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転生したらまさかの乙女ゲー世界!凡人宮廷文官アリアは、ハードモードな第三情報室で運命を書き換える  作者: 椿野蒔琉
第二章

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20/20

甘い香り

アプリゲーム「ホシコイ」。


疫病イベントが終わったあとに、薬物氾濫防止イベントがやってくる。

「ホシコイ」って乙女ゲームの割に、やたらと社会派で重たいストーリーが多かったんだよね。


疫病で多くを失った人々は、どうしても何かにすがりたくなる。

祈り、酒、噂話、甘い言葉。

そこに付け入ったのが――隣国ダンシクレン国。


……いや、違う。


正確には、その向こう。

海を隔てたカシェ国からの“貿易”だった。


ダンシクレン国とカシェ国はかつて戦争をして、敗れたのはカシェ国。

講和条件として押しつけられたのは、関税引き下げと不平等な貿易条約。


その目玉商品として持ち込まれたのが、

パヴェラム・シュクルこと、パヴェラムシュガー。


元々、パヴェラム・フルールはカシェ国の高地に咲く花だ。


少し灰色がかった白い、四角い花弁。

満開になると、石畳――パヴェラムみたいに地面を覆い尽くすことから、その名が付いた。


花も、茎も、根も。

植物全体から、甘い香りがする。


……甘い、香り。


ゲームのテキストでは、ここで一文だけ注意書きが入る。


――収穫の際は、必ず専用の防護具を着用すること。


幻覚作用のある成分を含んでいるため、素手で触れるのも、本当は危険。

それでも、少量を精製すれば鎮痛剤として非常に優秀で、

戦後のカシェ国では“希望の薬”として扱われていた。


だから――ダンシクレン国は、輸入を許可した。


「医療用」「嗜好品用」「貿易振興」。


名目はいくらでも用意できる。

それに、負けた国の数少ない輸出品を拒む理由もなかった。


でも。


カシェ国の狙いは、そこじゃなかった。


ダンシクレン国を、内部から腐らせること。


まずは、ワイン専用の砂糖として。


この大陸では、冷却技術が未熟だった時代の名残で、ワインに砂糖を足す飲み方を好む年配の人が多い。


「少し甘い方が身体にいい」

「昔はこうやって飲んでた」


そうやって、抵抗なく広がっていく。


最初は、ほんの少し。


飲むと、気分が高揚する。

身体が軽くなったように感じる。

嫌なことを、少しだけ忘れられる。


疫病で家族を失った人。

仕事を失った人。

未来が見えなくなった人。


……誰だって、欲しくなる。


でも、繰り返し摂ると、違ってくる。


夢を見るようになる。

現実と区別がつかなくなる。

判断力が鈍り、暗示にかかりやすくなる。


ゲームでは、ここで初めて出てくる表現があった。


――「黒い羽が舞う演出」。


画面いっぱいに、ゆっくりと羽が落ちてくる。

BGMが不安定になって、

攻略対象たちの立ち絵が、一瞬だけ“別人のような目”をする。


赤く光る瞳。


「……あ」


思わず、声が漏れた。


室長室の空気が、ぴんと張るのが分かる。

でも、私は止まれなかった。


「ワイン用の砂糖として広まったあと、次は“炙って使う”方法が流行るんです」


続くセシリアさんの声も驚くくらい冷静だった。


「香りが強くなって、効果が早く出るって……ゲームでは、そう説明されてました」


炙る。


その言葉と同時に、脳裏に蘇る光景。


赤く揺れる火。

甘ったるい匂い。

視界の端を埋め尽くす、黒い羽。


「……そして、内部の人間が使われる」


資料を運ぶ人。

扉を開ける人。

命令されたわけでもないのに、動いてしまう人。


「自分の意思だと思い込んだまま」


セシリアさんが、強く頷いた。


「はい。だから、止められなかったんです。ゲームでは」


彼女の拳が、膝の上で小さく震えている。


「誰が悪いのか、分からなくなるんです。被害者なのか、加害者なのか……」


その言葉に、胸がちくりと痛んだ。


……分かる。


だって私は、

自分で扉を開けようとしたのだから。


そのとき、室長が静かに口を開いた。


「……炙ることで、効果が変質するという話は、公式には出回っていない」


視線が、まっすぐ私に向く。


「だが、現実では“そういう報告”が、すでに上がっている」


……やっぱり。


「アリア」


「はい」


「君が“夢”だと思っていたものは、おそらく夢じゃない」


室長の声は、低く、確信に満ちていた。


「そして、セシリア嬢の記憶もだ」


室内が、静まり返る。


私は、ゆっくりと息を吸った。


――ホシコイは、ゲームだった。

でも。


この世界で起きていることは、

攻略失敗ルートをなぞっている。


「……室長」


私は、はっきりと言った。


「このままだと、次は“本編イベント”に入ります」


「どんな?」


「内部調査が始まって、誰かが“黒幕”として処理される。でも――」


言葉を切る。


「それで、終わらない」


セシリアさんが、続けた。


「真の黒幕は、表に出ません。国と国の、もっと奥です」


室長は、しばらく黙っていた。


それから、静かに立ち上がる。


「……なるほどな」


その背中を見た瞬間、分かった。


第三情報室は、

もう“日常”には戻らない。


これは、

疫病の次に来る戦いだ。

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