新人は嵐のように
「そろそろ新人が来る頃だ」
カイル室長のその一言で、室内に微妙な緊張感が走った。
それぞれが席に戻ろうと腰を浮かせた瞬間――
バタン!
ノックもなく、扉が勢いよく開いた。……と思ったら、
「あ、ノックしなきゃいけないんでしたね!ごめんなさ~い!」
開けたあとに、ドアをノックした。
……え、そこでするの?
なんていうか……順番、惜しい。実に惜しい。
室長、そういえばあなたも気象天文課のドア、ノックなしで開けてましたよね? こういうことがあるから、やめたほうがいいと思います。はい、今回のでよくわかりましたよね!?
一斉に視線が集まるなか、その人物、いや、ストロベリーブロンドの女の子が、堂々とした声で言った。
「今まで侍女がやってましたから~」
……ああ、うん。令嬢育ちってことですね。
常識とのズレが、キラキラ光る自信に包まれて、逆に清々しい。真似はしないけど。
「ここ、第三情報室であってますよね?」
……うん、そこのプレートに書いてあります。でっかく。
たぶん、初見殺しの天然ってこういう子のことを言うんだろうな。
「私、今日からここで働くことになりました!」
声、大きいな……。
淑女教育って、もう少し控えめな口調と声量を推奨してたんじゃなかったっけ?
「セシリア・コンヴェイノーです!よろしくお願いします!……って、どうして誰も何も言ってくれないの!?」
……あ、みんな固まってた。全員、フリーズ。そりゃそうなる。突然、光の塊みたいな子がドアぶち開けて、ノックして、自己紹介までフルボリュームだったら。
最初に正気を取り戻したのは、やっぱりこの人。
「はじめまして。よろしくね? アタシはヴィーナスっていうの。ヴィーって呼んでほしいわ」
ヴィーさん、やっぱり強い。というか、さすがです。
「はい、ヴィー様!」
セシリアはまったく臆することなく返す。どこまでも自信に満ちた声。眩しい。ちょっと目がくらむ。
「で、こっちは室長」
ヴィーさんがカイル室長のほうに視線を向けると、室長はただ鷹揚に手を上げた。……あ、声は出さないんですね。たぶん、出すのも面倒だったんだ。うん、わかる。
セシリアはそれにもめげず、「よろしくお願いします!」と全力の笑顔を向けていた。
「で、こっちはその他もろもろ」
ヴィーさん、さすがにそれは乱暴すぎでは――と思う前に、隣のふたりが声を上げた。
「紹介もなしっすか」
「一纏めにされましたなあ」
思わず私も苦笑いを浮かべてしまう。
「あの…?」
と、セシリアさんが声を上げかけたのに、ヴィーさんは聞いていないかのように流れるような笑顔で言った。
「うふ、あっちにあなたの席があるの。さっそく行きましょ?」
ちゃっちゃとセシリアさんを隣の執務室へと連れていく。あの判断力と行動力、やっぱり凄い。さすがは第三情報室の鬼教官代理。
そして、ほんの数分後。
いそいそと戻ってきたヴィーさんは、マントでも翻すような勢いで早口に言った。
「ねえ、ああいうタイプってどうせ腰掛けなのよ!結婚退職待ったナシよ!個人情報なんて晒したら、あとが大変なの!だから深入りしちゃダメよ!」
「……ああ、そういう感じですか」
「まあ、もって一ヶ月っちゅうところかな」
エドモンドさん、言ってることが妙にリアルでちょっと怖いです。
「明日来たコンラッドさんと喧嘩して、来週あたりいなくなるに一票っすね。そっちに賭けます」
ケネスさん、賭けないでください。
でも、なんか皆、納得してる空気があるのがまた切ない。
セシリアさんの出で立ちは、確かに目を引いた。
夜会にしては控えめだけど、上位貴族のお茶会なら主役級のドレスとパリュール(宝石付き装飾品)だった。
ふりふり、きらきら、ピカピカ。あれで文書仕分けろっていうのも無理がある。
「今日中に帰ってしまうかもしれませんね……」
ふと漏らした私のひと言に、ヴィーさんが眉を上げる。
「……アリアちゃん、あなたが一番辛辣よ?」
――え? そうですか?
