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おーい  作者: 風見 星治
2/3

メモ2

 その日の夜、夢を見た。真っ暗な闇の中に俺とAとBが立っている。耳を澄ませば川のせせらぐ音に虫の鳴き声、雑草が風になびくザザァという音が聞こえ、鼻で呼吸すると何とも青臭い匂い。肌にはジットリと湿った生温い風がまとわりつき、不快感を煽る。


 あの川だと、何故だか俺は直感した。だけど違和感が大きい。肌を伝う汗の感覚をはっきりと感じる位に五感は鮮明で、夢にしては余りにもリアル。夢特有の何となく(もや)の掛ったような感覚とは明らかに違うのに、身体だけが全く動かせない。


「おーい」


 誰かの呼ぶ声が聞こえた。誰だろうか、何処かで聞いた筈だが何故だか思い出せない声が、はっきりと俺達を呼んでいる。闇の向こうに、静かに流れる川の向こうから。その声に、身体と心が硬直した。辛うじて動く顔を無理やり捻ると、横に立つBも同じく顔を強張らせていた。足を見れば恐怖で震えている。俺と同じ気持ちなんだろう。怖い。何故だか分からないけど酷く、怖い。


 ザリッ、ザリッ


 闇の中、砂利を蹴る音が川のせせらぎに混じり始めた。Aだ。またしても、俺は何故だか直感した。声に反応したAが川に向かっている。


「バカ!!」


「止めろって!!」


 どうやらBも同じらしく、俺達は必死で止めたのだけどAは無視した。いや違う、聞こえていなかった。その顔に俺達はギョッとした。虚ろな目に、薄ら笑いを浮かべていた。明らかに異常で、だから何度も声を掛けたが「うるさいなぁ」と、抑揚のない声と共に川へと進み続け、そうこうする内にその姿が闇に消え始めた。


 足が水に浸かり、膝、腰、遂には肩までどっぷりと浸かっている。俺達はそれでも必死に声を掛けた。死ぬぞ、と。だけど効果は無くて、遂にAは完全に闇の中へと消えてしまった。


「おーい」


 闇からの声は、まだ消えない。


「おーい」


 声は、闇から俺達を呼び続ける。川の中に、俺達を誘っている。


「おーい」


 抑揚のない、淡々とした声で――

 

「おい!!」


「おいって。起きろよ!!」


 気が付けば、声が焦りを含んでいた。傍と気付けば、目の前に動揺するBの顔。周囲を見渡せば俺達が宿泊するホテル。夢。多分、あれは夢だと言い聞かせた。だけど、どうしてもそう思えなかった。クーラーとは明確に違う肌寒さに、俺は震えていたと思う。


「オイ大変なんだって。Aが、アイツいないんだよ。何処にも!!」


 そんな、Bの必至な訴えに、寝ぼけた頭が一気に覚めた。慌ててAの部屋に行ってみれば、確かにアイツの姿は何処にも姿はなかった。着替えの入った鞄も、何なら携帯さえも置きっぱなしで消えてしまった。ホテルの受付に行って話を聞いてみたが、案の定Aの姿は見ていないと言われた。


「なぁ。もしかしてあの夢、さぁ」


 背後からBの切羽詰まった声が不安を煽った。いや、まさか。だけど、耳の奥に意識を向ければ微かにあの声が聞こえる。「おーい」という、抑揚のない不気味なあの声が。何か不味いと感じた俺はBに提案、昨日渡されたメモの場所に向かう事にした。


 ※※※


 地図を頼りに住所を探し出してみれば、木造の立派な門が見えた。開け放たれた門の向こうには負けず劣らず立派な建物が居を構える。寺だ。その佇まいに、昨日この場所に来なかったからAはいなくなったのだと直感した。


「アンタ達、早くこっちに来なさい!!」


 何時の間にか門の傍に立っていた住職が俺達を怒鳴りつけた。ご高齢の住職の顔はとても険しく、何となく昨日俺達を叱りつけたおじさんに重なって見えた。この時、確信に変わった。やはり、昨日の内に来るべきだった。俺達はその人にあらましを全て話した。遊泳禁止区域に入ってしまったこと、通りがかったおじさんに昨日のうちに来るよう指示されたこと、無視したこと、Aが居なくなったこと。


「その人は、諦めなさい」


 住職は、静かに、力強く、諭すように俺達に言い聞かせると、寺の最奥にある部屋に案内した。部屋中に貼られたお札、注連縄なんていかにもな代物に加え、中央と四隅には塩が大量に盛られていた。


 住職は俺達を部屋の中央付近に座らせると、念仏を唱えながら塩を振りかけ始めた。次にお札を俺達の顔に貼り付けたかと思えば、紙で折られた人形に名前を書けと指示、言う通りにすると鋏で俺達の衣服と髪の一部を切り取り、人形に括りつけた。


 一つ一つにどんな意味があるかなんて分からない。ただ「死にたくなければ、素直に言う事を聞きなさい」と、入室前に言われた言葉が頭をグルグルと巡った。何の変哲もない川は、どうやら何時の間にか相当に危険な場所になってしまったらしい。Bを見れば酷く憔悴していた。多分、俺も同じ顔をしていたと思う。


 だからかは分からないが、住職は念仏の合間を縫いながらあの場所について語ってくれた。曰く、あの場所は何時の頃からか危険な何かが住み着いてしまったらしい。だから遊泳禁止区域にして、誰も近寄らない様にした。だが俺達の様に無視する馬鹿がいる、と。そんな説教を聞きながら、定期的に振りかけられる塩と痺れる足を我慢しながら、おおよそ1時間ほどで俺達は解放された。


「これから寝る前と川や海や湖とか、後はプール。水に関連した場所に行った後、必ず身体を塩で清めなさい。少なくとも一年。一日たりとも欠かしてはいけないよ。いいね?」


 帰る前、住職は俺達に強く念を押した。どうやら俺達は良からぬ何かとの縁で結ばれてしまったらしい。あの儀式はその良からぬ縁から俺達を切る為のものだそうだ。俺とBは安堵した。これで安全だと、互いの無事を喜びながら、俺達はその日のうちにホテルをチェックアウト、帰路についた。


 Aについては行方不明として処理されたそうだ。アイツの家族には申し訳ない気持ちで一杯だった。強引にでも寺に向かっていれば助かったかもしれない、そんな後悔が頭を過った。暫く、帰るのは止そう。


 と、そんな矢先。何か忘れている様な感覚に襲われた。だけど幾ら考えても忘れている何かの正体が一向に思い出せなかった。この時は――

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