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おーい  作者: 風見 星治
1/3

メモ1

 7月某日。夏季休暇初日に入った電話が全ての始まりだった。


「俺だよ。なぁ、暇だろ。コッチ戻ってこないか?実は、AとBにも声を掛けてるんだ」


 用件を聞けばなんて事はない。久方ぶりに皆で会わないか、なんて内容だった。何だそんな事と最初は乗り気ではなかったが、進学を機に分れた旧友の名を聞けば、そう言えば卒業から一度も連絡していなかったなと思い出し、思い出せば次に何をやってるのか、元気なのかと気になってしまうのも事実で。だから特にする事もない俺は二つ返事で帰省した。


「変わらないな」


「お前もな」


「全く、連絡しないと戻ってこないんだから」


 そんなこんなでその日のうちに久方ぶりの再会を果たした訳だが、やはりというか、思うほどの感傷はなかった。何せAもBも電話口で「そう言えば」なんて常套句を口にし、更にAに至っては名前を聞いても暫く誰だか思い出せなかったそうだ。


 とは言え、別に喧嘩別れしたわけでもない。暫くもすれば、仕事はどうだ?恋人は?なんて他愛ない雑談に花が咲いた。そんなこんなで酒を片手に数年の溝を埋めている内に話は自然と過去へと遡り、何時の間にやら川に泳ぎ行こうって話になっていた。どうしてそんな流れになったのかは思い出せないが、秘密の穴場なる場所がある、なんて誘い文句があったような気がする。


 それに子供の頃の記憶をひっくり返してもそんな場所は無かった筈。で、詳しく話を聞いてみると昔よく泳ぎに行ったN川がその穴場だという。そうだったか、とは俺とA、Bの共通見解。県内ならばそれなりに名が知れており、夏になれば各地から人が集まって来た位だから穴場な訳がない。実際、俺達もよく泳ぎに行った記憶がある。


 しかし、何とも不思議なことに実際に行ってみれば言葉通り穴場と呼べるような状態になっていた。記憶が頼りにならない、という訳ではなく、ここ十数年の間に何かあったようだ。


 この先、遊泳禁止


 昔の思い出と一番違っていたのは、川へと繋がる緩やかな下り坂を遮る様に立てられた看板。次に伸び放題の雑草。しかし、案内されるまま看板を無視してと茂る草むらをかき分け進めば、記憶の中の景色と変わりない綺麗な川辺に、対岸まで終始穏やかに流れる川が俺達を出迎えた。特に危なそうな印象は無く、なんで遊泳禁止になったのか分からず、だから誰かが溺れたんだろうと、俺達はそう結論した。


 問題なさそうだと分かればAの行動は早い。手早く水着に着替えると雄叫びと共に涼し気な川の中へと消えていった。俺とBは昔から変わらない大柄なAの背中を呆れ気味に見送る。常にマイペース、悪く言えば大雑把で適当なAらしさは数年経っても変わっていなかった。そんなAを他所に、俺はBにせっつかれながらバーベキューの準備を進めた。食い意地が全てに優先するBの真ん丸な体形を見れば、向こうでの生活も予想がつく。やはり人間なんて早々変わる訳がない。


 そのまま暫くは何事も起きなかった。暫くもすれば鉄板から肉が焼ける匂いが立ち昇り始め、ふと川に目をやれば泳ぎ疲れたAが川の中ほどにある大きな岩の上で寝そべっていた。


「オイ!!」


 緩い空気が変わったのはその直ぐ後。がなる声に驚いた俺とBが見上げた先、川沿いの堤防に犬を連れたオジサンが何故か凄い形相で見下ろしているのを見た時からだ。


「お前等3人、その場所で何やってるんだ。死んじまうぞ!!」


「いや、見ての通り」


「いいからソレ片づけたら、とっとと帰れ!!」


 Bの説明に駆け足で堤防を下り、草むらをかき分け乗り込んで来たオジサンは帰れ、と一方的に捲し立てた。最初は困惑していた俺達も次第に腹が立ってきたのだけど、その余りの剣幕に加え、噛みつかんばかりに咆えまくる犬に気圧され何も言えなかった。


「じゃあ、せめてこれだけでも」


 食い意地が張っているのか、それともせっかく準備したからか、Bがせめてもう少しと食い下がったが、やはり聞く耳持たず。というか余計に怒らせてしまった。怒り心頭のおじさんはポケットから取り出した白い何かを俺達目掛けてぶちまけた。


「うぇ、しょっぱ。なんなんだよぉ」


 愚痴るBの反応を見るに、どうやら塩らしかった。俺も目に掛かってしまい、暫く開けられなかった。一方、当のおじさんは俺達など知った事かとばかりに、ポケットから取り出したメモ用紙にペンを滑らせている。


「いいか!!」


 一層強い口調に、俺達は戸惑った。流石にココまでくれば怒る理由を勘繰ってしまう。やはり誰かこの辺りで溺れ死んだのだろう、とかどうして塩を撒いたんだ?と考えるだけでそれ以上を深くは考えなかった。


「片づけたら絶対にこの場所に行け。いいか、絶対だぞ!!」


 語気を荒げるおじさんはそう言って俺にメモ用紙を押し付けると、足早に草むらの中へと消えていった。見れば住所と連絡先、人の名前が殴り書きされている。だけど、何をしに行けばいいのかという肝心な部分は何もなかった。不親切だと、その時は思ったが今ならその理由が分かる。


「細かい事は気にするなよ」


 能天気な声に振り向けば、何時の間にやらAがいた。お前ずっと隠れてただろと食って掛かったが、Aはどこ吹く風とばかりに焼き上がった肉に手を伸ばす始末。


「まぁ、明日でも良いんじゃない?」


 今度は隣からBの声。振り向けばAと同じく肉に齧りついていた。さっきまで凄い剣幕で叱られていたのに随分と呑気だなと、俺は盛大に呆れたが、そう言えば昔からこんな感じだった。我が道を行く2人に振り回された過去に目頭が少し熱くなった覚えがある。


「気が小さいなぁ。別に行かなくても何の問題も起こらないって」


 更にその背後からAに同調する声。結論として、俺達は連絡先に行くのを止めた。鬼気迫るおじさんの態度は確かに引っ掛かったが、こういう面倒事を起こした時に馬鹿正直な行動を取ると余計に拗れる、なんて経験をしてきたからなのだが。しかし、間違いだった。

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