第19話「酔いの果てに」
美咲はコンビニに入ると、冷たい蛍光灯の光が彼女の無表情な顔を照らした。店内は静かで、ほとんど人がいない。引き寄せられるようにお酒のコーナーへ向かった。冷蔵ケースの中には、カラフルな缶ビールやチューハイ、ワインの小瓶が整然と並んでいる。 「……痛みを消したい……」美咲は無意識のうちに呟く。19歳の自分がしてはいけないことだと分かっていた。それでも、今は何も考えたくなかった。心の中に溜まっていく絶望や苦しさ、そして由紀への想いを、どうにかして麻痺させたかった。
彼女は冷蔵ケースの扉を開け、手を伸ばす。缶ビールを3本、缶チューハイを4本、ワインの小瓶を2つ――次々にカゴに入れていく。その手はかすかに震えていたが、もう止められなかった。周りの視線も気にせず、彼女は無言でレジへと向かった。 レジに立つ店員が彼女を不審そうに見たが、美咲は一切気にせず、会計を済ませる。お酒を袋に詰めたとき、何か重いものを手にしたような気がした。しかし、それが何であるか考える余裕すらなかった。
コンビニを出た美咲は、そのまま近くの公園へと向かう。冷たいベンチに腰掛け、周囲の静けさに包まれる。彼女の心に広がるのは、押し寄せる絶望と虚しさだけ。由紀とのやり取りが頭を離れず、彼女を苦しめ続けていた。 袋から缶ビールを取り出すと、プルタブを引く音が公園の静けさに響いた。
プシュッという音とともに、泡が少し溢れ出る。その光景をぼんやりと見つめながら、彼女は缶を口に運び、一気に飲み下す。 「……苦い……」思わず顔をしかめた。口の中に広がる苦味が、由紀の言葉と同じくらい彼女を苛立たせた。しかし、その苦味がほんの少しだけ心の痛みを和らげるような気がして、彼女は続けて飲み続けた。
「もっと……もっと消えて……」そう呟くと、2本目、3本目と缶を開けていく。次第にアルコールが回り、頭がぼんやりとし始める。視界が揺れ、周囲の光が滲むように見えた。体が少しずつ軽くなっていく感覚が、彼女の心を無理やり引き剥がす。 それでも、消えないものがあった。
胸の奥に深く刺さった由紀への想い、彼女に拒絶されたという現実。涙が再び溢れ出し、彼女の頬を伝う。
「由紀さんのいない人生なんて.....」
声にならない嗚咽が喉を締め付けた。 手は震えながらも、ワインの小瓶へと伸びていた。プラスチックのキャップを開け、口に含むと,それは安いワインの味でとても不味い。しかしその苦さすらも、心の痛みを麻痺させるには足りなかった。彼女は自分の中で何かが壊れていくのを感じながら、ワインを飲み続けた。
涙とアルコールが混じり合い、何が現実で何が自分の感情なのか分からなくなっていく。すべてが混沌とし、唯一わかるのは、心の中にある底知れぬ虚しさだった。
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「痛みが……消えない……」そう呟くと、美咲は缶チューハイに手を伸ばした。飲んでいるうちに、自分が何をしているのかも分からなくなっていく。ただ、由紀に拒絶された現実から逃れたい。その一心で、お酒を口に運び続けた。
空が少しずつ暗くなり、夜の静けさが彼女を包み込む。美咲はふらつく視界の中、涙を流し続けた。誰にも救われない孤独と絶望が、彼女の心を壊しはじめていた。そんな美咲の苦しみを見守っているのは、遠く空に瞬く星だけだった。
それは、彼女の痛みをただ黙って見つめる、唯一の証人だった。
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美咲はふらふらとした手でスマホを取り出し、LINEを開いて紗英の名前をタップした。画面が滲んで見える中、LINE通話のアイコンを押す。数回の呼び出し音が鳴り、すぐに紗英が応答した。
「美咲?どうしたの?」紗英の声は少し不安げで、いつもよりも硬い。彼女は何かが起こったのではないかと直感で感じていた。美咲がこんな時間にLINEで電話をかけてくるのは、ただ事ではない証拠だった。
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「紗英ちゃーん!」美咲の声は酔っ払っていて、テンションが不自然に高い。笑い声が電話越しに響き、紗英の心に一気に緊張が走った。美咲がこうして浮かれた声を出すとき、それは彼女が何かに傷つき、自分を見失っているときだと知っていたからだ。
「美咲、どうしたの?飲んでるの?」紗英は慎重に言葉を選び、できるだけ冷静に尋ねた。しかし、その声には心配の色がありありと滲んでいた。今、どこで何をしているのかを早く知りたくてたまらなかった。
