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想憶の砂  作者: 凡
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十四


 真夜中の光は雲に隠されていた。部屋で眠っていた郷は目を覚ます。普段は一度寝たら朝まで起きることもないのになぜだか目が冴えてしまった。もう一度目を瞑るがどうにも眠れそうにもないので、立ち上がって扉を開けた。

 廊下を静かに歩くと、遠くに零れた光が見えた。まだ誰か起きているのか。近づくにつれて話し声が聞こえてくる。

「そうかあいつはーか」

「ああ、だからーそれもあってー」

 途切れ途切れの言葉は聞こえたが、内容は分からない。郷は少し迷ったが、静かに扉を開けた。中にいたヤネは驚いたような顔をして、

「郷、まだ起きていたのか」

「喉乾いちゃって。二人も早く寝た方がいいですよ」

 そうだな、とちょっと口をもごもごさせながらヤネは言う。飲み物を取り出してコップの中に入れる。飲んだ後軽く息を吐くと、カラが自らをじっと見つめていることに気づいた。

「あ、えっと、どうかしました?何か飲みますか?」

「いいや、大丈夫だ。ありがとうな、水の嬢ちゃん」

 口を半分くらい開けて、郷はカラを見る。何で知っているんだろう。ヤネさんが言うはずないのに。

「俺は神獣だから質くらいは分かる。ただ君は水の中でも強い方だろうな」

 郷の考えていることが分かったのか、カラは話す。ヤネも頷いた。神獣って、思っているよりもすごいのか。それともカラが特別なのか。じーっと見るとカラはにこりと笑って座るように促した。遠慮がちに座ると、カラが口を開く。

「ちょうどよかった。君に話したいことがある」


 風の音が頭に響く。小鳥の声もいつものように落ち着いていない、ように聞こえる。周りは変わっていない。多分俺がモヤモヤしているだけなのだろう。

「なぁ、郷。俺ヤドのこと怒らせたかな」

 家にやってきた郷に聞いてみたが、彼女は困ったように笑うだけだった。閃はうなだれる。

 ここ数日、村人に簡単にあいさつをしていた。話を聞いた彼らからは存外あっさりとした返事が返ってきた。少し淡白ではあったが、来るもの拒まず去る者追わずな彼らの態度は、後ろ髪が引かれなくて閃にはむしろちょうどよかった。

 そうして村人に話をつけたら郷とヤドにきちんと話をしようと閃は考えていた。二人には一番世話になっていたし、閃としても他の誰よりも二人との別れは名残惜しかった。ちゃんと話さなければ心残りになってしまう。

 しかし、ヤドはここのところ何となく近寄りがたく、話しかけてもどこかそっけなかった。今日も木を伐りに行くと言うのでついていこうとしたら、来なくていいと断られた。自分でも気づかないうちにヤドに何かしてしまったのではないかという懸念が閃の心を揺さぶっていた。

 閃があまりにも深刻そうな顔をしているので、郷は慰めるように、

「気にしなくていいよ。ミドリくんがいなくなるのが寂しいだけだろうから」

「そうかな」

 そうだよと笑いかける郷はちょっと外を向いて、あ、と声を出した。彼女の声に閃も窓を向くと、蝋色の髪が風に揺らされているのが見えた。

 郷が大きく手を振る。気づいたヤドは遠慮がちに振り返す。そんな二人の様子を閃はぼんやり眺める。なぜだか閃は手を振る気にならなかった。こんな些細なことももうできなくなるんだと気が付いて、手を振ったらお別れのようなそんな変な感じがした。そして、この二人ともうじき別れなけらばならないことがどうしようもなく辛いことのように感じられた。

「寂しいなぁ」

 横から不意に聞こえた台詞に閃は目を丸くする。郷は自分の口から出た言葉に

驚いたようだった。そうして二人顔を見合わせて、クスクス笑い始める。

「ボーっとしてたら、言葉に出ちゃった」

「そんな感じだったな。でもびっくりした。俺も同じこと考えてたから」

 そうなんだ、と笑いかける彼女はいつも通りの優しい瞳をしていた。それを見ているだけで寂しさが身体全体を覆っていく。

「あーあ、寂しいな」

 一緒にいた時間なんて関係ない。二人とご飯を食べたり、話をしたり、笑いあったり。どうしようもなくくだらない時間が、それでいてかけがえのない二人との思い出が心に深く深く沁み込んでいた。今生の別れなんかじゃないけど、当たり前に隣にいた人がいなくなることがどれほど悲しいことなのか、俺は知ってしまった。

「俺さ、二人が思ってるより二人のこと好きだよ…っていうのに今気づいた。あー、行きたくない。寂しい。俺、ほんと寂しいよ…」

 泣き出しそうな声で俯いた彼を見ながら郷はキュッと唇を噛んだ。私だって寂しいよ。ミドリくんのこと大切に思ってるよ。日が変わるごとに彼がいなくなるのが現実味を帯びてきて、胸がギュッとつかまれるような気がしていた。ミドリがいなくなった後、心に空白ができることも嫌でもわかってしまう。それでも…。

 閃の頭をくしゃくしゃとして、郷はにこりと笑う。

「ダメだよ、そんなこと言ったら。カラさん悲しんじゃう」

「うー…そうだよな。俺が決めたことだし」

「そうだよ…でも、でもね。もしミドリくんが記憶を取り戻して、それでも私たちのこと覚えてたら帰ってきてね。それなら、また会えるから…」

 ね、と郷は小指を出す。遠慮がちに閃も指を出す。小さな小指と細長い小指が結ばれる。小さくとも強く、彼女の指は俺の指を掴んでいる。

 閃は郷の気持ちが分かった気がした。俺だって二人のことは忘れるはずなんてないと今は思っている。でも膨大な記憶の中では、これほど大切な記憶だって埋もれてしまうかもしれない。現に俺たちは記憶を失くしてしまったのだから。

 郷の指は小さくて、すぐに壊れてしまいそうだったけど、とても暖かく感じた。少し冷たい自身の小指で閃は強く握り返す。

「大丈夫、俺は忘れないよ。だから、またここに帰ってくるよ」

 約束、と閃はニッと笑って見せる。郷もうなずきながら、いつもと違う、閃と同じ笑い方をする。

「破ったら、ただじゃおかないから」

 小さな指は、外れそうもないくらいにしっかりと繋がれていた。雲が泳いで、光が彼らの結び目に差し込み始めていた。


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