首輪と雨宿り
【あらすじ】
家出した少年が雨に濡れて辿り着いたのは、
気だるそうに笑う、年上の女の一人暮らしの部屋だった。
首輪に繋がれたみたいな日々。
殴られて、支配されて、それでも帰りたいと思ってしまう――
それは救済か、それとも依存か。
少年と女の、歪んだ愛の記録。
【本文】
雨が降っていた。
どこに行くあてもなく、ただ歩いて、足元は冷たく重くなっていた。
見上げたアパートの二階、
ベランダでタバコを吸っていた彼女は、俺を見てこう言った。
「……なに、犬みたいな顔してんじゃん。拾ってやろうか?」
それが、かんなとの出会いだった。
かんなは、自由だった。
歯ブラシはいつも2本あって、朝は酒の匂いがして、
夜は首にチョーカーみたいなリードをつけて、
俺にこう言った。
「ほら、いい子だね。ここが“お前の家”だよ」
殴られたこともある。
嘘をついたら、呼吸ができなくなるくらい首を絞められた。
でも――
その直後、彼女は必ず俺を抱きしめて、
泣きながらこう言った。
「やだ……いなくなんないで……ねぇ、どこにも行かないでよ……」
その言葉に、俺は何度も命を預けてしまった。
俺が家出した理由は、誰にも言わなかった。
父親の暴力。
母親の沈黙。
俺の名前すら、あの家ではもう呼ばれていなかった。
かんなに拾われた日、
初めて“生きてていいんだ”と思えた。
たとえそれが、
殴られて、支配されて、苦しめられる日々だったとしても。
「なんかあったら、このリード引いていいよ。
そしたら、すぐ来てやるから」
笑って言ったかんなは、どこかでずっと壊れていた。
大学時代に患った鬱病。
完治しきらない薬。
愛を語る夜は、決まって酒に酔っていた。
「好き、好き、好き……お願い、置いていかないで……」
俺も壊れていた。
二人で壊れた世界で、息をしていた。
けれど、
壊れた日々は、壊される。
ある日、コンビニで偶然会った中学時代の知人が、
俺のことを親に通報した。
警察が来て、俺は保護された。
リードが切れた日の夜、
かんなの部屋には――もう俺の歯ブラシはなかった。
児童相談所の職員は言った。
「君の親は君を心配してる。戻ろう」
俺は言った。
「殺されるくらいなら、あそこには戻らない」
-そして、隣人が通報してくれた。
「前からおかしかったんです。
だけど逃げられたならよかったと思って……でも、見つかってしまったなら、今度こそ守りたい」
最終的に、
ある警察署の上層部が、こう判断を下した。
「彼女の元での生活を、特例で認めよう。
少年の意志がはっきりしているなら、それを尊重すべきだ」
そして俺は、再びあの部屋のドアを叩いた。
かんなは泣きそうな目で、笑っていた。
「……おかえり、犬くん。
リード、捨ててなかったんだよ」
それからは、ほんの少しだけ変わった日々。
もう首を絞められることはない。
吐かされることも、殴られることも。
ただ、ときどき、夜に酔った彼女が俺に甘えてくる。
「好き……だいすき……こわいの……ねえ、ずっとここにいてよ……」
俺はうなずく。
あの頃のリードは、もうないけれど――
心には、今でもその鎖が繋がっている。




