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ゴルドリバーに到着だけど

ゴルドリバーの街に着いたのは、昼をすこし過ぎた頃だった。

整備された石畳の街道。山肌を削って広がる街並み。遠くからでも聞こえてくる金槌の音が、この街の息遣いそのものだった。


馬車を降りた瞬間、カイル室長が自然な仕草で私の手を取ってくれた。


「段差がある。気をつけろ」


「……ありがとうございますっ」


少しだけ高鳴る鼓動。さりげないエスコートって、ずるい。

その手を離す時、ほんのわずかに指先が触れ合った気がして、私は顔を逸らした。


迎えに出ていたのは、現地の有力者・クァナーマ家の三男、ジーク・クァナーマだった。

軽くウェーブのかかった金髪、青い瞳に自信満々の笑み。服の仕立てからして、かなりの洒落者だ。


「ようこそ、クァナーマ領へ。まさか、第三情報室が直々にお越しになるとは光栄の極みです。アリア嬢、あなたのようなお美しい方をお迎えできるとは、予想外の喜びですよ」


きた。テンプレな口説き文句。でも、この手の顔と声で言われると、ちょっとくらっとするのは否定できない。


「本日は案内をお願いいたします、ジーク様。お手数をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします」


「もちろんです。アリア嬢のためなら、どこへでも」


「……俺たちの視察は、公務だ」


ふっと低い声が入った。カイル室長だった。ジーク様の手の位置が私の背に回りかけていたのを見て、ぴたりとその場に立っていた。


「あまり“余計な導線”があると、見えなくなるものもあるのでな」


カイル室長の口調はあくまで穏やかで冷静。それなのに、ジーク様がわずかに肩をすくめて距離を取ったのが、印象的だった。


……なんというか、あれですね。

「威圧」で黙らせるスキル、発動してましたね?


視察は、午前中に申請のあった上下水道の整備箇所から始まった。


現場には新しいパイプが並び、古い設備と比較できるよう丁寧に配置されていた。工事責任者からも説明を受け、予定より費用がかかったのは業者変更による資材費の上昇だという。


「それでも、以前より耐久性が上がっているなら、結果としては悪くないのでは?」と私が口にすると、カイル室長がふっと笑った。


「甘いな。費用の妥当性と、その“説明力”はまた別だ」


「……なるほど」


実地でのカイル室長は容赦がない。けれど、説明が分かりやすく、なるほどと唸る場面が多かった。


ジーク様はというと、視察の合間にもやたら私に話しかけてくる。


「この街のレストランで、あなたにぜひ召し上がっていただきたい料理があるのですが」


「公務中ですので」


またしても、カイル室長が割って入る。

無表情なのに、なぜか圧がすごい。私の返答すらいらない雰囲気で話が断ち切られた。


その夜、私たちはホテルへ宿泊することになった。

当主の家からも夕食の招待があったが――「接待目的の酒席を避ける」という名目で丁重に断った。これも、第三情報室のやり方らしい。


ホテルの一室で、夕食後に報告書の整理と、視察内容の復習を行った。


「今日の申請金額は、前年度より一割ほど高い。理由は“業者の変更に伴う資材費の上昇”と説明されたな」


「はい、でも正直、そこまで変わるものなんでしょうか?」


「資材の流通経路が国内か国外か、単価に変動があるかどうか。いくつか調べる必要があるな。あと、申請書に添付されていた契約書類の精査も」


「明日は契約書も確認ですか?」


「そうだ。だがその前に、業者の評価を聞いておきたい。前の業者が退いた理由もな。視察に来るべき案件だったと思わないか?」


「……はい。ゲームじゃ分からないことだらけですね」


私はこくりとうなずいた。


現実は、選択肢を選べば物語が動くなんて甘い世界じゃない。

でも、だからこそ、今の私は――この世界で、“ちゃんと生きてる”。


そんな実感を抱いた夜だった。



朝食後すぐ、私たちは再びクァナーマ家を訪れた。

迎えに出たジーク・クァナーマは、今日も完璧に整った笑顔を貼りつけている。


「アリア嬢、本日も実にお美しい。まるで朝の光の中に咲く、アルベリオの花のようです」


「……は、はぁ」


アルベリオの花ってなんだっけ。確か、この国の白い高山植物だけど、あの、咲いて三日で散るやつじゃなかったっけ……?


