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転生したらまさかの乙女ゲー世界!凡人宮廷文官アリアは、ハードモードな第三情報室で運命を書き換える  作者: 椿野蒔琉
第二章

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新人は嵐のように

「そろそろ新人が来る頃だ」


カイル室長のその一言で、室内に微妙な緊張感が走った。

それぞれが席に戻ろうと腰を浮かせた瞬間――


バタン!


ノックもなく、扉が勢いよく開いた。……と思ったら、


「あ、ノックしなきゃいけないんでしたね!ごめんなさ~い!」


開けたあとに、ドアをノックした。


……え、そこでするの?

なんていうか……順番、惜しい。実に惜しい。


室長、そういえばあなたも気象天文課のドア、ノックなしで開けてましたよね? こういうことがあるから、やめたほうがいいと思います。はい、今回のでよくわかりましたよね!?


一斉に視線が集まるなか、その人物、いや、ストロベリーブロンドの女の子が、堂々とした声で言った。


「今まで侍女がやってましたから~」


……ああ、うん。令嬢育ちってことですね。

常識とのズレが、キラキラ光る自信に包まれて、逆に清々しい。真似はしないけど。


「ここ、第三情報室であってますよね?」


……うん、そこのプレートに書いてあります。でっかく。

たぶん、初見殺しの天然ってこういう子のことを言うんだろうな。


「私、今日からここで働くことになりました!」


声、大きいな……。

淑女教育って、もう少し控えめな口調と声量を推奨してたんじゃなかったっけ?


「セシリア・コンヴェイノーです!よろしくお願いします!……って、どうして誰も何も言ってくれないの!?」


……あ、みんな固まってた。全員、フリーズ。そりゃそうなる。突然、光の塊みたいな子がドアぶち開けて、ノックして、自己紹介までフルボリュームだったら。


最初に正気を取り戻したのは、やっぱりこの人。


「はじめまして。よろしくね? アタシはヴィーナスっていうの。ヴィーって呼んでほしいわ」


ヴィーさん、やっぱり強い。というか、さすがです。


「はい、ヴィー様!」


セシリアはまったく臆することなく返す。どこまでも自信に満ちた声。眩しい。ちょっと目がくらむ。


「で、こっちは室長」


ヴィーさんがカイル室長のほうに視線を向けると、室長はただ鷹揚に手を上げた。……あ、声は出さないんですね。たぶん、出すのも面倒だったんだ。うん、わかる。


セシリアはそれにもめげず、「よろしくお願いします!」と全力の笑顔を向けていた。


「で、こっちはその他もろもろ」


ヴィーさん、さすがにそれは乱暴すぎでは――と思う前に、隣のふたりが声を上げた。


「紹介もなしっすか」

「一纏めにされましたなあ」


思わず私も苦笑いを浮かべてしまう。


「あの…?」


と、セシリアさんが声を上げかけたのに、ヴィーさんは聞いていないかのように流れるような笑顔で言った。


「うふ、あっちにあなたの席があるの。さっそく行きましょ?」


ちゃっちゃとセシリアさんを隣の執務室へと連れていく。あの判断力と行動力、やっぱり凄い。さすがは第三情報室の鬼教官代理。


そして、ほんの数分後。


いそいそと戻ってきたヴィーさんは、マントでも翻すような勢いで早口に言った。


「ねえ、ああいうタイプってどうせ腰掛けなのよ!結婚退職待ったナシよ!個人情報なんて晒したら、あとが大変なの!だから深入りしちゃダメよ!」


「……ああ、そういう感じですか」


「まあ、もって一ヶ月っちゅうところかな」


エドモンドさん、言ってることが妙にリアルでちょっと怖いです。


「明日来たコンラッドさんと喧嘩して、来週あたりいなくなるに一票っすね。そっちに賭けます」


ケネスさん、賭けないでください。

でも、なんか皆、納得してる空気があるのがまた切ない。


セシリアさんの出で立ちは、確かに目を引いた。

夜会にしては控えめだけど、上位貴族のお茶会なら主役級のドレスとパリュール(宝石付き装飾品)だった。

ふりふり、きらきら、ピカピカ。あれで文書仕分けろっていうのも無理がある。


「今日中に帰ってしまうかもしれませんね……」


ふと漏らした私のひと言に、ヴィーさんが眉を上げる。


「……アリアちゃん、あなたが一番辛辣よ?」


――え? そうですか?

