二十二
更新が遅くなってすみません。
海糸の村から遠く離れた海。一隻の船が浮かんでいる。
「ちくしょー、また壊れたじゃねーか」
船についた穴をふさぎながら苦々しく呟く。もともと大きさはあるが頑丈な船じゃない。見掛け倒しのおんぼろだ。さらに最近の奴らの攻撃でキズがどんどん増えていて、修繕する身としては苛立ち以外の感情は出てこなかった。
「船長、俺らはいつまで逃げてればいいんですか」
不満げな声が聞こえてそっちの方を向く。屈強な男たち数人が何やら文句を言っているようだ。
「あいつら恐れるに足りないじゃないですか」
「そうですよ。襲撃しましょうよ、あんな奴ら」
口々に文句を言う男たちの視線を浴びながら、紺色の髪の男は軽く息を吐いた。そうして、面倒くさそうに男たちの方を向くと、
「初めから言っているだろ。真正面からじゃ俺たちは奴らに近づくこともできねぇ。実際船のキズばっかり増えてんじゃねーか」
「それはそうですけど…」
図星を突かれたからか先ほどまで威勢の良かった男たちは言葉を詰まらせる。ここ最近ずっと襲撃を仕掛けてはいたが、ことごとく失敗している。やはり油断ならない相手だ。
「時機を間違えちゃいけない。あいつらは手ごわいが所詮人間だ。限界が来る。叩くならその時だ」
「船長ってなんも考えてなさそうで、意外と考えてるんすね」
「どーいう意味だおい…あ、待てっ、逃げんなっての」
軽口をたたいた男が颯爽と逃げていくのを見ながら船長はため息を吐いた。好かれているけど、なめられてもいるんだよな。じっと彼を見ていると、船長が全くとぶつぶつ言いながらこちらを向いたので思わず目を逸らす。やべ、手動かさないでさぼってたら怒られる。汗をだらだら流しながら修理のふりをしていると、
「ありがとうな、いっつも。大変だろうに」
無理すんなよー、他の奴らにやらせてもいいんだしな。近くに来た船長はそれだけ言うと軽く肩を叩いて、またどこかへ行ってしまった。彼のいなくなった方を少し眺めた後、思わず目を伏せた。さぼっていたのを誤魔化そうとしていた自分がなんだか恥ずかしかった。
「おーいそっち終わったか…って何ぼけっとしてんだ。さてはさぼってたな。全く、さっさと修繕するぞ」
「あー、分かってるって」
別の方向から声をかけられて再び作業を再開する。ありがとうか。意識しているのか無意識なのかは分からないが、船長は人を動かすのがうまい。彼に礼を言われたし、頑張んねーとと思う。
「あ、こっちも傷ついてる。誰かー、手伝ってくれよ」
なんだなんだと男たちが集まってくる。その様子をそっと眺めていた紺の男は誰もない場所まで歩いて、ふと立ち止まった。船の上ではどこにいても修理の音と屈強な男たちの声が聞こえてくる。その音をぼんやり聞きながら彼は果てしなく続く海を見つめていた。
「モズク…」
ここからは見えない遠くを眺めて紺の男ー波路有渦は静かに呟く。彼の言葉は誰にも聞かれないまま、ただ海に流されていった。
「あ、モトさん。お疲れ様です」
帰ってきた閃はモトが歩いているのを見て声をかけた。閃の言葉にモトは微かに笑った。
「お疲れ様です。村はどうでしたか」
「いやー海沿いの村ってこんな感じなんだなって、学べました!」
「それはよかったです…それで、あの…」
口をもごもごさせているモトの視線の方を向いて、閃は困ったように笑った。
「俺を案内してくれて疲れちゃったんだと思います。気、張ってたみたいだし」
彼の腕の中でモルは心地よさそうに眠っていた。微かに寝息を立てて半分くらい口を開けている。小さな足で一日中案内してくれたのだ。八つの子にはまだきついだろう。幼い息子の寝顔を見ながら、モトは軽くため息を吐いた。
「本当にすみません。ご迷惑を」
「全然、迷惑なんかじゃないですよ。俺も楽しかったですし」
ニッと笑った閃に一瞬、目を開いたモトは軽く頭を下げてモルを受け取る。
