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第13話「美咲の計画」

花火大会から数日が経ち、相変わらず暑さが続いていた。

エアコンの効いた部屋の中、美咲はソファに座りながらスマートフォンを眺めていた。

頭では「もう気にしない」と思っているのに、指が勝手に由紀のSNSを開こうとする。

そんな自分が嫌になって、スマホを伏せた。

ふと、何か気を紛らわせたくなった。

「紗英」

美咲はスマホを手に取り、紗英にメッセージを送った。

美咲:「近いうちに泊まりに来ない?」

すぐに既読がつき、数秒後に返信が返ってきた。

紗英:「いいよ!女子会ね♡」

美咲はそのメッセージを見て、少し笑った。

紗英がいてくれたら、少しは気持ちが楽になるかもしれない。

そんな期待を込めて、スマホを閉じた。

紗英が泊まりに来た夜、二人はリビングで映画を見て、お酒を飲みながらお菓子をつまんでいた。

「これ、美咲好きそうだと思って買ってきたんだけど、どう?」

紗英が差し出したのは、甘いキャラメルポップコーン。

「うん、美味しい!」

美咲は微笑みながら口に運んだ。

映画のクライマックスが終わると、紗英がふと笑いながら言った。

「ねえ、花火大会のときの男子たち、誰が一番かっこよかった?」

「えっ?」

美咲は思わずポップコーンを噛みながら固まった。

「だって、俊樹、裕也、雄太ってさ、それぞれタイプ違うけどみんなかっこいいじゃん?」

「まあ……そうだけど……」

「私はね、俊樹の雰囲気好き。ああいうさ、飄々としてるのに実は頭が切れるタイプ、惹かれるんだよね。」

「俊樹ねぇ……確かに、ガタイもいいよね。」

「でしょ? 裕也はムードメーカーって感じで、明るくて楽しいし!」

「裕也は、本当に盛り上げ上手だよね。」

「うんうん! で、雄太。」

紗英はニヤッと美咲を見つめる。

「美咲さ、雄太に特別扱いされてるの気づいてる?」

「え?」

思わず飲んでいたジュースを吹き出しそうになり、慌ててティッシュを取る。

「いやいや、そんなことないから!」

「いや、あるって。雄太、あの花火大会のときもそうだったけど、美咲のこと気にしすぎじゃない?」

「そ、そんなこと……」

「美咲がみんなと話してるときでも、雄太だけずっと美咲のこと見てるし、気づいたら美咲のそばにいるし、ラムネまで買ってきてくれるし。」

「……それは、ただの優しさじゃない?」

「ふーん?」

紗英は疑わしげに頬杖をつきながら、美咲をじっと見つめる。

「まあ、美咲が鈍感なのは知ってるからいいけど。」

「なんか失礼なこと言ってない?」

「言ってない言ってない!」

紗英は軽く肩をすくめながら、ポップコーンを口に運んだ。

「でもさ、美咲は誰が一番かっこいいと思うの?」

「え……」

「ほら、俊樹、裕也、雄太の中で。」

「うーん……」

美咲は少し考えてから、ぽつりと言った。

「……みんな、それぞれ違う魅力があるから、決められない。」

「えー! つまんない答え!」

「だって、本当のことだもん。」

「まあ、いいや。」

紗英は納得したように頷きながら、クッションに身を沈めた。

「でもさ、美咲が雄太にもうちょっと意識向けたら、もしかして……って思わなくもないんだけどね。」

「……考えたことない。」

美咲は、カラカラと回る天井のファンを見つめながら呟いた。

「そっか。」

二人で映画を見ながら他愛もない話をして、気づけば夜も更けていた。

