第6話 特殊個体
その天魔のサイズは天使タイプのように小柄。
小学生のように幼い顔立ちで、宙に浮かぶその姿は、昔見た魔法少女みたくフリフリの衣装を身に着けていた。
背中からは何本もの輝く触手が伸びており、一本一本が意識を持っているかのように揺らめいている。
── そう、私が厄災の日に命を奪われかけた『天魔』だ。
そして、この天魔は話す。
『あれー?『彼』の反応と思ったけど、別人のようね……。 一体、どこに行っちゃったのかしら? ウフフ』
ナインと出会った厄災の日に『この天魔』を彼は倒している。と、云うことは複数体いるのだろう。 厄介な事に、この天魔は強い。
『彼とは違うけど、あなた達も不思議な反応ね? 解析が出来ないわ…… なんて面白いの?』
と、好奇心が混じった虹色の瞳をこちらに向ける。
姿は同じだが、私達を覚えていないことからも、やはり別の個体なのだろう。話し方も前のとは違う気がする。
『得体のしれない『害虫』は、駆除しないといけないわね…ウフフ』
── 天魔が向けた視線の先っ!ナインが狙われている!
「ナインっ!私は大丈夫だから、防壁で身を守って!」
そう叫んだ瞬間、天魔の触手が私の頭を掠めた。
間一髪で回避出来たものの、続けざまに襲い来る触手を刀で受け止めるのが精一杯だった。
「くっ、速い!」そのスピードは私の瞳でも追いつかない程の速さだった。
── ナインは!?
数本の触手が防壁に突き刺さっているものの、ナインは何とか攻撃を防げた様だった。
とはいえ、ナインの防壁に初めて穴が空くのをみた私は、改めてその天魔の恐ろしさを知る事となった。
『あらあら、何でこんなに強いのかしら? あなた達は何者なの?』
── それは、こっちが聞きたいわよっ!
私は最速のイメージで刀を振り抜き、衝撃波を放つ。
しかし天魔は、いとも簡単にかわすと、『害虫扱いしてごめんなさい。あなた達は立派な『害獣』ね……』と、新しいおもちゃを見つけた子供の様に笑みを浮かべた。
止まらない触手攻撃の他に、天魔は掌を私に向け、『簡単には壊れないでね?』という言葉と共に放たれた光が爆音と共に目前で轟いた。
一瞬、死が頭を過るが、まだ意識がある。
「大丈夫かっ!」
いつの間にか私の肩を抱き、ナインは天魔の攻撃を防壁で防いでくれていた。
「何なんだあいつは!」
そうか、ナインは覚えていないのか……。
「あの天魔は規格外よ。 私一人では勝てない…私が引きつけている間に不意打ちで仕留めて! ナインの最速のイメージじゃないと倒せないわ!」
私の真剣さが伝わったのか、神妙にナインが頷く。
「わかった、どれ位時間を稼げるんだ?」
「長くても1分、早ければ30秒位しか…」
「わかった、絶対死ぬなよ」
「仕留めてくれると信じてるわ」
防壁を解除してもらうと私は外に出る。天魔は先程の場所から動いておらず、興奮混じりの眼差しを向けて来た。
『あなた達の能力が欲しくなったわ! じっとしていれば楽に殺してあげる。 ウフフッ』
他の無表情な天魔とは違い、嘲笑をたたえる天魔に、私の背筋を冷たい汗が伝う。
ナインはよほど焦っているのだろう、歪な防壁を展開しながら天魔の後ろに回り込んでいくのを他所目に、私は再び衝撃波を天魔に向け放った。
── 何とか、引き付けないと!
しかし、私の衝撃波を薙ぎ払った複数の触手が、一気に襲い来る。
その虹色のうねりは、私に防戦する事しか選択の余地を与えなかった。
やっと天魔の真後ろに回り込んだナインが掌を天魔に向けるが……。
── どうして早く打ってくれないのっ!このままじゃ…もたないわっ!
そう心の中で叫んだ次の瞬間、ナインの両手が淡く緑色に輝き始めた。
これは…あの時の……。
『あれぇ? この反応は『彼』の……』
天魔が呟くと、私への攻撃を止める。
いけない!ナインに気づいてしまう!
