄を見つめる。


【魅力:★★★★★】


 星五つ。

 この世界に来て、数少ない「いいニュース」の一つだった。

 元の世界より、ちょっとだけ盛られている気がして、内心ちょっと喜んだ数字。



 でも──


「魅力って、いざとなったらどうにでもなる気もするんだよね。

 髪型とか、服とか、メイクとか、言葉遣いとか……ほら、努力で盛れる部分というか」


「出たよ、努力で盛れる」


 ヒモがテーブルに頬杖をついて、わざとらしくため息を吐く。


「ミノ、今でも充分愛想でどうにかしてるじゃん。

 それ削ったら、ギルドの受付嬢からの態度とか、商人のまけ率とか、全部ちょっとずつ悪くなるんだぞ?」


「言い方ァ!」


『補足いたしますと、魅力ステータスの低下は、対人交渉時の成功率・優遇度合いに、一定のマイナス補正を与えます』


 リーボがいつの間にか、机の端にちょこんと浮かんでいた。


『ただし、魔法や装備で一時的に補うことも不可能ではありません。

 長期的な影響を考えると、【体力】【筋力】【運】よりは、リスクの分散がしやすい担保と言えるでしょう』


「やっぱり魅力じゃん」


 ヒモが即答した。

 私の胸が、ちょっとだけチクっとする。


「お前、今の説明聞いて、『体力』『筋力』『運』から切り出す勇気ある?」


「……ないけどさあ」


 ない。

 筋力削ってさっきの男みたいにヨロヨロになるのも嫌だし、体力削って一撃で死にやすくなるのも嫌。

 運なんて、むしろ上げたい。


「ミノ様の【魅力】は、現状星五つ。

 任意担保として、星一つぶんを差し入れていただくプランであれば、現行の返済ペースを維持したまま利率を一段階引き下げ、強制差押え猶予も延長できます」


 モルタさんが、すらすらと条件を述べる。


「なお、担保として差し入れたステータスは、ロックされます。

 日次決算でAPを振って強化することは可能ですが、ロックぶんを完全に取り戻すには、相応の期間とAPが必要になります」


「ロック、ねえ……」


 画面に、小さな南京錠のアイコンが表示された。

 魅力の星のうち一つが、灰色に塗りつぶされて、錠前マークが重なるイメージ。


「一生じゃない。一応、完済までです」


 モルタさんは、さらっと地獄みたいなことを言った。


「完済するまで生きてたらの話ね」


 思わず本音が口から滑り出る。

 ヒモが苦笑して、テーブルの下で私の手をつついた。


「……ミノが嫌なら、別のもん考えるか?」


「いや」


 私は、自分のステータス欄をもう一度見た。


 この中で、「差し出してもまだ戦える」と思えるのは。


「魅力、でいい。

 あたしの星、一個くらいなら、どうにかする」


 口から出た声は、自分でも驚くくらい、震えていなかった。


 モルタさんが、満足げに頷く。


「では、滞沢様の【魅力】星一つを、任意担保として差し入れる契約に……よろしいですね?」


 差し出される契約端末。

 リーボの体も、じんわりと淡く光り始める。


『ご契約内容の要点を読み上げますね』


 機械的な読み上げが続く。

 担保差入れ利率軽減強制差押し優先順位の変更──

 どれを聞いても、あまり気が楽にはならなかった。


「ミノ」


 ヒモが、私のほうを見る。


「無理だと思ったら、やめてもいいぞ。

 ……顔は、金で買えないからな」


「何そのフォロー。

 今さら優しいこと言っても、もう魅力差し出すって決めちゃったし」


 笑ってごまかしながら、私はペン型の入力デバイスを握りしめた。


 画面の一番下──


【任意担保差入れ対象:滞沢 未納】

【対象ステータス:魅力★ → ロック★】


 そこに、自分の名前を書く。


 ペン先を走らせた瞬間、胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


 顔がよかったって、お金にはならない。

 元の世界で、それは嫌ってほど味わってきた。

 でも、何だかんだで、「まだいける」「ワンチャンある」って思わせてくれてたのも、この顔だった。


 チリン、と小さな音がして、UIの星がひとつ、すっと色を失う。


【魅力:★★★★★ → ★★★★(ロック★)】


 同時に、全身をかすめるような、妙な寒気が走った。

 外見は何も変わっていないはずなのに、鏡を見ていないのに、なんとなくわかる。


 なにか、大事なものを、一本、抜かれた感じ。


『任意担保差入れ、完了しました。

 おめでとうございます、お二人は前向きな返済姿勢を評価されました』


「おめでたくない……」


 私がうめくと、ヒモが苦笑いした。


「まあ、筋力★★★ → ★よりはマシだろ。

 ……ありがとな、ミノ」


「礼言われるとムカつくね。利率軽くなっても、あんたの残債も減るんだから」


 ヒモは「ですよねー」と肩をすくめて、契約端末を眺める。


 これで、私の魅力は一つロックされた。

 そしてたぶん、私たち二人の人生も、さらに一段、ローンの鎖にきれいに絡め取られた。