「もうじきご飯ができるので、一緒に行きましょう」
「あ、そう言えばいい匂いしますね」
鼻をクンクンとしてにおいをかぐ閃に少し笑いかけてモトは歩き出す。紺碧の髪が揺れているのを眺めながら閃も後を追いかける。
「あの、モトさん、今日船で来たのって海賊ですか?」
「まぁ…そうですかね」
「違うんですか?」
どこか歯切れの悪いモトに閃は再び問うてみる。何ともとれない苦々しい顔でモトは口を開いた。
「彼らは國外海賊と呼ばれています。名前の通り他國からやってきた海賊なんですが、どうにも強奪目的で活動しているわけではなさそうで」
「というと?」
「確証はありませんが、おそらく彼らの國に認められた海賊なのではないかと私は考えています」
「認められる…」
閃の呟きにコクリとモトは頷く。基本的に海賊はそれらの母國が対処するように決まっている。しかし、逆に彼らを野放しにすることで他國の領土や商船を襲わせるといった例も過去にはあった。
「外國には海賊の取り締まりを幾度か求めたのですが適当にあしらわれました。この場所は海産物もよく獲れるので他國も狙っているんです」
「それ、大丈夫なんですか?」
「大した事ありませんよ」
本当かなと閃は思うがどこか落ち着いたモトは涼し気な顔のままだった。相も変わらず真っすぐな瞳。でもどこか悲しさすら感じさせる。
この人は何を見ているのだろう。同じ場所にいても決して同じものを瞳に映していない。どこにいても彼は何か別のものを見つめている。閃は何とも言えぬ気持になった。そうして、
「あの、明日とか俺、なんか手伝いますよ。今日は案内してもらうだけで終わっちゃったし」
ただ疲れているわけではないのだろうけど、自分にできることを閃はしたかった。そう思わせるくらいになんだか寂しい雰囲気をモトは醸しだしている。それに食住を提供してもらっているのに何も返さないのは人としてよくない。が、案の定モトは首を振って、
「そんな、気にしないでください」
「そんなわけにはいかないですよ。ただ飯って、すごく気まずいんですよ。おいしいから食べちゃいますけど」
「ただ飯って…ひょっとしてカセラさんから聞いていませんか」
え、と閃は首を傾げると、モトは、
「カセラさんから食料などをいただいているんですよ」
どうやらカラが俺のいないときに渡していたらしい。食料、衣類、その他、例を挙げるときりがないくらい、本当にたくさんあげたらしい。
「そうなんだ…でもそれはそれとして宿泊代としてなんかしますって」
少し苦笑いを浮かべて、閃は再びモトに言う。カラがきちんとそういったことはしていたらしいが、俺は何もしていないし。自分だけ何もしていないというのは嫌だった。
何度も閃がやりますと言うので、さすがにモトも少し考えるように間をとった。そうして、あっと軽く声を出して、
「では…モルと遊んでやってくれませんか」
「でもそれじゃ俺が楽しいだけじゃ…」
今日と何も変わらないのでは、と閃が言いかけたが詰め寄るようにモトが近づいてきた。
「ぜひ、お願いします。疲れた身体に子供との遊びは堪えるんですよ…」
「ははは…お疲れ様です」
すがるような彼の声に思わず閃は笑ってしまう。まあ確かに、今日見ただけでもモルはなかなか元気な子だったし…村長の仕事も抱えているモトにとっては相手をするのはきついのだろう。モトは閃に深く頭を下げて、
「お願いします。この子もあなたが好きみたいですし、私のためだと思って…」
「分かりました分かりました。やりますから」
周りに見られたらなんか怒られそうだったので閃は慌てて顔を上げさせる。ほっとしたようなモトの顔を眺めながら、閃はふと、今日のことを思い出す。あんな風に海動かして、海賊を追い払っちゃう人をこんなにしちゃうなんて…モルくんもなかなかだな。モトの腕の中で眠るモルを見て閃ははーっと息を吐く。彼のため息が静かに空に飛んで行った。




