嵐の前の静けさ
先週から降り続いていた雨がやみ、今日は空が晴れ渡っている。
やわらかな陽の光が、第三情報室の窓辺を優しく照らしていた。鳥たちの囀りも、まるで舞踏会の開幕みたいに軽やかで――
……いや、待って。これ、どう考えても“嵐の前の静けさ”ってやつじゃない?
というのも、朝からずっとカイル室長の顔が怖い。いやほんと、怖い。眉間の皺、口元の険しさ、ただでさえ鋭い目つきがさらに冴えていて……お願いだから、せめて皆の前では不機嫌、隠してください。職場の空気が冷えるから!
「すまんがアリア、今この部屋にいる全員を呼んでくれ」
「はい」
呼びに行った隣の部屋には、現在出勤中の精鋭メンバーが揃っていた。
ケネス・ビーリンさん。口調は軽いけど、頭の回転は第三情報室で一番速い。計算能力が凄まじくて、もはや脳内に魔法式の電子計算機が入ってるんじゃないかと疑ってる。
この間も一拳程の書類の束の計算を1時間位で済ませていた。…私なら一日中かかるだろなあ… 本人は、「コツは2桁✕2桁の答えは覚えておいて活用すること、数字の動きを頭に入れておくことっす」って言ってる。いや、無理ですって。
エドモンド・ドッディーさん。元・配管工で、建築や設備の知識がめちゃくちゃ豊富。図面一枚あれば大体の構造が分かるらしい。話し方はのんびりしてて、癒し枠。南部訛りも心地いい。ぱっと見50代行くか行かないかくらい。優しい笑顔が人当たりの良さを語ってる。
そして――イヴァン・カーイーさん。副室長代理。愛称ヴィー。ぱっと見、上流貴族のお嬢さまか舞台女優かってくらい華やかな人で、明るい茶髪をゆるくまとめて左肩に流し、今日のコーラルピンクのセットアップも完璧に着こなしている。でも、男の人。
……見惚れるの、しょうがないよね?
だって綺麗すぎるんだもん。声も少しハスキーで色っぽくて甘さも含んでて、「食べちゃいたいくらい可愛い子ね」なんて言われたら、仕事にならなくなるに決まってるでしょ!違う扉開いちゃうでしょ!(過去に一度、本当に仕事が手につかなくなった)
でも――
疫病のときのヴィーさんは違った。あのフリルも巻き髪も封印して、防護服に身を包み、男の姿で鬼のように現場を駆け回っていた。鋭くて、的確で、冷静で、情熱的。あの背中、ずっと忘れない。
今また、ふわっとフレグランスの香る姿に戻ってるのは……そう、第三情報室が“日常”を取り戻した証なんだ。
「ケネスさん、エドモンドさん、イヴァンさん。カイル室長がお呼びです」
「やだ、アリアちゃん。“ヴィー”って呼んでくれなきゃ」
「ごめんなさい、ヴィーさん」
「あー……アリアさん、受け入れ能力高いっすね」
ケネスさんが半ば呆れたように言う。
「ヴィーナスのヴィーさんが復活したんや。平和になった証拠やで」
エドモンドさんはにこにこと言い、皆で室長室へ向かった。
カイル室長は、渋い顔のまま本題に入った。
「本日から新人が来る」
「まぁ珍しいわねぇ」
ヴィーさんが軽く眉を上げる。
「第二のコンヴェイノー公爵から、娘を預かってくれと正式な要請があった。“最も厳しく、正確に指導する部署を”とのことだ」
「室長って、そういうの断るタイプじゃなかったでしたっけ?」
私の問いに、室長は明らかに言いづらそうな顔で長く重いため息をついた。
「まあ、長いものには巻かれなあかんとき、ありますわな」
エドモンドさんが言い、ケネスさんがそれに続く。
「今いない連中にも伝えときますよ。で、能力の方は?」
「登用試験は上位だった。だが、口が軽く、行動に慎重さを欠き、考え方も甘い。しかも惚れっぽい。典型的なお嬢様だ」
「うっわ、それ……完全にコンラッドさんの天敵っすよ。あの人、真面目な人には優しいけど、軽い人には全力で塩対応するじゃないですか」
コンラッドさん…元宮廷課騎士部門所属の体育会系の雰囲気の持ち主。ちゃんとしてれば優しいのよ。ちゃんとしてれば。真面目にしてなければ…分かんない。塩対応してるとこ見たことないわ。
「ま、あいつもここは長いんや。若い娘さん相手に喧嘩はせんやろ…多分。」
エドモンドさんは笑うけれど、私は内心ちょっと不安になる。
――いや、絶対波乱起きるでしょ、これ。
「で、アタシが新人の面倒を見るのね?」
ヴィーさんが腰に手を当て、楽しそうに目を細める。
「頼めるか」
室長が真剣な顔で頭を下げると、ヴィーさんは一拍置いて、
「嫌っていう選択肢ないわよねぇ。……しょうがないから、やってあげる。公爵様も手加減なしでいいって言ってるんでしょ?で、何を教えればいいの?」
「当面は第二から回ってくる内部調査案件の確認でいい」
「了解。ふふ、楽しみだわぁ……」
……なんかすっごく悪い笑顔してるんですけど、ヴィーさん!?
ああ、もうダメ。予感じゃない、確信した。
これ、絶対、波乱の幕開けだ。