 その夜。


 安宿の安いベッドの上で、私はリーボに合図をした。


「……じゃ、今日の決算、お願いします」


『かしこまりました。本日十二日目の決算を表示しますね』


 天井と床のあいだに、いつものウィンドウがすべり出る。


【12日目の決算】

【本日の回収AP】

・総回収AP:260AP


【配分候補】

・生活費

・MP返済

・ステータス強化


「さて」


 ヒモが、ベッドの端に座って画面を覗き込む。


「とりあえず生活費は固定で八十。

 MP回復は……今日ちょっと使いすぎたから百? 残り八十」


「いつも通りなら、その残り全部、返済にぶち込んでたよね」


「だな。

 でも今日は……」


 ヒモが、ちらっと私を見る。


 私は、縮こまった膝を抱え込んで、魅力の欄を睨んでいた。


【魅力:★★★★(ロック★)】


 星四つ。灰色でロックされた星がひとつ。

 たったこれだけの表示なのに、さっきのあの寒気が、また背筋を撫でる。


「……ねえリーボ。ステータス強化、魅力に振ったらどのくらい戻るの?」


『本日のAP残高八十をすべて魅力強化に使用した場合──』


 ウィンドウの一部が計算中の表示になって、すぐに結果が出た。


【魅力強化プラン試算】

・使用AP:80AP

・結果:魅力★★★★ → ★★★★☆(ロック★)


『ロックされた星そのものは解除されませんが、基礎値に対する微増として反映されます。

 対人交渉時の印象補正が、わずかに改善される見込みです』


「わずかにって言ったな今」


「改善される見込みっていう、保険かかった言い方もしてたな」


 ヒモと二人で同時にツッコむ。

 でも、笑いは出なかった。


 AP八十。

 それをそのまま返済に回せば、利息ぶんを含めて、明日の残債がほんの少し軽くなる。


 でも、今日削られた魅力は、このままだと、そのままだ。


 ロックされた星は、ずっと灰色のまま。


 ……嫌だな。


 自分で納得して差し出したくせに、心のどこかで、ものすごく嫌だと思っている。

 このまま「借金が優先」とか言って魅力を放置したら、たぶん一生、「あのとき戻さなかった自分」を恨む。


「ミノ」


 ヒモが、いつになく真面目な声で呼ぶ。


「俺は、今日は魅力に振っていいと思う。

 利息なんて、どうせ逃げないし」


「それ、普通逆じゃない?」


「いや、利息は逃げないからこそ、だよ。

 魅力は……削られたままだと、多分、じわじわ効いてくる」


 さっき、ブースで言ってたのと同じだ。

 態度、サービス、紹介。

 全部、少しずつ、悪くなる。


 そして私がそれを、「自分のせいだ」と一生思い続ける。


「……ヒモが真面目なこと言うと、余計に怖いんだけど」


「ひどくない?」


 軽口でごまかしながら、私は深呼吸を一つして、画面をタップした。


「リーボ。残り八十、全部。魅力に」


『承りました。

 ステータス強化項目:魅力。使用AP:80AP』


 画面上で、小さな光が、魅力の欄に吸い込まれていく。

 星の右横に、小さな半分の星がぽっと灯った。


【魅力:★★★★☆(ロック★)】


『おめでとうございます。魅力ステータスが、わずかに上昇しました』


「……わずかにって、ほんとに好きだね」


 思ったより、何も変わらない顔が、ウィンドウの隅の簡易ミラーに映っていた。

 髪の跳ねかたも、目の下のクマも、相変わらずだ。


 でも、確かに、どこかが違う。

 胸の奥で、さっき感じた寒気が、ほんの少しだけ和らいでいる。


 差し出したぶんを取り返すために、今日稼いだAPを、ほとんど全部つぎ込んだ。

 借金は、そのぶん減ってない。


「……バカだな、あたし」


 思わず、笑いながらつぶやく。


「利息は逃げないのに、魅力に八十もAP使ってさ。

 効率悪すぎ」


「でも、いいと思うけどな」


 ヒモがあくびをしながら、床にごろんと転がる。


「バカやってる自覚があるバカのほうが、まだマシだろ。

 何も考えずに、筋力削られてヨロヨロになるより」


「比較対象が悲惨なんだよ」


 私は枕に顔を押しつけて、 籠った声で笑った。


 借金は減ってない。

 魅力も、完全には戻ってない。


 でも今日は、初めて──

 「自分のステータスを、自分の意思でいじった」日だった。


 それが良いことなのか、悪いことなのか、まだわからない。


 ただひとつだけ、はっきりしているのは。


 魅力でも筋力でも運でも、この世界では全部、「数字」で、「担保」で、「商品」で。

 その売り買いの上で、あたしたちが生きているってことだ。


『本日の決算は以上です。

 おやすみなさい、債務者様』


「おやすみ、リーボ」


 ウィンドウが静かに閉じて、部屋が暗くなる。


 こうして私は、魅力の星をひとつロックされて──

 その鍵を、自分で握ったまま、眠りに落ちた。

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