いや、事実を言っただけで。そしたらそういう評価? おかしいな。
*
昼休みになって、セシリアさんを食堂――通称《夢見の食卓》へ案内することになった。
食堂は相変わらず、詩的なのか私的なのかわからない名前の料理が並んでいて、慣れないうちは選ぶだけで混乱しそうになる。でも今日はそれどころじゃなかった。
2人で料理をトレイに取って席に着いたが――セシリアさんのトレイの上にはサラダ一皿だけ。手をつける様子もない。私?私はがっつり食べます!じゃないとお昼から頭が働きません!
セシリアさんはうつむいたまま、今にも泣きそうな顔。
……そりゃそうか。
ヴィーさんの骨太な指導、容赦ないからなあ。
「これ違うわあ。よく見なさい? 雛形から三段ズレてる」
「ここ、誤字発見。文官の恥よ?」
などなど、一呼吸毎に注意が飛ぶ。
全部、笑顔で。あの甘い声で。
でも中身はまるで鎧通しのように鋭くて、メンタルをしっかり削ってくる。
こっちだって最初は泣きそうだった。泣いてないけど!
よく午前中、耐えたなって思う。
そろそろ助け舟(?)を出してあげよう。
「午前中、お疲れ様でした。午後から……着替えに帰られます?」
やんわりと切り出してみる。もちろん、室長の許可が前提だけど。
でも、返事がない。うつむいたまま、微動だにしない。
「そのドレスとパリュールじゃ、仕事しにくくないですか?」
少し踏み込んで言ってみる。けれど返ってきた言葉は、予想外のものだった。
「……私、必要ない人間ですか?」
――え?
「いえ、そうではなくて……」
「わかってます! わかってるんです、なんにも出来ない人間だって!」
次の瞬間、彼女は机に突っ伏して、わあっと泣き出した。
――ええええ……!? 初日で!? しかも昼休みに!?
いや、確かにヴィーさんの洗礼はきつかったけど、それにしても反応が極端すぎでは!?
……ああ、これが波乱の幕開けってやつなんですね。
まだ一日も終わってないのに、心がドッと疲れました。
でも泣いてる子を放っておくほど、私は鬼じゃない。
「泣き止んで!泣き止んでください!」
私の声がちょっと裏返った。焦ってるのが自分でもわかる。
「うっ、ううっ、ぐすっ……ううう……」
――まるで甥っ子(2歳)の駄々っ子タイムを見てる気分だった。姉の子は可愛いのに、こっちは……あんまり可愛くない。不思議なものだ。
目の前で、ストロベリーブロンドの巻き髪が震えている。泣きながら肩が上下していて、まるで花びらが雨に打たれているみたいで――いや、ちょっと詩的に言ってみたけど、目の前で起こってることにただただ困ってる。人はこれを現実逃避と言う。
ため息が、自然と出た。
その時、突然、後ろから渋い低音が降ってきた。
「……ほら見ろ、言わんことではない」
……え、誰?
振り返ると、そこには金髪に金の髭をたくわえた壮年の男性が立っていた。堂々たる風格に、グレーの三つ揃えが似合っている。どこかで見た気がする――
……って、ああ!
第二情報室室長、コンヴェイノー公爵。つまり、セシリアさんのお父様。え、なんでここに?
でも、公爵の登場で、セシリアさんはぴたりと泣き止んだ。
「そのような格好で仕事ができると思うな」
公爵の言葉は、鋼のように冷静で真っ直ぐだった。
「で、でも……女の子には華やかさが求められるって……お母様が」
「どこで得た知識だ…エッラめ、全く」
……いやいや、お願いですから、公共の場で親子喧嘩しないでください。ここ、王宮の食堂ですよ? すでに周囲の視線がバンバン突き刺さってます。居たたまれません。
「とにかく、一旦家に戻って着替えてこい」
「……わかりました、お父様」
しゅんと肩を落として立ち上がるセシリアさん。派手なドレスが妙に寂しげに見えた。
「こちらから第三情報室には話を通しておく。……そこの君」
「はいっ!」
思わず背筋を正して返事してしまった。
「君は第三情報室の者だったな。カイルにはこちらから直接伝えるつもりだ。会って話がしたい」
「……わかりました。今すぐ室長にお伝えしてきます!」
そう言って席を立つ私の頭の中では――
(お昼……食べ損ねた……)
――という切実な嘆きが、静かにこだましていた。