「飲んでるよー!紗英も来るー?」美咲は笑いながら答えるが、その笑いには寂しさと痛みが混じっているのを、紗英は電話越しに感じ取った。心の中で「美咲が一人で飲んでいる」という現実に、焦りと不安が一気に押し寄せた。
「美咲、お願い、もう飲むのをやめて。どこにいるの?今すぐ迎えに行くから。」紗英の声は震えていた。頭の中で冷静にいようと努めながらも、友人が壊れてしまいそうな今の状況に、胸が締め付けられるような痛みを感じていた。
「やめてって、なんでー?飲んだっていいじゃん!」美咲の笑い声はどこか空虚で、言葉が軽く響く。その声を聞くたびに、紗英の心の中の不安が膨らんでいく。美咲がこんなふうに無防備になるのは、ただの遊びではない。何か心の中に深い傷を抱えているからに違いなかった。
「お願い、美咲。飲むのをやめて、お願いだから。ね?」紗英は必死に言葉を紡ぎ出すが、声が震え、目から涙がこぼれそうになるのを感じた。心の中では何度も「美咲を助けなきゃ」という思いが渦巻いていた。彼女を放っておくわけにはいかない。彼女をこのまま、絶望に沈ませたくなかった。
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しかし、美咲は紗英の心配に気づかないのか、また軽く笑い声を上げた。「紗英、大丈夫だって!私、大丈夫だからさ!」
その言葉に、紗英は胸の奥に突き刺さるような痛みを感じた。「大丈夫」と言う美咲の声は、むしろ彼女の心が叫び声を上げているように聞こえた。何かに縋るように、必死に自分を守ろうとしている。それを聞くたびに、紗英の心は痛みでいっぱいになっていった。
「美咲、お願い、話して……私が一緒にいるから……ね?」紗英は、友人を救いたい一心で懸命に訴えた。しかし、その声は美咲には届かず、電話の向こうから再び彼女の笑い声が響いた。絶望的な状況に、紗英はもう一秒もじっとしていられなかった。
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紗英は電話を切るとすぐに、涙を拭って共通の友人たちにLINEで連絡を取り始めた。手が震えてメッセージを打つのが難しかったが、それでも必死で状況を伝えた。
「美咲が一人でお酒飲んでる!今すごく酔ってるみたい。すぐに集まれる人、いない?」
送信ボタンを押した瞬間、胸の奥が締め付けられるような不安に襲われた。頭の中には、今にも崩れそうな美咲の姿が浮かんでいた。涙が止まらない。彼女をこんな状態にしておくわけにはいかない。紗英の心は焦りでいっぱいだった。
メッセージを送ると、すぐに友人たちから次々と返事が返ってきた。
「何があったの?」「どこにいるの?」「すぐに迎えに行く!」
友人たちも、美咲の異常事態に気づき、深い不安を感じていた。美咲がこんなふうになるのは、よほどのことがあったからだと皆が理解していた。彼女のことを心から心配している友人たちだからこそ、今すぐ動かなければという気持ちが、彼らの胸に広がっていった。
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「私、美咲の家に行ってみる!」「俺は美咲がいそうな場所を探してみる!」みんながそれぞれ行動を提案し、すぐに動き始めた。友人たちは、彼女がどこかで傷つき、一人で苦しんでいることを感じ取り、彼女のそばに駆けつけるために走り出した。
紗英もまた、美咲がいる場所を探し始めた。頭の中では、美咲のあの「大丈夫だよ」という声が何度も繰り返されていた。あの声が聞こえるたびに、心がズキズキと痛み、涙がまたこぼれそうになった。しかし、立ち止まっている暇はなかった。彼女は、どこかで美咲を見つけて、何があっても助けてあげなければならない。
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「美咲、どうか無事でいて……」紗英は心の中で強く祈りながら、スマホを握りしめて走り出した。
公園の冷たいベンチの上で、美咲は空を仰いでいた。
目の前の光景が滲み、揺らいで見える。
――寒い。
けれど、その寒ささえも、もう感覚が鈍くなっている。
足元には転がった空の缶がいくつも散らばり、手には開けかけのワインの小瓶が握られていた。
指先は震え、力が入らない。
口に運ぼうとするたびに、ワインが少しずつこぼれて、服に染み込んでいった。
(……由紀さん……)
頭の中は、彼女のことでいっぱいだった。
声、香り、温もり。
けれど、もう何も手が届かない。
「……なんで……」
消えそうな声が漏れる。
意識はぼんやりとして、思考すらまとまらない。
頭の奥が重く、視界が暗くなる。
(……あれ……?)
