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置いてけぼりはさみしいです

第三情報室に戻ってきた私たちは、すぐに机に向かい、今までに得られた情報を書き起こしていった。


カイル室長は淡々と、そして無駄のない手付きで筆を進めている。

私はというと――ちょっと書いては言葉が詰まり、資料を読み返してはまた手が止まる。

うーん、こういうまとめ作業って、意外と難しい。


そんなとき、カイル室長がさらりと言った。


「もう一度ゴルドリバーに向かう」


えっ、また行くの?


「何故です?」


思わず聞き返していた。だって、ついこの間戻ってきたばかりなのに。

資料まとめる暇もなく、また現地に?


「気になることがある。確証が無いがな。…お前は留守番だ」


 

……え?


「何故です!」


自分でも驚くくらい、強い声が出た。

でも、それくらいには、行きたい気持ちがあった。足手まといだとしても。


「お前じゃ分からないだろうからな。…それに、こちらの方が安全だ」


 

その言葉に、ぐっと胸の奥を押さえつけられた気がした。


――安全?


そういえば、リンジー副室長が前に言ってた。

「命を狙われたこともある」と。

冗談じゃない雰囲気で、ひどく現実的に。


そうか。

本当に、そういうことが……ある仕事なんだ。私たちの「情報室」って。


「何故です…? そんなに、私、足手まといですか…?」


思わず声が震えた。

泣きたくなんかないのに。言葉の端に感情が滲むのが、嫌だった。


でも、カイル室長はそんな私を見ても、何も顔を変えなかった。


「先程から、“何故”としか言ってないな。…まあ、納得は出来んだろうが、上司の命令だ。受け入れてくれ」


その言葉は、まるで冷たい水をかけられたようだった。


 

悔しかった。


「命令」だから、私は引き下がらなきゃいけない。

自分が新人で、戦力にならないってことも分かってる。

でも、それでも――口惜しい。


握りしめた拳が痛かった。

悔しさが爪先まで染み渡るほどで、自分でも情けなかった。


でも――


「お前を、必要としてくるときがきっとある。それまで知識を蓄えろ」


そう言って、カイル室長は隣の部屋へと去っていった。


彼の背中を見送ったあと、私はどうしても気になって、こっそり後を追った。



開いた扉の向こうでは、室長が誰かと話していた。


――誰か、じゃない。

今朝、リンジー副室長から紹介されたっけ。

確か、エドモンドさん。


初出勤の日には不在で、理由は「出張中」と聞いていた。

でも、私たちが王都に戻った頃には「腰を痛めて休んでいる」とも。

で、今朝初めてお会いした。


第三情報室ってリンジー副室長以外にも7〜8人いるんだよね。

このエドモンド・ドッディーさんも、その一人。

たしか、50代前くらいで、前職は配管工。いろいろあって、ここに“拾われた”らしい。


でも――なんで、今、彼と?


「じゃあ、2日後に出発する」


「急ですな」


「急ぎたいんでな」


カイル室長の声には、普段よりも少しだけ焦りが混じっていた。


何かを見つけたのか、あるいは……何かに気づいてしまったのか。

彼の勘が鋭いのはもう知ってる。だからこそ、すぐに動こうとしてるんだろう。


「今抱えてる仕事は?」


「後で構わない。…そうだな、アリア、やるか?」


――えっ、私?


思わず目を見開いた。


さっきまであんなやりとりをしていたのに、仕事は任せてくれるんだ……。

そっか、留守番といっても、ただ待ってるだけじゃないってこと。


「やりますよう、やらせていただきますよ、もう!」


気づけば、声がちょっとだけ上擦ってた。でも、それでも構わなかった。

自分にできることがあるなら、今はそれを精一杯やるしかない。


「エドモンド、仕事の引き継ぎを今からしてくれ。リンジー、念の為に見てやってくれ」


「はいよ」


「了解です」


カイル室長はそのまま扉を背に立ち去り、部屋には私とエドモンドさん、それからリンジー副室長が残された。


この引き継ぎ作業が、どれだけ私にできるかは分からない。

けど――


留守番だって、役に立てることはあるって証明してやる。


今度こそ、ただの“新人”じゃいられない。

だって、カイル室長が、少しでも「期待してる」と示してくれたんだから。


その期待に、ちゃんと応えられるように。


エドモンドさんから引き継がれた仕事は――なんと、魔術課における「魔石統括」の精査だった。


正直、最初は「魔石?」って思ったけど……説明を聞いて納得。

この世界の魔法って、前世で言う「電気」みたいなもの。

人によって持っている魔力量に差はあるけれど、基本的には誰もが備えている、いわば自然エネルギー。

それを凝縮して蓄えたのが魔石で、つまりバッテリー。光をつけたり、火を熾したり、風を起こしたり……用途は色々。


その魔石を使った装置も、一般の民間会社が製作していて、ある意味では日常のインフラに欠かせない存在。


でも――


「魔石製作数は国に報告する義務があるんですわ」


と、エドモンドさんは言った。


その理由は、すぐに察しがついた。

魔石って、要するに力を溜め込むものだから。

それをうまく使えば、兵器にもなるってことだ。


……つまり、私たちが今扱ってるのって、かなり重要な情報じゃない?


「でも、なんでそれを第三情報室が?」


思わず口に出してしまった。


エドモンドさんは、私の問いにゆっくりと頷いたあと、椅子の背もたれにやんわりと身を預けて言った。


「内部調査は第二の仕事ですが、たまにこうして回ってくるんですわ」


「どうしてです?」


「それこそ外部の目を入れるということなんですわ。仲間うちでずっとやっていると、どうしても“なあなあ”になってしまいますからな。違う視点が欲しい、気づかなかったことが分かる。そういう意味で、外からの確認が有効になるんですわ」


なるほど……理屈は分かる。

だけど、なら、どうしてわざわざエドモンドさんと?


「だから、室長はエドモンドさんと……?」


そう訊ねると、エドモンドさんはふっと笑って、少し目尻を緩めた。


「それは室長のみが知るって感じですな」


この人――本当に、人好きのする笑顔をする。


どことなく安心感があるし、会話のリズムも落ち着いてて、ちょっとだけ疲れが取れる気がする。

……ああ、なんか、好きだなあ、この感じ。


「まあ、まだ新人なんやから、ゆっくり仕事覚えたらええと思いますわ」


その優しい言葉に、ちょっと笑ってしまった。

――あれ? 今のイントネーション、なんか独特だよね。


「……それ、エドモンドさん、南部の人……?」


私の問いに、エドモンドさんは目を丸くして、すぐに笑った。


「おや、わかりましたか。うっかり出てしもたようですな。不快でしたか?」


「いえ、全く」


この世界の南部弁――現世で言うなら、そう、前世の京都弁みたいな。

やわらかくて、どこか品があって、耳に残る心地良さがある。


不快なんて、とんでもない。


むしろ、もっと聞いていたくなる声だった。


――それにしても、魔術課ってこんなにも奥が深いんだ。


これから精査する膨大な資料の束に目を向けて、私はそっと気合を入れ直した。


任されたからには、ちゃんとやらなきゃ。

新人だって、やれるところまでやってみせるんだから。


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