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おーい  作者: 風見 星治
3/3

メモ3

 お祓いをして貰った。対策方法も教えて貰った。良かった。もうこれで安全だ。そんな安心感がジワジワと危機感を押しのけ、毎日行う儀式を面倒と感じ始めた頃に一本の電話が入った。Bの両親からだった。

 

 Bが消えた、心当たりはないか。そんな内容だった。詳しく話を聞いてみれば半月ほど前から夢がどうのと騒ぎ出し、ここ数日に至っては半狂乱で暴れまわっていたそうだ。そんな矢先、フッと姿を消してしまった。憔悴する声で事情を語った両親は、知らないとの俺の言葉に消え入りそうな感謝と共に電話を切った。


 嫌な予感がした。もしかしたら縁は完全に切れていないのではないか。矢も楯もたまらず、俺は再びあの寺を訪れた。が、住職は俯き、首を横に振るばかり。Bも、もう戻ってこない。あの川に、川底にいる何かに呼ばれてしまった。


 項垂れ、寺を後にした俺は何故だか無性にあの場所を見ておきたい衝動に駆られた。「真っ直ぐ家に帰りなさい」と忠告されたのだが、どうしても見に行きたい気持ちを抑えられなかった。今にして思えば、恐怖を克服したかったんだと思う。あの場所に行って、見て、「ホラ、何もない」と、そう自分に言い聞かせたかった。結果から言えば、止めておけばよかった。


 いた。路肩に車を止め、あの遊泳禁止区域に目を凝らすと、二つの人影が陽炎の中に揺らめいていた。体系、髪型、服装。何もかもがあの日と同じだった。Aと、Bだ。はっきりと顔は見えないのに、何故だか確信した。二人が、俺に向けて手を振っている。あの場所からでは車中の俺なんて分からない筈なのに、まるではっきりと見えている様に、俺に手を振る。


「おーい」


「おーい」


 声が、聞こえた。ラジオから流れていた音楽がブツリと消え、代わりにノイズ混じりの声がラジオから流れだした。忘れる筈もない声は、AとBのものだった。二人が、俺を呼んでいる。


「お前も来いよ」


「迎えに行くよ」


 反射的にラジオを消した俺は、急いで家に帰った。住職の言いつけを絶対に守る為、家のアチコチに貰ったお札と併せて注意書きを記したメモを張り付けた。寝る前と水に近い場所に行った後は、必ず塩で身体を清めた。これまで守って来た約束を今日も守り、明日も守ろうと固く誓った。


 Bの家族に、もう一度連絡した。アイツ、数日で約束を破ってしまったらしかった。何でも最初の一週間は律儀に守っていたが、何も起こらないのを理由に途中で止めたそうだ。だから連れていかれたんだと、俺は思った。だけど俺は大丈夫。ちゃんと守って来たじゃないかと、自分にそう言い聞かせた。何度も何度も、俺は大丈夫だと。


 なのに、夢を見る。あの、真っ暗な川辺にいる夢を。なんで?どうして?夜を迎え、眠りにつき、夢を見て、うなされ目を覚ます度に疑問が頭を駆け巡った。


 俺を呼ぶ声は一体何だ?


 どうしてまた夢を見るようになったんだ?


 疑問は巡り巡って、この出来事の発端にまで遡った。夏のあの日、俺に掛かって来た電話。電話。と、そこまで考えて忘れていた疑問の正体に辿り着いた。俺、一体誰に呼ばれて帰省したんだ?


 その事実に、違和感がはっきりと形をとった。四人いた筈なんだ。俺と、Aと、B。でも、じゃあ、あと一人は誰だ?そもそも誰が俺達を誘ったんだ?俺達を遊泳禁止の川に誘ったのは誰だ?寺に向かうか迷っていた俺に「行かなくても何の問題も起こらない」と助言したのは誰だ?


 だけど、何度記憶を辿っても何者かの姿だけが全く思い出せず、解決もせず、そうして今日も夢を見る。夜の川辺に立つ夢は少しずつ、来る度に変化を見せた。


「おーい」


 懐かしい声が俺を呼ぶ。暫く見ていると川の真ん中辺りに、Aの顔が浮かび上がって来た。生気の無い真っ青な顔は、だけど満面の笑みで俺を見つめる。


「おーい」


 また、別の懐かしい声。今度はBだ。やはり川の真ん中に浮かんだ生気を感じない顔は、満面の笑みで俺を呼ぶ。


「おーい、おーい」


 その後は知らない声が無数に重なり始める。川の真ん中にやはり顔だけが浮かび上がって来た。大人、子供、男、女。年齢性別もバラバラな無数の真っ青な顔は、やはり満面の笑みで俺に呼びかける。コッチに来いと。それでも最初は大丈夫だと、何処かで高を括っていた。


 だけど、夢を見る度、あの場所に呼ばれる度に、少しずつ、景色が変わる。いや、違う。ジワジワと、少しずつ川に近づいてることに気付いた。どうにかしようとしても身体は全く動かせず、引き返したくても出来ない。今日もまた、少し近づくだろう。明日になれば、今日よりも更に近づくだろう。そうして何時か、俺は夢の中を流れる黒い川に引きずり込まれる。


 俺は、助かるのか?そんな疑問で心が押しつぶされる。膨れ上がる焦燥に、胸を掻き毟られる。もうずっと、眠るのが怖い。堪らなく、怖い。時間が刻一刻と過ぎ去るのが、夜を迎えるのが怖い。必死で耐えても耐えても耐え切れず、やがて眠り、また少し川に近づく。昨日は足まで水に浸かった。足首を誰かが掴んでいる。今日は膝まで浸かった。明日は、明日はどうなるんだ。


 怖い。あの夢が、夢を流れる黒い川が、何処にも逃げ場のない現状が、何もかもが怖い。


 ※※※


 メモはココで途切れている――

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