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転生したらまさかの乙女ゲー世界!凡人宮廷文官アリアは、ハードモードな第三情報室で運命を書き換える  作者: 椿野蒔琉
第一章

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おかえりなさい

カウンター越しに見知った後ろ姿が見えたとき、思わず立ち上がっていた。

「室長、エドモンドさん――!」


声を張り上げた自分に、まわりの職員たちがちらりと視線を向ける。けれど気にしていられなかった。思ったよりずっと、帰りが遅かったから。不安で、資料を読むふりをしながら何度時計を見たかわからない。


「おかえりなさい。無事で、よかった……!」


その言葉に、カイル室長はわずかに口角を上げただけだった。けれど、そのほんのわずかな笑みが胸の奥を温かくする。


エドモンドさんは「ただいま戻りました」と穏やかに微笑んだ。

少しだけ服が土埃にまみれている。戦闘があったのかもしれない。けれど無事に帰ってきてくれた。それが何よりだった。


リンジー副室長が立ち上がり、書類を手にカイル室長の前へと進み出た。


「ご報告を。ご指示いただいていた“養鶏場”の件、地域管轄課へ正式に封鎖を要請済みです。手続きもすでに完了しています」


「早いな」


「個別にご指示いただいておりましたので」


さすが副室長、隙がない。事前に言われていたんだ。私はその内容を知らされていなかったけど――少しだけ、悔しいような、でもそれ以上に、心強かった。


「助かる」


短く告げて、カイル室長はリンジー副室長から書類を受け取る。

それをそのままデスクに丁寧に置くと、手早くコートを脱ぎ、腕を組んでこちらを見た。


「……アリア」


ビクリ、と肩が跳ねた。何か怒られることしたっけ? いや、でも室長の声はいつも通り――たぶん。


「――少しは、知識を蓄えられたか?」


思わず「はいっ」と答えていた。何も聞かれていないのに、返事だけが先に出た。

するとカイル室長は、ほんの少しだけ、満足そうに目を細めた気がした。


……え、今、笑ってた? 気のせい?

ああもう、ずるい。そんな顔されたらまた頑張りたくなってしまうじゃない。


そのとき、背後で誰かがぼそりとつぶやいた。


「……あれが、笑顔に見えるようになったら末期だな」


リンジー副室長が無表情で「口に出すから末期なんですよ」と返すのが聞こえたけれど、私の耳にはもう入ってこなかった。



それから数日後、ゴルドリバー領主、クァナーマの名が、逮捕者一覧の一番上に記載されている報告書を見た。


「一家もろとも……」


思わず口の中でつぶやいていた。

それだけの大規模な不正だったということ。癒着、横領、そして住民の生活インフラに関わる重大な背任行為――文官の立場から見ても、これは到底見過ごせる話じゃない。


それにしても、あの歯が浮くようなセリフを吐いていたジークの顔が思い浮かんで、少しだけ背筋が寒くなる。


けれど、同時に心のどこかがほっとしていた。

逃げ切られなかった。正当な手続きで裁かれた。それだけで、この国の仕組みがまだちゃんと機能していると信じられる。


「ゴルドリバー領は、当面王国直轄地か……」


リンジー副室長から報告を受けたとき、私は自然とメモを取りながら、心の中で頷いた。代わりの貴族が見つからないのも当然かもしれない。あんな不正の後始末を引き受ける人間なんて、そうそういないだろうし、万一にもまた利権目当ての誰かが座ってしまったら、目も当てられない。


だからこそ、文官の出番なのだ。

少なくとも今の王国には、カイル室長やリンジー副室長のように骨のある人たちがいる。だから、少しだけ未来に希望が持てる。


「ブッセー建設商会も、潰れたか……」


その一報を受け取ったとき、エドモンドさんが静かに「しゃあないことですな」と呟いていた。

代わりに、前からやっていたメイシュン設備組合が、上下水道の設備管理をもう一度引き受けることになったという。


――そして今朝届いた報告書。

『主要部、下水パイプ全交換済。調査に基づき、強度の高い素材へと改修完了』。


その一文に、私は机の上でふぅと息を吐き、背もたれに身を預けた。


「よかった……これで、一つの懸念は潰せた……」


まだ見習いの私でも、あのゴルドリバーで感じた危機感は本物だった。

あのまま何もせずに見過ごしていたら、またいつか、もっと大きな事故や被害が出ていたかもしれない。


だけど。


――まだ、もう一つ残っている。


「養鶏場……」


もう一つの懸念。

それは今も、どこかで静かに進行しているかもしれない。ウイルスは、人に届くころにはもう手遅れになっていることが多い。だからこそ、早めに潰しておきたい。


私は報告書を閉じ、次の資料へと手を伸ばした。まだできることがあるはず。

この国のどこかにある“予兆”を見逃さないように――。


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