思い出したのは突然に
流行りに乗ってみました。テンション高めの主人公も初挑戦です。よろしくお願いします。
私の名はアリア。アリア・アマーデュー。
アマーデュー子爵家の次女で、姉上は婿養子を迎え、つい先日第一子をご出産。
おめでたいけど、そのせいで私はちょっと肩身が狭い。
でも、この春——
ついに!王宮への就職が決まりました!
いやっほい!
これでサリア姉様に
「結婚しないの?」
なんて言われずに済むわけ!
王宮には寮があるし、親元を離れて自由気ままな文官ライフ、スタートです!
で、今。
その王宮から“人事配置決定書”なるものが届いたところ。
……人事配置決定書?
なんか、辞令みたいな……?
ん?辞令?
ジレイって何だっけ?
王宮の使者が帰ったあと、私は一人でぐるぐる考え込んだ。
辞令……じれい……人事……配属……
なんか、この感じ……妙に懐かしいというか……
あれ?
もしかして、私って……
転生した?
しかもこの設定、どこかで見覚えがある。
貴族の令嬢で、王宮に就職して、攻略対象のイケメンに囲まれて、運命を選び直す——
これ、乙女ゲームじゃない!?
私が昔、寝る間も惜しんで周回プレイしてたあのゲーム……
『星紡ぎの宮廷文官〜運命を書き換える恋〜』!
「アリア!アリアったら、聞こえてるの!? 王宮勤務、本当に大丈夫なの?」
母の声で現実に引き戻される。
私はにっこり笑って答えた。
「猫、いっぱい被ってくから大丈夫〜」
母に心配をかけないよう笑顔で答えて、私は慌てて自室に戻った。
ドアを閉めるなり、ベッドに倒れ込みながら考える。
……よし、落ち着こう。まずは、さっき一気に戻ってきた前世の記憶を整理してみよう。
……えーと。
なにも思い出せません!!(泣)
ゲームの記憶以外、スッポリ抜けてます!
前世の名前も、家族構成も、なにしてたかも、ぜんっぜん思い出せない!
なんでこういう時に限ってポンコツなの、私の脳!
……まあ、ゲームの記憶だけでも戻ってきただけマシってことにしよう。うん。
何様だよ、私。
『星紡ぎの宮廷文官〜運命を書き換える恋〜』——通称ホシコイ。
これは、私が前世でドハマりしてた乙女ゲーム。
学園ものが主流の乙女ゲー界にしては珍しく、働く女性が主人公で、
プレイヤーがキャラメイクで能力値を自由に割り振れるっていうちょっと変わり種だった。
その能力値次第で、配属される部署や攻略対象が変わるのも特徴だったっけ。
で、記憶をたぐっていくと……
能力値がどれも平均的だと、“第三情報室”に配属されるんだったよね。
う〜ん、さっきの決定書……たしか、そんな文字があったような。
私はカバンの中からくしゃっとなった紙を引っ張り出して読み返す。
人事配置決定書
——アリア・アマーデューを、第三情報室に配置する。
ああ、やっぱり。
よりにもよって、第三情報室かあ……!
そして本日、晴れて初出勤!
新米文官のアリア・アマーデュー、やる気はあります!
能力値はまあ……バランス型の凡人ですけど!
