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想憶の砂  作者: 凡
18/22

十八


 陽射しが降り注ぐ。身が焼かれるような心地がして閃は思わず叫ぶ。なんで疲れてるときに限って暑いのだろうか。ひょっとしたら神にでも見放されたのかもしれない。馬鹿みたいなことを考えて、一人で笑って、そしてまた考えての繰り返しだった。

 カラはそんな閃を見ないふりしてどんどん先に進む。神獣の姿で歩いている彼は閃よりも暑そうなのに、余裕のある表情をしている。実際カラには余裕があった。閃にもつらいなら背中に乗れと言ったのだが、暑そうなのと神獣に乗るのは何となく罰当たりな気がすると断られた。呼び捨てでため口なのに今更だろ、とカラは呆れたが、閃には閃の線引きがあるらしいのでそれ以上は言わないことにした。

「あ…つ…い…。カラぁ、俺たちどこまで行くんだぁ?」

「ん、言ってなかったか。海糸(かいし)の村に行く」

「え、布野さんって人のとこじゃないの?」

「いずれ行くが、すぐには無理だ。遠すぎる」

 閃がいたあの村はかなり閉鎖的で、近隣に村がなく交易なども行われていない。したがって、一番近い村に行くにもかなりの時間を要する。

「お前が何日も飲まず食わずでもいいなら先に進んでもいいが」

 村人が閃に持たせた餞別に食べ物やらが入っていたが、早くて一、二週間かかるこの旅路ではいつ何が起こるかもわからない。できるなら早く村へ行きたいというのがカラの気持ちだった。が、当然生身の人間である閃は慌てる。

「鬼みたいなこと言うな。無理に決まってんだろ」

 冗談だとカラは言うが、真面目な顔をしていたのできっと嘘だろう。神獣というのはいかれているなとも感じたが、怒られそうなので閃は黙っていた。

「それで、カイシさんっていうのはどんな人なの?」

「海糸は海の支配人だ」

 海糸は國から海の管理を任されている。これは國ができたばかりに結ばれた海糸の盟約によって定められているものだ。國は中央から離れた海を海糸に管理させる代わりに、彼らの獲った水産物の六割を献上させている。海糸は海における支配権を國からのお墨付きで認められることで、他の漁村よりも大きな力を持つことができる。互いの思惑から結ばれたこの盟約は古くから現在まで続いていた。

「ふーん、海の人か。たくましそうだな」

「お前は海にどういう印象を持っているんだ」

「なんか(いか)ついっていうか、荒波に呑まれても生きていく…みたいな?」

「なるほど、自分と真逆の人間を想像しているんだな」

 カラはちょっと歩いただけで息を切らす閃を見てからかうように笑った。確かに閃は荒波に呑まれたらそのまま消えてしまいそうな感じだ。どこかむすっとしている閃は鼻を鳴らして、

「失礼極まりないぞ、カラ」

「本当のことなのだから仕方ないだろう。閃は体力がない。もう疲れたんじゃないか。ほら、背中に乗れ」

「…いい。自分で歩くし」

 頬を膨らませて閃はカラを見ることもなく進んでいく。余計なことを言っただろうか。だが、事実だしな。カラには少しも悪気はなかった。むしろ閃を気遣っての言葉だったのだが、いかんせん使う言葉を間違えたせいで閃にはその意図は伝わっていなかった。困ったようなカラはさっさと歩く閃を追いかける。陽射しはなおも歩く二人を厳しく照らしていた。


「ぜぇ、ぜぇ…」

「おい、いつまで意地張っているんだ。いい加減、背中に乗れ」

「まだ…大丈夫…」

 肩で息をしながら歩き続ける閃に、カラは呆れてしまう。

「大丈夫なわけあるか。倒れるぞ。お前体力ないし、筋力もないだろう。それに…」

「だー!いーっての!俺はひ弱じゃねえし!」

 カラは事実を述べて説得しようとしたが、むしろ逆効果であった。乗ろうか迷っていた閃も、すっかり意固地になって、カラの前をぐんぐん進む。が、すぐに抜かされ、息が切れる。

「全く素直に乗ればいいものを。本当に面倒くさい奴だ」

「うるせー。それに俺が疲れてるのは体力ないからもあるけど、半分はカラのせいだろ」

「俺は何もしていないだろう」

「したわ!難しい話!あれで頭おかしくなった」

 歩き始めてから五日。カラは閃に國の成り立ちなどを説明していた。村によって國家に従うものもあれば反感を持つものもある。だから、最低限の知識として話をしていた。そう、最低限…。

「あれのどこが最低限なんだよ!人の名前覚えんので精一杯だわ!」

 神獣であるカラは数千年生き続けている。したがって彼の感覚からすると統一國家ができた約四百年前はつい最近で、当時のことを恐ろしいほど鮮明に覚えているのだ。カラはため息を吐きながら、

