首輪を外して
あれから半年が経った。
胸の傷はまだ痛むときもあるけれど、日常を取り戻すには十分だった。
かんなも今は元気で、俺たちは静かな、でも確かな日々を生きている。
パトカーの巡回ももうなくなり、あの頃のような恐怖は、もう感じなくなった。
たまにふと、過去の記憶がよぎることもあるけど、それでも隣にかんながいてくれることが、
それを乗り越える力になってくれる。
そんなある日のこと。
昼下がり、かんなと並んで歩いていた帰り道。
彼女が急に、俺の顔をじっと見ながら、ぽつりと口を開いた。
「そういえば今更だけどさ、名前……聞いてなかったな。なんて言うんだ?」
俺は少しだけ笑って、肩をすくめた。
「名前、か……そういえば、そうだね。名乗った覚え、なかったかも。」
しばらく空を見上げてから、冗談まじりに続けた。
「じゃあさ、かんなが考えてよ。なんか、俺らしいやつ。」
かんなは一瞬、目を丸くしてから、すぐに笑顔になった。
「そうだな……じゃあ、**“のぞむ”**ってのはどう?」
「のぞむ?」
「うん。これまでも、これからも、私たちが“望む”ように生きていくって意味。
過去に縛られるんじゃなくて、前を見て。一緒に、ね?」
その言葉が、胸にじんわりと染みていくのがわかった。
俺は少しだけ照れくさそうに笑って、小さくうなずいた。
「-のぞむ。いい名前だね。」
その瞬間、通りすぎた風が頬を撫でていった。
まるで、今まで巻きついていた何かが、ほどけていくような感覚だった。
空を見上げる。
あの日のような雨は、もう降っていなかった。
俺たちはもう、“首輪”なんかに繋がれていない。
そして、あの日、雨宿りしていた場所から、
ようやく歩き出せたんだ。