それはまるでパワーランチのような
短めです。第三視点。
カイル・コーシェは文官専用食堂、通称〈夢見の食卓〉の入口でひと呼吸置いてから中へ入った。
空気にはほんのりスパイスと焼きたてのパンの香りが混じっている。人の気配も多い。文官の昼食時刻はとうに過ぎているはずだが、今日はどうも様子が違った。料理はほとんどなくぱらぱらと残っているのみ。宮廷課騎士部がほとんど食べ尽くしたかと思われた。
列に並び、料理のネームプレートを眺めながらトレーを滑らせる。
「……燈火の煌めき、か」
赤々としたトマトソースにとろりとしたチーズが絡まるパスタ。味の想像はつく。問題はこの詩的すぎるネーミングセンスだ。
(名付けたのは、あのナルシスト調理員か……)
嘆息しながら料理を選び終え、彼はすでに着席していたリンジーとロイドの元へと歩を進めた。
「悪い、席、空いてるか?」
「もちろん、どうぞ」
リンジーが手で空いた椅子を示す。彼女の隣には、ロイド・ケイがいる。灰色の瞳を伏せながら、スプーンで野菜スープをゆるりとすくっていた。
腰を下ろすと、カイルは水をひと口含み、早速本題に入る。
「ロイド。最近、何か気になったことはないか?」
ロイドはスプーンの手を止め、顔を上げた。
「気になること、ですか?」
「ああ。たとえば、感染の兆候。地域的な偏りや、異常な死亡率の増加とか。……疫学の目で見て、何か引っかかる事例はないか?」
横から、セオドア・ケイが口を挟む。彼のトレーの上には甘味の残骸が所狭しと並んでいた。
「……ゴルドリバーから来た献体。死因は肺の急性壊死だな。通常の炎症じゃ説明がつかない。おそらく、ウイルスが原因だ。ロイドの研究には好材料だろう」
ロイドは少しだけ目を見開いたが、すぐに頷く。
「ええ、あの症例はまだ記録をまとめている段階ですが、進展がありそうです」
「その論文、できれば途中でも構わない。目を通しておきたい」
カイルの口調は穏やかだが、断固としていた。
ロイドは驚いたように少し身を引いた。
「……実は、同じことをアリアさんにも言われたばかりなんです」
「なら、二人で見せてもらおう。彼女と私は考える方向が違う。双方の視点で見たほうが、何か見えてくるかもしれない」
カイルの言葉に、ロイドは目を細めた。思案し、それから苦笑する。
「珍しいですね。貴方が『二人で』動くなんて」
「必要があると判断しただけだ。合理的な判断だよ」
そのやり取りを聞きながら、セオドアは立ち上がる。
「ふん。何か思いついたようだな。じゃあ、俺はもう行く。甘いものも食べ終わったしな」
「お先にどうぞ」
リンジーが頷いて席を立つ。彼女が夫に軽く肩を叩き、二人は並んで食堂の奥へと消えていった。
カイルもトマトパスタを口に運び始めるが、しばらく手を止めて考え込む。
(……なぜ、「二人で」と言った?)
自問しながら、皿に残ったパスタを見下ろす。
「燈火の煌めき」、か。味は案外悪くない。だが、今日の昼食には妙に余計な意味が付きまとっているような気がしてならなかった。