「そろそろ寝よっか。」

「そうだね。」

美咲の部屋に移動し、ベッドに並んで横になる。

電気を消すと、部屋は静寂に包まれた。

「……」

美咲は天井を見つめたまま、ふと隣の紗英の方へ視線を向ける。

すると、紗英がぽつりと言った。

「そういえば、こっち来た時、由紀さんをエントランスで見かけたよ。」

「....!」

美咲の心が、ざわついた。

「一人で、なんか急いでる感じだった。仕事で忙しそうだよね。」

「……そうなんだ。」

美咲は努めて平静を装ったが、胸の奥が騒がしい。

由紀は、誰かと一緒じゃなかった。

一人だった。

仕事で忙しくて、急いでいた。

それだけの情報なのに、なぜか息苦しくなる。

何も考えたくないのに、心が勝手に彼女を追いかける。

「ねえ、美咲。」

紗英の声が、暗闇の中で優しく響いた。

「……なに?」

「由紀さんのこと、本当に好きなの?」

「……」

美咲は、答えられなかった。

頭の中で整理しようとするが、考えれば考えるほど、心が熱を帯びていく。

酔っているせいなのか、あるいはもう隠しきれなくなったのか

「うん。大好き。」

自分でも驚くほど、すんなりと答えていた。

言葉にした瞬間、胸の奥が少し軽くなる。

ああ、私は本当に由紀さんのことが好きなんだ――。

紗英は、その言葉を聞いて微笑んだ。

「そうなんだね....美咲がそれでいいならいいと思う」

その声は、どこか優しくて、包み込むようだった。

「……」

美咲は何も言えず、ただ静かに目を閉じる。

心臓の鼓動が少し速い。

由紀のことを好きだと、はっきりと認めた自分がいた。

それが、嬉しいのか、怖いのかは分からなかった。

でも、少なくとも――

もう、ごまかせない。

目を覚ますと、カーテン越しに柔らかな朝日が差し込んでいた。

隣では、紗英がまだ静かな寝息を立てている。

美咲はぼんやりと天井を見つめながら、昨夜の自分の言葉を思い返した。

「うん。大好き。」

昨夜、紗英にそう答えた瞬間、胸の奥にあったもやもやが少しだけ軽くなった気がした。

――私は、由紀さんのことが好きなんだ。

それを受け入れたら、なぜか肩の力が抜けた。

自分の気持ちを否定しなくていい。

どれだけ避けようとしても、考えないようにしても、彼女のことが頭から離れない。

ならば――

「避けるだけ、無駄じゃん。」

美咲は小さく笑った。

まるで由紀が生活の中心になってしまったみたいだ。

いっそ、受け入れてしまえばいい。

「由紀を落とす計画」

心の中でそう名付けた瞬間、鼓動が高鳴るのを感じた。

どうしようもない恋なら、逃げるのではなく挑戦してみる。

それが美咲の性分だった。

刺激を求めずにはいられない。

無謀だと分かっていても、やってみなければ気が済まない。

「……試す価値はあるよね。」

微かに口角を上げる。

「ん……美咲?」

隣で寝ていた紗英が、眠そうに目をこすりながら起き上がった。

「おはよ。」

美咲はベッドの上で軽く伸びをする。

「何ニヤニヤしてるの?」

「え?」

「今、なんか企んでる顔してたよ。」

さすが、人生の先輩だ。

美咲はごまかすように笑いながら、ベッドから降りた。

「ねえ、紗英。」

「ん?」

「もし、誰かを好きになったら……全力で落としに行くのって、ありだと思う?」

紗英は一瞬、動きを止めた。

そして、美咲をじっと見つめる。

「……まさか。」

「なに?」

「由紀さんに?」