「昨夜は、あなたの笑顔がまぶしくて眠れませんでした」


うさんくさい!

なにこの“恋愛経験浅い男子学生が参考にした恋愛マニュアルから引っ張ってきたようなセリフ集”は!


「……クァナーマ様、時間が限られております。視察の案内をお願いします」


カイル室長の声が、低く静かに割り込んだ。

昨日よりもさらに低音で、少しだけ語尾が強い。


ちらりと見た室長の横顔は、いつも通り冷静――に見えるのに、なぜかこめかみあたりがぴくぴくしていた。怒ってる?いやまさか。無表情なのに。


私は少しだけ視線を落とした。

…それでも、なんだかその横顔が、ちょっと頼もしく見えてしまったのは、何故だろう。


屋敷の書庫に通され、事務方の者から上下水道事業の関連契約書を受け取る。

今年度の業者は“ブッセー建設商会”。去年までの業者“メイシュン設備組合”との契約は、3月末をもって突然終了していた。


「これが契約終了届です。メイシュン側から『人員の確保が困難になった』という理由で、契約を断たれました」


「その割に、新業者の契約日は――同月10日付?」


カイル室長が書類をパラパラとめくる。その指先の動きは早く、正確で、静かだった。


「……ということは、メイシュン側が辞退する前に、すでに後任業者を決めていた、ということになりますよね?」


私が思わず口に出すと、ジークがわずかに笑った。


「いやいや、アリア嬢、たまたまそう見えるだけですよ。うちとしても困っていたところにちょうど良い業者が見つかっただけでして」


さらりと流されたが――その笑顔に、違和感が残る。

目が笑っていない、というか、“用意された”台詞のように感じる。


視察中、カイル室長はほとんど喋らなかった。

けれど、目と耳と指先は、しっかりと動いていた。屋敷の壁の材質、出入りする使用人の表情、現場の帳簿の紙質まで――すべて観察していたようだった。



昼過ぎ、事前にアポを取っていた旧業者・メイシュン組合の代表、オルド・バルゲロと面談した。


「急な契約終了の理由が“人手不足”とありますが、実際には何があったのでしょうか」


私が聞くと、オルド氏は眉を寄せ、目線を落とした。


「……事実ではないとは言いません。ただ、“そちらから先に新しい業者を決められていた”ことは、我々も知っておりました。あれでは仕事を続ける気にはなれません」


「それは……」


「じきに退けと言われるのなら、こちらから辞退した体にした方が面子も立つ。そう判断しました」


静かな語調。けれど、怒りはその奥に確かにあった。


「それに……あのブッセー建設、近頃急に仕事を増やしておりましてな。あれが“まっとうな手段で”手を広げてるとは、正直、思えんのです」


私は横目でカイル室長を見た。彼は頷きも相槌もせず、ただ一言――


「証言、感謝する」


そう言って席を立った。


宿に戻って、再び部屋で視察報告の整理を行う。


「……やっぱり、何かあるんですね。ジーク様の言動、妙に私にだけ過剰でしたし」


「……ハニートラップだろう」


「え」


カイル室長は、窓際で腕を組んだまま言った。


「アマーデュー子爵令嬢――いや、アリア、お前が“第三情報室の室長付き”になったことで、彼らは焦った。なら、早めに潰すか、懐柔するか。そのどちらかだ」


「……潰す、か。懐柔って、あの口説きが?」


「俺の目には“訓練された軽口”にしか見えなかったがな。内容が薄く、タイミングも不自然。お前に正面から情を向けていたわけではない」


カイル室長の目が、こちらに向いた。


「……危ないと思ったら、俺に言え。遠慮はいらん」


その瞳は、まっすぐで、まるで嘘のない色をしていた。

私は思わず、こくりとうなずく。


「……はい」


ほんの少し、胸の奥が熱くなる。

これはきっと、信頼――そう、信頼。……のはず。


でも、それ以上の何かが、少しずつ、私の中に芽生えてきているのかもしれなかった。


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