いや、事実を言っただけで。そしたらそういう評価? おかしいな。



昼休みになって、セシリアさんを食堂――通称《夢見の食卓》へ案内することになった。


食堂は相変わらず、詩的なのか私的なのかわからない名前の料理が並んでいて、慣れないうちは選ぶだけで混乱しそうになる。でも今日はそれどころじゃなかった。


2人で料理をトレイに取って席に着いたが――セシリアさんのトレイの上にはサラダ一皿だけ。手をつける様子もない。私?私はがっつり食べます!じゃないとお昼から頭が働きません!


セシリアさんはうつむいたまま、今にも泣きそうな顔。


……そりゃそうか。

ヴィーさんの骨太な指導、容赦ないからなあ。


「これ違うわあ。よく見なさい? 雛形から三段ズレてる」

「ここ、誤字発見。文官の恥よ?」

などなど、一呼吸毎に注意が飛ぶ。


全部、笑顔で。あの甘い声で。

でも中身はまるで鎧通しのように鋭くて、メンタルをしっかり削ってくる。

こっちだって最初は泣きそうだった。泣いてないけど!


よく午前中、耐えたなって思う。

そろそろ助け舟(?)を出してあげよう。


「午前中、お疲れ様でした。午後から……着替えに帰られます?」


やんわりと切り出してみる。もちろん、室長の許可が前提だけど。


でも、返事がない。うつむいたまま、微動だにしない。


「そのドレスとパリュールじゃ、仕事しにくくないですか?」


少し踏み込んで言ってみる。けれど返ってきた言葉は、予想外のものだった。


「……私、必要ない人間ですか?」


――え?


「いえ、そうではなくて……」


「わかってます! わかってるんです、なんにも出来ない人間だって!」


次の瞬間、彼女は机に突っ伏して、わあっと泣き出した。


――ええええ……!? 初日で!? しかも昼休みに!?

いや、確かにヴィーさんの洗礼はきつかったけど、それにしても反応が極端すぎでは!?


……ああ、これが波乱の幕開けってやつなんですね。

まだ一日も終わってないのに、心がドッと疲れました。


でも泣いてる子を放っておくほど、私は鬼じゃない。


「泣き止んで!泣き止んでください!」


私の声がちょっと裏返った。焦ってるのが自分でもわかる。


「うっ、ううっ、ぐすっ……ううう……」


――まるで甥っ子(2歳)の駄々っ子タイムを見てる気分だった。姉の子は可愛いのに、こっちは……あんまり可愛くない。不思議なものだ。


目の前で、ストロベリーブロンドの巻き髪が震えている。泣きながら肩が上下していて、まるで花びらが雨に打たれているみたいで――いや、ちょっと詩的に言ってみたけど、目の前で起こってることにただただ困ってる。人はこれを現実逃避と言う。


ため息が、自然と出た。


その時、突然、後ろから渋い低音が降ってきた。


「……ほら見ろ、言わんことではない」


……え、誰?


振り返ると、そこには金髪に金の髭をたくわえた壮年の男性が立っていた。堂々たる風格に、グレーの三つ揃えが似合っている。どこかで見た気がする――


……って、ああ!


第二情報室室長、コンヴェイノー公爵。つまり、セシリアさんのお父様。え、なんでここに?


でも、公爵の登場で、セシリアさんはぴたりと泣き止んだ。


「そのような格好で仕事ができると思うな」


公爵の言葉は、鋼のように冷静で真っ直ぐだった。


「で、でも……女の子には華やかさが求められるって……お母様が」


「どこで得た知識だ…エッラめ、全く」


……いやいや、お願いですから、公共の場で親子喧嘩しないでください。ここ、王宮の食堂ですよ? すでに周囲の視線がバンバン突き刺さってます。居たたまれません。


「とにかく、一旦家に戻って着替えてこい」


「……わかりました、お父様」


しゅんと肩を落として立ち上がるセシリアさん。派手なドレスが妙に寂しげに見えた。


「こちらから第三情報室には話を通しておく。……そこの君」


「はいっ!」


思わず背筋を正して返事してしまった。


「君は第三情報室の者だったな。カイルにはこちらから直接伝えるつもりだ。会って話がしたい」


「……わかりました。今すぐ室長にお伝えしてきます!」


そう言って席を立つ私の頭の中では――


(お昼……食べ損ねた……)


――という切実な嘆きが、静かにこだましていた。



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