天魔が振返る既の所だった。
甲高い音とともにナインの掌から矢が放たれた。
緑色の直線軌跡を描く、その余りの速さに、私は残像しか見えなかった。
「やった!?」と、声が思わず漏れるが、その歓喜が絶望に変わるのは一瞬の事だった。
『見つけたわ…『彼』以外にも理を超えられる人が…その力頂く……』
天魔の声が頭の中に響く。ナインの攻撃がかわされてしまったのだ。
しかし、その言葉は途中で途切れていた。
いつの間にか天魔の胴体に穴が空いており、その姿が飛散すると塵散りに消え去った。
「よしっ!」と、ガッツポーズで私に笑顔を向けるナイン。
その表情に、私の胸は高鳴った。
ナインはどうやら、2本の矢を放っていたらしい。1本目は天魔の頭部を狙い、これはかわされた。
そして、2本目は歪に作った防壁を狙ったという。
まるで、ボブスレーのように矢を防壁に滑らせ、進行方向を変え天魔を狙ったのだと……。
それが天魔の胴体を貫いた。
トンネルのアーチ部分に手間取っていたが、その練習は無駄では無かったようだ。
「ふぅー、死ぬかと思ったわ」
「死なせはしないさ」
私は、ナインを守る騎士になると決めたのに、何度も助けてもらっている。
ホント、弱いくせにかっこいいんだから。
「俺って凄くね?」
そして…ホント、一言多い……。
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「そうでしたか。 そのような姿の天魔を倒して頂けたのですね。 本当に有り難うございます」
まもなく部下を引き連れて戻ってきたタイチョーは、寂しげな声で天井を仰いでいた。
どうやら、私達の倒した天魔は親の仇だったらしく、私とナインで仕留めてしまった訳だが本人も一矢報いたかったに違いない。
「すまなかった、タイチョーの仇とは知らず……」 ナインが面目無さそうに呟くのを、タイチョーは気を取り直して応えた。
「いえいえ、自分ではきっと無駄死にだったでしょう。 倒して頂いて感謝します!」
タイチョーは辺りを見回すと、その凄惨な状況から如何に相手が強かったかを感じ取ったようだった。
こうやってみても、壁や床、工場内の設備など、そこら中が切り裂かれており攻撃力の高さが伺いしれた。
「お二人とも疲れたでしょう! 後は我々が運びますので、ゆっくりして下さい!」
そう言うと、タイチョーはドラム缶2本をひょいと持ち上げトンネルに入っていく。
部下達はハアハア言いながらドラム缶を転がし、彼の後に続いた。
「じゃあ、私も!」ひょいっと1本担ぐ。
それをみたナインが呟く。
「こんな女の子が現実にいるなんて、中身はゴリラなのか…?」と。
周りに居たタイチョーの部下達はナインの言葉に、笑いを堪えきれず吹き出したため、私の顔が熱くなった。
(本っ当に! こいつは一言…!)
ナインにお説教をくれてやろうと思い腕を振り上げた時だった。唐突に後ろから、「どうして、隊長やアクムさんは、そんなにお強いのですか?」と、質問してきたのはタイチョーの部下の一人だった。
「私も天魔に家族を奪われました。 私も欲しい…… 復讐出来るだけの力が」
その表情は憎しみに満ちていた。
その様子に私は胸の痛みを感じつつ答えた。
「この力は……。望んだ訳では無いの。でも、受け取ってしまった。 今になって思うのは、大きな力にはそれ相応の責任が伴うって……。だから、あなたは、あなたの家族が愛したこの街を精一杯復興させてあげて下さい。天魔は私が全て滅ぼしますから」
質問の答えになっていない事は解っている。
ただ、私の想いを口にしてしまっただけだ。
しかし、それを聞いていた部下は、寂しげな微笑をたたえ、「変な質問をして、申し訳ありませんでした。宜しくお願いします!」といい、再びドラム缶を運び出した。
「責任……か」ナインは自分の使命について考えているのだろう。 ドラム缶を宙に浮かべ遠隔で操りながら複雑な表情を浮かべていた。
── そうね、あなたには私より大きな使命がある。
私はこの世界を壊す。
そしてあなたは、世界を救うという大きな責任があるのだから……。