王宮庁舎の石畳の廊下をコツコツと歩きながら、私は自分の辞令書を見直す。
第三情報室。それが私の新しい居場所。
でも――
「……何する部署か、結局よくわかんないんだよね」
ホシコイでは、攻略対象全員に会えるルートだったのに、どのキャラとも親密度が上がりにくい“ハードモード”。
しかも、肝心の業務内容はゲーム中でもほぼ語られてなかったという不遇っぷり。
ほんと、なんで私がここに来ちゃったんだろ。
小声でぶつぶつ呟きながら曲がり角を曲がると、ひっそりとした一角に出た。
人の気配がほとんどない。
廊下の壁に掛かる案内板には、かろうじて読み取れる文字。
〈第三情報室〉
うん、合ってる。ここだ。
私は軽く息を吸って、重厚な扉をノックした。
「失礼します! 本日から配属になりました、アリア・アマーデューです!」
返事は――ない。
あれ? 間違えた? って思ったその時、扉の奥からかすかな足音。
ギィ……と静かに扉が開いた。
現れたのは、ひとりの青年だった。
黒髪、鋭い目元。着こなしは地味だけど、仕立ては明らかに高級。
そして何より、ものすごく無表情。
「……新人、か?」
低くて静かな声。感情は、ほとんどこもってない。
「は、はいっ。アリア・アマーデューです。本日から第三情報室に――」
「辞令は確認してある。入れ」
ぶっきらぼう。けど、妙に整った声音。
この人、誰……? と思いつつ、私は促されるまま中へ入った。
室内は、壁一面に本棚、机の上には書類の山。
カビくさ……とは言わないけど、空気がすこし乾いてる感じ。
「ここでは主に、過去の行政資料の精査と、情報の再分類をする。情報の真偽を精査する部署だ。……他では扱えない案件も多い」
「わ、わかりました……っ」
どことなく“ただの記録室”とは思えない雰囲気。
この人の話し方も、妙に含みがある。
「君の机は、そっち。わからないことがあれば俺に聞け。俺は、カイル・コーシェ」
コーシェ?
どこかで聞いたことがある気がして、脳内のホシコイ辞書をめくる。
――あ。
カイル・コーシェ
表ルートには出てこない、第三情報室限定でほんの数行だけ名前が出るモブ文官。
確か、ゲーム中で疫病発生に関する調査文書を書いてた人……!
私はゴクリと息をのんだ。
まさか、この人が……
私が「絶対に関わるべき」と記憶していた、疫病イベントの鍵を握る人物……!
私はふと引っかかる言葉があって、思わず尋ねた。
「今、コーシェ様は“辞令”って言いました?」
「……あ、いや。人事配置決定書だな」
……怪しい。ちょっとカマかけてみよう。
「辞令って、他国の言葉ですよね?……ニホン、とか?」
最後の「ニホン」は小さく言ったつもりだったけど、どうやら聞こえたらしい。
カイル・コーシェ様の目が、これ以上開いたらこぼれ落ちるんじゃないかってくらい見開かれた。
(……エメラルドグリーンの瞳って、きれいだわ)
「……まさか。お前――失礼。アマーデュー子爵令嬢も、か」
「大当たりです!ご希望とあれば太鼓叩いてラッパ吹きましょう! ドンドンドンパフパフパフ!」
「いらん。というか、その無礼さは何だ。初対面の直属上司にしていい態度ではないだろう」
「なんか気分が盛り上がっちゃって」
大げさなため息が返ってきた。
「……で? どこまで思い出せている?」
「えーと……個人情報は全滅です! 名前も家族も記憶ゼロ! 覚えてるのは、ゲームの内容くらいで!」
「ゲーム? ここは、ゲームの世界なのか?」
「『星紡ぎの宮廷文官〜運命を書き換える恋〜』、略してホシコイってタイトルでした。私の記憶って、それだけなんですよ……。室長は?」
「……前世は官僚だったらしい」
「おお、エリート……!」
「だが、何をしていたのかは思い出せん。ただ……妹に言われた『兄さんは働き過ぎよ』という言葉だけが、印象に残っている」
ふと、カイルの表情が翳る。
その顔からは、どうにもならなかった苦しさがにじみ出ていた。
(……誰に何を言われても、振り切れないことって、あるよね)
「室長、その……」
「……ああ、余計なことを言ったな。すまない」
「…………いえ」
沈黙のあと、彼は話を切り替えるように言った。
「それより、仕事をしよう。さっき、ここは情報の真偽を確認する部署だと言ったな? その通りだ。
各地から届いた嘆願書や報告書をもとに、我々は実際に現地を回って事実を確かめる。――まるで、前世のミトのゴインキョのようにな」
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に、白ひげのおじいさんが大笑いしている姿を思い出せた。
うわ、わかるその例え…!