美咲はいたずらっぽく笑いながら、黙ってコーヒーメーカーのスイッチを入れた。

「やめときなよ、火遊びは。」

「火遊びじゃないよ。」

「美咲、それ本気で言ってる?」

「本気だよ。」

美咲はマグカップを取りながら、軽く肩をすくめる。

「好きになっちゃったんだから、どうしようもないじゃん。」

「……美咲。」

紗英は少し困ったように、美咲の顔をじっと見つめる。

「由紀さん、大人だよ? そう簡単に落とせる相手じゃない。」

「だから面白いんじゃん。」

美咲は悪戯っぽくウインクする。

「どうせなら、ちゃんとぶつかってみたい。」

「……はぁ。」

紗英は大きくため息をついた。

「まったく……本当に、刺激好きだよね。」

「そういう性格だから。」

美咲はコーヒーを一口飲んで、満足そうに目を細めた。

「……でもね。」

紗英はゆっくりと美咲の前に立ち、真剣な表情で言った。

「もし、この恋で美咲が傷つくことになったら……私は絶対に許さないから。」

「……」

美咲は一瞬だけ言葉を失う。

紗英の目は、本気だった。

「だから……」

紗英はふっと笑いながら、美咲の肩をポンッと叩いた。

「もしやるなら、本気で行きなよ。適当に遊ぶんじゃなくて。」

「……分かってる。」

美咲も微笑みながら、静かに頷いた。

新たな挑戦の始まり。

由紀を落とす――その計画は、もう後戻りできないものである。

9月――。

夏の名残が微かに残る空気の中、夜風は少しずつ涼しさを増していた。

美咲はスマホを眺めながら、ふっと微笑んだ。

「さて、始めますか。」

由紀を落とす計画――その第一歩として、美咲は「誕生日」を利用することにした。

相手の特別な日に何かをする。それだけで距離は縮まりやすくなる。

特に、由紀のようなタイプの人間は、自分の誕生日を特別視していない可能性が高い。だからこそ、美咲は「意外性」を狙うことにした。

――さりげなく、それでいて効果的に。

「……紗英の勧めたケーキ屋、どこだっけ?」

スマホを開き、紗英から送られた住所を確認する。

表参道にある、有名な小さな洋菓子店。紗英が「絶対に美味しいから!」と太鼓判を押した店だ。由紀は甘いものをそこまで好まないが、彼女の好みを少し探るのも含め、シンプルなショートケーキを選ぶことにした。


9月3日、美咲はソワソワしていた。

「本当に喜んでくれるかな……?」

由紀の部屋の前に立つと、美咲は大きく深呼吸をした。緊張で手が少し汗ばんでいるのを感じながら、意を決してインターホンを押す。数秒後に由紀がドアを開けた。

由紀はいつものようにクールで上品な佇まいだったが、美咲が箱を大切そうに抱えているのを見た途端、その瞳が驚きで大きく開いた。

「美咲さん…これは…?」

由紀の困惑した声に、美咲は少し照れたように微笑んで、箱を差し出した。

「お誕生日、おめでとうございます!」

その瞬間、由紀の表情が驚きから柔らかい笑みに変わった。その笑顔はどこか温かく、普段のクールな雰囲気からは想像できないほど親しみ深かった。

「本当に…ありがとう!こんなこと、全然予想してなかったから…」

由紀の声が少し弾んでいるのを聞いて、美咲の胸がじんわりと温かくなった。

「大したものじゃないんですけど、由紀さんに喜んでほしくて。」

由紀は美咲を家の中へ招き入れると、リビングのテーブルにケーキの箱を丁寧に置いた。美咲は由紀の家に入るのはこれが初めてだった。シンプルでセンスの良いインテリアが揃えられた空間は、どこか由紀そのものを表しているようだった。

