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想憶の砂  作者: 凡
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「謝るな。俺は何とも思っていない。それに俺の方こそ言い方を間違えた」

「でも俺は、自分の感情に任せてあんたを傷つけた」

 そんなの普通だろう、人間ならとカラは思う。思いのままに生きていくものだろう。どんなに優しい奴だって心に余裕がないときは人を傷つけるようなことを言ったりもする。それに君は、閃のことを大切に思っているから、怒ってくれたんだろう。俯くヤドを、彼をそばで見守る郷を見つめながら、カラの心に暖かい何かが広がっていく。

「顔を上げろ。俺は、嬉しいんだ。君たちのような人間が閃のそばにいたことが」

「何言ってんだ。俺は、全然いい奴じゃない」

「君はそう思うかもしれないがこれが俺の本心だ。誰かのことを本気で考えられる。人の痛みを自分の痛みのように感じる。自分ではない他の誰かのことで頭を下げられる。そんな人間がここにもいたことが俺は嬉しい」

 ヤドはどこか困惑している。まあ、この子には分からないかもなとカラは思う。人は簡単に傷つける。自分の痛みには敏感なくせに人の痛みには鈍感だ。与えられたものもたくさんあるだろうに、奪われたことだけ覚えていて、自分が奪ったことは忘れる。

「俺は二千年以上生きて、いろんなところで人間に会った。いい奴もいた。でも、いくつかの人間は、自分の怒りを関係ない他の誰かにぶつけていた。身勝手に誰かを傷つけることもあった」

 でも俺は、それは争いがあるからだと思っていた。争いで貧乏だったから、親は子に怒りをぶつけていた。争いがあるから、食料もなく自分のことで精一杯になってしまったのだと思った。

「俺は四一一年前、ある人間に力を与えた。そいつと、そいつと同じように五神獣から力を与えられた奴らが複数の國を吸収し、統一國家をつくった。ああよかったと思ったよ。これで争いはなくなる。きっと世はもう少し誰かに優しくなれると、信じて、いたのかもな」

 信じていた、その頃は。でも変わらなかった。俺が力を与えた奴は國ができた後すぐに亡くなって、後継はそいつの子供。周りの奴らは子供の代わりに自分が上に立とうと必死になって、貧しい人たちのことに目を向けることなんかしなかった。年月が過ぎても上の奴らの関心ごとは権力争いで、肝心な國は乱れていく。

「確かに争いはなくなった。でも貧しい奴は貧しいまま。國はいつまでたってもまとまらない。俺は、それが悔しかった。俺が力を与えたのは少しでも幸せを感じられる人間が増えてほしかったからだ。生きることに精一杯じゃなくて、未来を、幸せになれる未来を見れるようになってほしかった」

 でも、そんな世界は来なかった。人は生きることに必死になって、周りのことなんか見えなくなった。そして都合のいい何かにその怒りをぶつけ続けた。

「俺は中央から離れていろんなところへ行った。俺にできることなんてほとんどないがそれでも何かしてやりたかった。でも行く先々で暴力を振るわれた」

「っ!何で…」

 意味が分からないようなヤドは問う。どこか淡々としたカラは遠くを眺めていた。

「俺が憎かったんだろう。中央から離れたところでは反國家の人間の方が多かった。俺は今の國家を作った元凶みたいなものだから、お前のせいでと何度も言われた」

 あるものは石を投げ、あるものは棒で殴る。上の人間に虐げられていたやつらほど、カラを率先して傷つけた。でも今考えたら、きっとそれは俺じゃなくてもよかったのだ。自分の鬱憤を晴らせるのなら誰でも。

 人はなぜか痛みを受けたとき、他の何かにその痛みをぶつける。痛みを知っているのに。他の何よりも痛みは人と共感しあえるもののはずなのに。

 フッとカラは笑う。笑っているのに無常感がはっきりとこちらに伝わってきて、なんだかいたたまれなかった。

「正直に言うと、俺は人間に対してもう何も期待しなくなっていた。不信感というかな、そういったものが少しずつ蓄積されていったから。滅ぼそうなんて思わないが、どうでもいいと感じた」