突然、胃の奥から込み上げる不快感。
吐き気。
全身に広がる、異様な熱。
脈が速くなり、手足の感覚が薄れていく。
「……気持ち悪い……」
呟こうとしたが、言葉にならなかった。
口を開いた瞬間、酸味の混じった液体が喉を駆け上がる。
美咲は反射的に前屈みになり、公園の地面に嘔吐した。
(……やばい……)
その瞬間、意識が遠のいていく。
周囲の音が遠ざかり、視界が霞む。
何かが崩れ落ちていくような感覚の中で、
彼女の体は力なくベンチに倒れ込んだ。
――助けて。
その言葉を発する前に、闇が視界を覆った。
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「美咲、どこにいるの!」
紗英は電話を切ると、震える手でスマホを強く握りしめた。
何度も美咲にかけ直したが、もう応答はない。
(最悪のことになってないといい……)
胸が締め付けられるように痛んだ。
美咲は、今までこんなふうに壊れることはなかった。
だけど、由紀のことが関わっている以上、彼女が限界を超えてしまうのは容易に想像できた。
「お願い……美咲……」
彼女はすぐに駆け出した。
友人たちが探してくれているが、それでも間に合わないかもしれない。
頭の中で最悪の想像ばかりが浮かび、心が締め付けられる。
そんな中、一件のメッセージが届いた。
「紗英、公園にいるかも!さっきそれっぽい子を見たって!」
公園。
美咲が、ひとりで過ごすには最も危険な場所。
紗英は迷わず駆け出した。
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公園の入口に辿り着いた瞬間、紗英の心臓は跳ね上がった。
そこに、美咲がいた。
ベンチに倒れ込むように座り、動かない。
手元には転がった酒の缶。
「美咲!!」
全速力で駆け寄る。
美咲の顔は蒼白で、唇は青ざめていた。
額に触れると、異様に冷たい。
しかし、脈は速く、不規則に打っている。
「ダメ……意識が朦朧としてる……」
すぐにスマホを取り出し、震える指で119番を押す。
「救急車……お願いします!! 友人が……急性アルコール中毒かもしれません!!」
声が震える。
でも、泣いている暇なんてなかった。
今すぐ助けなきゃ。
「……美咲、しっかりして。」
紗英は美咲の肩を抱きかかえ、小さく揺さぶる。
「美咲!! 聞こえる!? 目を開けて!!」
美咲は、うっすらと瞼を開いた。
けれど、その瞳に光はない。
焦点が合わず、何も見えていないようだった。
「……由紀……さん……」
消えそうな声が、唇から零れる。
涙がこぼれ落ちそうになる。
「違う! 今は由紀じゃなくて、私がいるから!!」
「……私……もう……」
言葉の続きは、紗英には聞こえなかった。
美咲の意識は、完全に途切れた。
「美咲!!」
その瞬間、遠くからサイレンの音が響いた。
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救急隊員が駆け寄り、素早く美咲の状態を確認する。
「意識レベル低下。呼吸は不規則。脈拍、異常に速い。」
「急性アルコール中毒の疑いあり、すぐに搬送します。」
紗英は震える手で美咲の手を握った。
「一緒に乗ります!」
救急車に乗り込むと、美咲は担架に寝かされ、点滴が繋がれる。
隊員たちの迅速な処置の声が飛び交う。
「血圧低下しています。酸素投与!」
「意識回復の兆候なし、搬送急ぎます!」
紗英の頭の中は真っ白だった。
美咲がこのまま目を覚まさなかったら?
