表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

君が残した、小さな旅路。

あれから君は、どんな景色を見たのだろう。

あの空の続きに、君は何を見たんだろう。


あれから、幾度の季節がすぎて。

僕はまだ、ここにいるよ。


けれど、君がいたあの頃よりも、空を見上げる日が、ほんの少し増えた気がする。


何も変わっていないようで、でも、全部が少しずつ変わっていった。


君が残した思い出を抱えて、 僕は時々、あの坂道を登る。

夕暮れに染まる街を見下ろすと、君の声が、ふと聞こえるんだ。


"ここなら、全部見えるね。"


君はそう言って、笑ってた。


僕はこれから、君がいた場所を辿っていく。

見逃してしまった景色を、君の想いと一緒に、もう一度。



久しぶりに、早起きをした。


いつもならもう、止まっている扇風機。

だけど今日はまだ、動いている。


机には、君の手紙が、昨日のまま。


僕は 何となく、机の引き出しを開けた。


2年も前の、古びた手帳。

中には、あの日と変わらないままの、君の文字。


手帳の隅に書き残された、小さな地図と、行きたい場所のリスト。


"私は忘れちゃうから、君の手帳に書くんだ。"


そうやって一緒に、笑いあったっけ。


"ここ、行ってみたいな"


そう言って、君が嬉しそうに指をさしたページ。

僕は、記憶をなぞるように、そっと指をのせた。


まだ見た事のない景色。

君が夢見た、あの日の続き。


鞄には、大きな荷物と、君との日々を少しだけ。


僕は身支度を終え、玄関で深く息をつく。


「……しばらく、ここに帰ってくることはないんだろうな」


ドアを開ける手が、少しだけ震えた。

だけど、不思議と迷いはなかった。


胸の奥が、静かに頷いていた。


まだ陽が昇りきっていないからか、どこか涼しい。


今日は、かつて君と通った道を、歩いてみる。


君と、よく話した公園と。

君の、お気に入りだった喫茶店と。

君が、何も言わずに立ち止まったあの坂道と。


僕の記憶に触れる度、ふと風に混ざって、君の匂いがした。


駅に着く頃には、すっかり陽が昇っていた。

朝の人混みに、少しだけ気が滅入る。


この駅を使うの、いつぶりだったっけ。


僕は、何度か迷いながらも無事に、ホームに着いた。


12両が連なる列車の、4両目。

僕は、決意とともに、乗り込んだ。


車内はまだ、静かだった。

通勤ラッシュには、少し早い時間帯。


僕は、窓際の席にそっと腰を下ろした。


窓の外には、住み慣れた街が見える。

朝の、静かな憂いを帯びていた。


僕は出発を待つ間、再び手帳を取り出した。


『行きたいところリスト。』


1つ目は、"海の見える町"。


その隣には、『晴れた日がいいね』と、君の文字。

思わず、口元が緩む。


君は、海が好きだった。

理由は聞いたことがない。

けれど、海辺で夕日を眺める君の横顔は、どこか満足そうな表情だった。


思い出に浸っていると、発車のアナウンスが列車内に響く。


窓の外の景色が、ゆっくりと後ろへと流れていった。


僕はそっと手帳を閉じて、目を閉じる。


耳元に届くのは、列車の軽やかな揺れと、遠ざかる街の静かなざわめき。


次のページには、まだ行ってない場所がいくつも並んでいる。


そのひとつひとつに、君の想いが宿っている。


だから僕は、旅に出ようと思う。


君と一緒に見るはずだった、あの景色の続きを探しに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