十七
「それじゃあ、お世話になりました」
大きな声で閃は頭を下げる。村の人は当日になると寂しさが出てきたようで、ほとんどの人が見送りに来てくれた。明らかに一人じゃ持ちきれない量の餞別を渡されてさすがに閃も困ってしまう。それでも彼らのやさしさはありがたいものだった。
「さて…。で、いつまでついてくるんだ郷」
「うん?カラさんのとこまで」
何食わぬ顔で、郷は横を歩く。あのなぁ、とため息を吐きながら、
「いや、大丈夫だから。それに帰るとき女の子一人じゃ俺も心配だし」
「ヤドとヤネさんが向こうで先に待ってるから気にしなくていいよ」
あの二人、いないと思ったら、先回りしていたのか。見送りが嫌なわけではない。ただ、ぎりぎりまで一緒にいると悲しさが倍増しそうで、みっともなく泣きだす前に行ってしまいたかった。が、笑顔の郷の圧に負け、閃は諦めることにした。
「それで、ヤドとはちゃんと話せた?」
「ああ、手きりもした」
「てきりって何?」
「指切りの手番。そっちの方が効果あるからって」
何それと、郷は楽しそうに笑う。だよな、と閃は自分の手を握る。郷に比べると冷たくて、ヤドに比べると細い。だけど二人が握った時の感覚はいまだに消えず、安心した気持ちになる。
「まぁ、それだけミドリくんのこと考えてるってことだよ」
「ああ。あいつらしいっちゃあいつらしいな」
全体的に明るい空に微かな雲が立ち込めている。旅立ちの時くらい、晴れてくれてもいいのな。いや、それは傲慢だな。こんな日でも見送ってくれる人もいたというのに。
閃は一人で反省する。それを見た郷はクスクス笑っている。何も言わずに一人で百面相している閃がおかしかった。そうして、しばらく笑った後、
「あのさ、ミドリくん。実はね、私カラさんに誘われたの。一緒に行かないかって」
驚いた閃は目を見開いた。いつの間にそんな話をしていたんだ。郷によれば彼女の力は水の中でも強い。だから中央のあたりの人間を探せば家族が見つかるかもしれないとカラには説明されたらしい。
「そう…なんだ。知らなかった」
「うん…でも断っちゃった」
ちょっと笑って俯き加減になる。風が彼女の軽そうな髪を静かに揺らす。閃はそれを眺めながら、
「やっぱり記憶戻すの怖かった?」
「それもあるけど、それだけじゃないよ」
意外そうな顔を閃はする。他に理由…はあるかもしれないが、うーん、なんだろうか。首を傾げていると郷は、
「もし三年後だったら一緒に行ったかもしれない。ヤドが…いなくなっちゃうから」
「徴兵か…」
「村の人に本当にお世話になって、私はここが好きになったけど、やっぱりヤドが居ないのは悲しいの。ヤドがいたから私は幸せだったから」
私を見つけてくれたこと。一緒にいてくれたこと。居場所を作ってくれたこと。心を安心させてくれたこと。彼がしてくれたことは数えきれない。ありがとうだけじゃ伝えきれないようなそんな気がする。本当はずっと一緒に居たい。そしてしてくれたこと全部返していきたい。でもそれは叶わないから。
「ヤドが居なくなってしまうのは変えられないけど、可能な限り一緒にいたいんだ。私にとってヤドは何よりも大切だから」
記憶を取り戻すよりヤドと一緒にいることの方が、郷にとっては大事なことだった。彼が居なくなるなら最後まで見送りたい。長く、長く一緒に居たいから。
柔らかく笑いかけた郷には暖かい空気があった。優しく和やかで、だけど強い意志がある。
閃も彼女と同じように笑った。俺とは違う道を選んだけど、きっとこれが正解だな。北風が二人を追い越していく。それぞれが別の方向へ飛んで行ったが、何となくそれが道標になってくれているような気がした。
しばらく歩いていると、真珠の毛並みが光っているのが見える。いつもの人型ではなくて今日は獣の姿である。珍しいな、と閃が近づくとカラは疲れたような顔をして、
「遅い。閃、こいつ何とかしてくれ」
「ヤド、カラに何したんだよ」
何もしていないとヤドは言いながら目を逸らす。そばにいたヤネは肩を竦めていた。ああ、これ、絶対なんかやったな。