もし、取り返しがつかないことになったら?
「……お願いだから、戻ってきてよ……」
震える声で呟くと、美咲の冷たい手を、さらに強く握りしめた。
サイレンの音が、夜の静寂を切り裂きながら響き渡った。
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美咲がゆっくりとまぶたを開くと、眩しい白い天井が目に映った。
目がかすみ、頭が重い。喉は焼けるように渇き、体は鉛のように重かった。
(……ここは……)
視界がぼやけながらも、病院の個室だと理解するのに時間はかからなかった。
鼻に酸素チューブが通され、腕には点滴が繋がれている。
胸の奥がズキズキと痛み、昨夜の出来事が次々にフラッシュバックする。
コンビニ。
酒の苦味。
公園。
由紀の名前を呼びながら、涙を流したこと。
(……私、なんてことを……)
ゆっくりと顔を横に向けると、そこには心配そうな表情で座る母の姿があった。
母の目は赤く腫れ、泣いたあとがはっきりと残っている。
ベッドの傍には、紗英、雄太、俊樹、裕也の姿もあった。
みんな、真剣な顔で美咲を見つめている。
「みんな……」
声を出した瞬間、喉の奥がひりつき、咳き込んだ。
「美咲……!」紗英がすぐに水の入ったストロー付きのコップを手渡す。
美咲はゆっくりと口に含み、少しずつ飲み込む。
喉を潤した後、小さく、か細い声で呟いた。
「……ごめんなさい……」
すると、母が震える声で言った。
「どうしてあんなことになったのよ!」
母の声には怒りが混じっていた。
けれど、それ以上に心配と悲しみが滲んでいた。
目を真っ赤にし、震える手を膝の上でぎゅっと握りしめている。
「私……」
美咲は言葉を詰まらせる。
何もかも言い訳にしかならない気がした。
けれど、何かを言わなければ、この沈黙が母をさらに苦しめるような気がした。
「……ごめんなさい、お母さん。」
それしか言えなかった。
母の肩が小さく震え、堪えていた涙が静かに流れ落ちた。
「何かあったなら……どうして話してくれなかったの?」
美咲は唇を噛んだ。
「あなたがどれだけ大切か……私たちがどれだけ心配したか、わかる?」
母の言葉に、美咲は胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えた。
昨夜の自分の行動が、どれほど周囲を傷つけたのか、ようやく実感し始めていた。
「……本当に、ごめんなさい……」
美咲はもう一度、今度は震えながら謝った。
紗英がそっと美咲の手を握る。
「もう、こんなことしないって約束して。」
その言葉に、美咲は涙が溢れそうになった。
本当はまだ、苦しい。
まだ由紀がいなくなる現実を受け入れられない。
でも——
「……うん。」
美咲は小さく頷いた。
友人たちは安堵の息をついたが、それでもまだ、彼女を見守る目は真剣だった。
この夜が、ただの過ちでは済まされないことを、美咲は痛いほど理解していた。
母は震える手でそっと美咲の髪を撫でた。
「帰ったら……ちゃんと話してちょうだい。」
「……うん。」
その言葉に、母はようやく静かに息をついた。
美咲は、もう一度、自分の手をぎゅっと握りしめた。
(由紀さん……)
彼女のいない世界で、自分はどうやって生きていけばいいのか。
—
「お世話になりました。」
病院のスタッフに頭を下げ、母と共に病院の出口へ向かう。
冷たい風が頬を刺す。
いつもなら心地よく感じる冬の空気も、今はただ、現実の重みを思い知らせるだけだった。
12月28日
「お母さん、おはよう。」
リビングに入ると、温かい味噌汁の香りが漂っていた。
母は朝食の準備をしながら、美咲に微笑む。
「美咲、誕生日おめでとう。」
「……ありがとう。」
美咲は少し困ったような顔をした。
「朝から携帯の通知が鳴り止まないよ。」