「事実をそのまま述べた方が先入観もなくなる。それに閃だって楽しんでいただろう」

「それは、まあ。話自体は興味深いし」

 約四百年前、この土地には四十余りの国があったらしい。覇権争いのため、何千年も争い続けていた人々。荒れる大地、居場所を失くした生き物たち。見かねた神獣は五人の人間に彼らの力を与え、争いの終結を求める。

 確かに話は面白かった。カラが目で見たことをそのまま伝えてくれている分、感情移入しやすい。五人の英雄たちが悩みながら必死に國を統一させたのは本当にかっこいいし、尊敬もする。そう、話としては本当に面白かったんだ…。

「でも長い!カラの感覚で話されるとなげーんだよ!おかげで疲れたし」

 閃がそう文句を言うと、カラは淡々と、

「確かに俺も細かく話過ぎたかもしれないが、閃の体力不足まで俺の責任にするな」

 体力不足という言葉がグサリと閃に刺さる。疲れたのをやつ当たっている自覚があるからこそ、それをカラに言われると言い返せない。追い打ちをかけるように、

「そもそもお前が聞きたいと言ったんだろう。文句を言う権利は閃にはない」

「う…。正論で攻撃してくんな。わーってるよ。文句言って悪かったよ、な」

 少し不貞腐れたように閃は謝る。と、どこからか吹いた風が静かに触れてくる。心地の良い風。なぜだろう、とても懐かしい…。

 気が付くと閃は風の吹く方へ歩き出していた。身体が勝手にそちらへ進むのだ。大した考えもなしに、カラのことなんか忘れて閃は夢中に足を動かした。

「こっち、こっちだよ」

 上から声が聞こえて閃は見上げる。が、そこには小さな鳥しかいなかった。首をかしげて再び閃が歩き出すと、

「違うよ。こっちこっち」

 またしても声が聞こえた。先ほどよりも入念に閃は周りをうかがうと、目の前に先ほどの小鳥がやってきた。あまりにも近かったので、閃は驚いて転んでしまう。

「うぁ、え、ちょ、ちょっと待って」

 慌てている閃に、柳色の身体の小鳥は羽をパタパタさせながら、

「何しているの、せっかく案内しているのに」

「あ、すいません。でもびっくりしちゃって。君が案内してくれてたのか」

「そうだよ。早くおいで。彼が追いつく前に行かなきゃ」

 小鳥がそう言ったとき、後ろから足音が聞こえ、怖い顔をしたカラがやってきた。

「閃、お前何しているんだ。危険だから俺から離れないようにあれほど言ったというのにお前というやつは」

「いや、ごめん。でも待って。俺、案内してもらってたから向こうに行きたいんだ」

「案内って誰に?」

 閃は小鳥の方を向いたが、いつの間にかいなくなっていた。辺りを見回したがどこにもいない。ただそこには乾いた風が吹いているだけだった。

「あれ、何で…」

「全く、お前はすぐに迷子になるのだから。ほら、先に進むぞ」

 カラに促されて、閃は彼の後ろをついていく。何だったんだ。もしかして、幻聴とか?でもなぁ、結構はっきり聞こえたんだけどな。そうして考え事をしながら歩いていると、突然、カラが足を止めた。不思議そうにカラを見つめると、彼はどこか驚いた様子で、

「ここは…そうか、もう…」

「カラ?どうした?」

 クルリと振り返ったカラは閃の方を見て何か言いかけ、口を閉じる。そうして再び口を開け、

「思ったより早かったな。閃、目的地に着いたぞ」

「え、じゃあ、ここ?」

「ああ。ここをもう少し行ったところにある。光が見えるだろう」

 カラの指した指の向こうにはキラキラといくつもの光が輝いていた。微かにうごめきながら、途切れ途切れでありながらも美しい光だった。閃は光の正体が気になって少し速足で歩く。そうして、歩いた先に、

「海…」

 青々とした海がその眼前に広がっていた。遠く、遠くまで続いていて閃はすっかり圧倒されてしまった。だが、それと同時になぜだかその景色を見たことがあるようなそんな感覚がしてくる。あの青に見覚えがあるが、やっぱりはっきりとは思い出すことはできなかった。それでもそんなことどうでもいいくらいに、その海は美しかった。

「きれいだな」

「そういってもらえると、うれしいですね」

 背後から声がして閃は驚く。振り返ると紺碧(こんぺき)色の髪をした男が優しく微笑んでいた。戸惑いがちに閃は男に、

「えっと、どちらさまですか?」

「初めまして。海糸モトと申します。」

 丁寧にお辞儀をした彼からはかすかに塩のにおいがした。


すみません。編集してしまいました。

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