 今でも覚えている、俺を殴った人間の顔。憎しみを真っすぐぶつけるもの。どこか楽しそうに笑っていたもの。周りに流されて、怯えた顔で石を投げたもの。そいつらは俺のことなんて何も知らない。そして自分が悪くないと信じている。軽く瞑った目を開けて、心配そうに見つめる二人に笑いかける。

「閃と会ったのはどこかの村によった帰り道だったか。日常的になりつつあった暴力に、俺は正気を失っていてな、気が付いたらまだ四つの閃を獣のように追いかけていた」

 あまりはっきりとは思い出せない。あの時、俺は神獣じゃなくてただの獣だったから。もしかしたら死にたかったのかもしれない。何も考えず、何も思わず。

「ずっと走っていたんだが、けがをしていたから結局動けなくなった。なかなか深手でな、ああ俺は死ねるんだなって。そしたら閃が俺に近づいてな、自分の服を破いて手当し始めたんだ。もともと閃の服は穴だらけで、しかもその日は寒かった。それなのにあいつ、何のためらいもなく俺を助けようとした」

 あの日、手当をしている少年にカラはやめろと言った。彼はけがをしていない。それでも人とともに生きてきた神獣として、まだ幼い子供に危害を加えそうになった自分をカラは許せなかった。

 幼い少年は首を振った。目から涙をぼろぼろ流して、それでも泣かないように必死に口を結んで、ただただカラが死ぬことを拒んでいた。

 その時はなんと説明すればいいのかわからないような、不思議な感情が湧いてきた。心の中に暗雲のようなものがずっと籠っていた。そこに一瞬だけ差し込んだ光がー本当にか細い明かりがー世界を照らしてくれたような、多分、そんな感じだった。

「やさしさっていうのは優しくされないと出てこないものなんだ普通は。人の行動は特に経験に基づいているだろうからな。閃は…おそらくそうではなかったはずだ。雑巾みたいな服を着ていたんだから。なのに、あいつは俺を救おうとした」

 彼に理由があったのかカラにはわからない。それでも、閃はカラの命をつないでくれた。と同時に、カラの心も救ってくれた。

「あいつのおかげで俺はまだ人と生きようと思える。俺は人の醜いところや悪いところをたくさん知っている。でもそれと同じくらい、人の暖かさや優しさに触れてきたんだ」

 閃のおかげで思い出せた。あの子の純粋な優しさが、大事なことを教えてくれた。

「長話をして悪かったな。とにかく俺は君たちに感謝している。閃が居なくなったと知って俺はどうしようもなく不安だった。でも君たちのおかげであいつは元気に暮らせている」

 立ち上がってお辞儀をする。そうして、そっとミドリのそばに近寄った。ミドリは依然として苦しそうで、それを郷は心配そうに見つめている。ミドリの額に手を当ててカラは軽く目を瞑る。

「閃は当分、目を覚まさないかもしれないな。ここは俺が見ているから二人は休んでいろ」

「いや、俺が見るって」

「どうせ俺はすることもない。もう昼だし、飯でも食ってこい」

 カラに促され、遠慮がちに二人は部屋を出ていった。ミドリの汗を拭きながらぼんやりと彼の顔を見る。深緑の髪。神秘的な顔に反して幼さの残る性格。本当に変わらないな。でもどこか安心している自分もいる。閃は閃のまま生きてほしい。他に流されず、真っすぐなままで。

「出会ってくれてありがとうな、閃」

 一人ごちに呟いてそっと彼の頭を撫でる。と、その時、

「か、母さん」

 突然の声にカラは目を見開く。ミドリは眠ったままだったが、その頬に一筋の涙が流れていた。


すみません。編集してしまいました。

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