枕元に置いたスマホの画面は、メッセージやSNSの通知でいっぱいになっていた。
『美咲、お誕生日おめでとう!』
『今年も素敵な一年にしてね!』
『またみんなで集まろう!』
友人たちの言葉は、優しく、温かくて。
それが余計に痛かった。
みんな、本当の自分を知らない。
笑顔で「ありがとう」と返せるほど、今の自分は強くない。
由紀からのメッセージは、どこにもなかった。
分かっていた。
期待しないようにしていた。
でも、どこかでほんの少しだけ、待ってしまっていた自分がいた。
喉の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に襲われる。
そう自分に言い聞かせながら、美咲はスマホを伏せた。
「返信、しなくていいの?」
母が優しく尋ねる。
「……うん、後で返す。」
嘘だった。
きっと、後でなんて返さない。
「ご飯、冷めちゃうわよ。」
母の声に、スマホを置き、箸を手に取る。
「……いただきます。」
けれど、何を食べても、味がしなかった。
12月31日
年末の忙しない空気が、家の中にも広がっていた。
「美咲、おそばできたわよ。」
母の呼びかけに、彼女はゆっくりと立ち上がる。
この数日間、ただ時間が過ぎるのを待っているような感覚だった。何かを考えようとすると、すぐにあの夜の記憶が蘇ってくる。
公園で一人、酒を飲み続けたこと。
紗英の必死な声。
救急車のサイレン。
病室の天井を見つめながら、何もかもがどうでもよくなっていたあの瞬間。
年越しそばを食べながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「来年は、いい年になるといいわね。」
母の言葉に、美咲は曖昧に笑った。
1月1日
「美咲、初詣に行く?」
母の声に、美咲は小さく首を振った。
「いい。私は、家にいる。」
外に出る気力が湧かなかった。
由紀のいない新年。
考えたくないのに、何度も心に浮かんでしまう。
「そう……無理しなくていいけど、少しは気分転換したほうがいいわよ。」
「……うん。」
母が初詣に出かけた後、家の中は静寂に包まれた。
美咲はリビングのソファに座り、スマホを手に取る。
迷いながらも、由紀の名前を開いた。
何度もためらいながら、指を動かす。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
——送信。
画面の中で、メッセージが既読になるのをじっと待つ。
しかし、しばらく経っても変化はなかった。
スマホを伏せ、膝を抱え込むように丸くなる。
こんな小さなメッセージさえ、送るのが怖かった。
彼女がどう思うのか、どんな反応をするのか。
いや、そもそも反応なんてないかもしれない。
ふと、胸の奥が冷たくなる。
新年の朝。
誰もいない部屋で、美咲は静かに目を閉じた。
—
数時間後
スマホが小さく振動した。
美咲はぼんやりとした意識のまま、手元のスマホを手に取る。
画面には、由紀からのメッセージ。
「あけましておめでとう。いい年にしましょう。」
いい年にしましょう。
その言葉が、妙に遠く感じた。
たった一言なのに、距離がありすぎて、涙が込み上げる。
まるで、社交辞令のような。
まるで、「もう私たちはそういう関係じゃない」と言われているような。
美咲は震える指で、ゆっくりと返信を打つ。
「ありがとうございます。由紀さんも、いい年にしてくださいね。」
送信。
それ以上、何も言えなかった。
本当は、会いたいと言いたかった。
本当は、必要だと言いたかった。
でも、それを言ってしまったら、完全に壊れてしまう気がした。
だから、ただ静かにスマホを伏せ、天井を見つめた。
(本当に、これで終わりなのかな。)
胸の奥に広がるのは、言葉にできない虚しさ。
由紀からの返信は、それきりなかった。