「そこの保護者がうるさいんだ。閃といい勝負だ」
「おい、どさくさに紛れて俺をけなすな。繊細なんだぞ」
「とにかく、どこを通るんだとか、食事はどうするんだとか、ずっと言われてさすがの俺もくたびれた」
「ああ、だから神獣の姿なんだな」
いつものヤドの心配性がでたらしい。それなら確かに話したくなくなるかもな、と閃は納得する。普段は空気を読めるヤドだからこそ、暴走すると余計にたちが悪い。
閃は困ったように、
「ヤド、ほどほどってことを覚えてくれよ」
「わかってる。だから聞くことは最小限にした」
「お前の最小限は普通の人の最大限だから」
近くの郷とヤネも深くうなずく。が、ヤドは納得していないように、
「閃は記憶ないんだぞ。もしこの旅でまた何かあったらどうするのか気にはなるだろ。俺は閃の保護者みたいなもんなんだ」
「年、変わらないだろ」
「関係ない。お前の記憶が戻るまでは俺が保護者代わりだ」
「だったらヤネさんとかだろ」
ため息交じりに閃は郷を見る。郷はどこか楽しんでいるようで、カラのそばにいる。ヤネはカラと顔を見合わせて笑っていた。最後にしては穏やかなくだらないやりとりだろう。でもそれがやっぱり楽しかった。ヤドは笑っている理由が分からないのかどこかキョトンとしていたが、突然、カラの方を向いた。
「本当に閃を頼む」
深々と下げられた頭は、真っすぐだった。郷も続けて頭を下げる。あー、と閃はうなる。まったく、最後の最後までこいつらは。
寝ころんでいたカラは立ち上がると、人型になる。そして、不敵な笑みを浮かべて、
「当たり前だろ」
「じゃ、二人とも元気でな」
「記憶戻ったら戻って来いよ」
ヤドの言葉に静かにうなずく。もう出発か。少し感傷に浸っていると、横から引っ張られる。郷はにこりと笑って、
「ミドリくん、これあげる。お守り」
手のひらサイズの小さなそれはかすかな水色と透明でできていた。光に輝くそれを掴んで郷の方を見る。
「いいのか。ありがとう」
「きっと、ミドリくんのこと守ってくれるから」
閃は首をかしげる。郷は何か含みのある笑みを浮かべていたがそれ以上何も言わなかった。
ヤドは再度カラに閃のことを頼んでいる。ここまでくると笑えるようで、カラは適当に返事をしている。しばらくして挨拶がある程度終わったのか、閃の方へ歩いて行った。彼の後ろ姿をカラとヤネは眺める。
「全く、お前の子供は本当に心配性だな」
「ヤドは怖がりなんだ。特に人のことに関しては」
「度を越しているな…いい奴ではあるが」
「お前がそんなことを言うなんて珍しい」
少し驚きつつヤネはカラを見る。五神獣の中では人間に対して友好的ではあるが、過去の人間の悪意により人に対して厳しい面もある。そんな彼がヤドを認めることは意外だった。
「少なくともお前よりはちゃんとしている」
「失礼だな。私の何が問題なんだ」
「いつまでもここで平和に暮らしているからだ」
黙ったヤネはそっぽを向いた。不貞腐れているというよりはどこかバツが悪そうだった。深くため息を吐いたカラは生真面目な顔をする。
「世の中は変わっていく。特に中央においては変化が早い。もしかしたらまた大きな変動が起こるかもしれない。いつまでも隠居していられると思うな」
「…分かっているさ」
それだけいうとヤネは閃たちのいる方へ歩いていく。墨色の髪が揺れている。カラはそれをただぼんやりと眺めていた。
「カラー、こっち来いよー」
気の抜けた閃の声を聞いてカラも歩いていく。
「じゃーな。またなー」
閃は歩きながら大きく手を振っている。さようなら、また会おう。ヤドは心の中で静かに呟く。深緑の光が見えなくなって、あたりは急に静寂に包まれた。かすかに息を吐きながら、ヤドは郷と林をあとにした。
あと二つ更新したら、しばらく投稿できません。すみません。そのあとは八月ごろに更新していくことになると思うので予めご了承ください。もうすぐ旅立てそうです。思ったより長引いてしまった。