由紀がろうそくを用意し、小さなケーキにそっと差し込む。火を灯すと、部屋の照明を少し落とした。揺れる炎がケーキを照らし、温かい光が二人の間を包み込む。

「誰かが私の誕生日を祝ってくれるなんて、もうずいぶん前のことよ。」

由紀は小さく息をつき、ふと遠くを見つめるように言った。

「美咲さんがこうやって来てくれるなんて、本当に驚いたわ。」

その言葉には、由紀の感謝と喜びが滲んでいた。

「喜んでもらえてよかったです!私も、由紀さんの誕生日をお祝いできるなんて、少し夢みたいです。」

由紀はその言葉に微笑み、ケーキをカットした。

二人はケーキを分け合い、紅茶を飲みながら静かに話をした。由紀の落ち着いた声が部屋に響くたび、美咲は心の中でそのひとつひとつを噛み締めていた。

美咲にとって、由紀の笑顔を見ることが何よりのご褒美だった。そして、由紀がこんなにもリラックスして、楽しそうにしているのを見るのは初めてだった。

帰り際、美咲が玄関で靴を履きながら「今日はおめでとうございました!」と言うと、由紀はふいに彼女の腕をそっと掴んだ。

「待って、美咲さん。」

美咲は驚いて振り返る。由紀は穏やかな微笑みを浮かべながら、少しだけ恥ずかしそうに言った。

「今日は本当にありがとう。美咲さんがこうしてくれたこと……忘れられない誕生日になったわ。」

その言葉に、美咲の胸がじんわりと温かくなった。由紀を喜ばせることができたという実感が、彼女の心を満たしていた。

「こちらこそ……こんな素敵な時間を一緒に過ごさせてくれてありがとうございました!」

美咲は軽く頭を下げると、もう一度笑顔を見せて部屋を後にした。

翌日、美咲は大学のカフェテリアで、紗英と並んで席に座っていた。

「で、どうだったの?」

紗英は興味津々の表情で、美咲の顔を覗き込む。

「ふふっ……大成功。」

美咲は得意げに微笑みながら、スマホをちらりと見せた。そこには、昨夜送られた由紀からのメッセージが映っていた。

『ありがとう。嬉しかったわ。』

「おぉー! シンプルだけど、由紀さんにしては十分なリアクションじゃない?」

「でしょ? 最初、ちょっと驚いてたみたいだったけど、ちゃんと喜んでくれたよ。冷静を装ってたけど、目元がちょっと緩んでた。」

美咲はその時の由紀の表情を思い出し、満足げに頷いた。

「へぇー、あの由紀さんが、ねぇ……。」

紗英は腕を組みながら、面白そうに笑う。

「うん。最初は『どうして?』みたいな顔してたけど、『由紀さんの誕生日をお祝いしたくて』って言ったら、ちょっとだけ照れたみたいな感じだった。」

「本当!? それは貴重だね。」

紗英が驚くと、美咲は「でしょ?」と得意げに頷く。

「『誕生日なんて特に何もしないわ』とか言ってたけど、ケーキ見たときにふっと微笑んでた。 なんか……そういう小さな変化を見るの、楽しくなってきちゃってさ。」

「はいはい、もうすっかり『落とす計画』に夢中じゃん。」

紗英は呆れたように笑いながらも、どこか楽しそうだった。

 ——美咲のこんなに幸せそうな顔、今まで見たことないかも。

「うん!今度はレポートの文章が大丈夫か見てもらおうかな。」

「前に由紀さん、『文章を整理するのが得意』って言ってたから、頼ることで自然に接する機会を増やせるし、それに……」

美咲は少しだけ顔を傾け、いたずらっぽく囁く。

「“先生”としてちょっと距離が縮まるでしょ?」

「……ほんと策士だね。」

紗英は呆れながらも、まるで少女漫画を読むかのように興味津々な表情を見せた。

「しかも由紀さんって、絶対頼られるの弱いタイプだと思うんだよね。真面目だから、断れないっていうか。」

「確かに……それはありそう。」

美咲は得意げに頷いた。

「それに、由紀さんって意外と話すと気さくじゃん?距離が縮まると、もっとフランクに接してくれるかもしれない。」

「なるほどねえ。でもさ、もし由紀さんがそういうの、全部気づいてたら?」

紗英の言葉に、美咲は少し考える素振りを見せた。

「……まあ、それでもいいかな。」

「え?」

「だって、気づかれたら気づかれたで、私のことを意識することになるじゃん?」

紗英は思わず吹き出した。

「うわー、確信犯じゃん。」

「でしょ?」

美咲は無邪気に笑う。

——火遊びするなって言ったのに。

紗英は美咲の笑顔を見ながら、胸の奥で小さな不安を感じていた。

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