表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/72

『観測者の皆様。聞こえますか』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

神は何故、悪魔や天使などの力あるものではなく、非力な人間をこの世界の固有種としたのでしょう?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「始めましょう」


── なぜ、そうなるんだっ!


 ズイムが空間を消して俺の目の前に現れる。俺はとっさにバックステップで距離を取るが、鋭い手刀が胸をかすり、鮮血が舞った。


「ぐっ、ユノ! 頼む、一緒に帰ろう!」


 だが、俺の声は虚しくも届かない。

ズイムは無情に蹴りを放ち、空気を裂く衝撃波が巻き起こる。俺は防壁を張ってそれを防ぐが、衝撃と共に防壁が粉々に砕け、砂煙が舞い上がった。


「ユノっ!」


 砂煙の中に人影が見える──と、気づいた時にはすでに遅く、背後から羽交い締めにされていた。俺の耳元で、ユノの囁きが聞こえる。


「アルト。やっぱり、あなたの背中はあたたかい。ねえ、お願い、私に…答えを」


「ユノ。なぜなんだ、何故、戦わないといけないんだ!」


 困惑する俺の背後で、ユノは抱きついたまま小さく囁いた。


「少し…目を閉じて。私の想いが間違っているか、確かめて」


── ユノ。


 俺が目を閉じると、ユノのイメージが俺の中に流れ込んできた。


……………………………………………………


 そこは見渡す限りのゴミの山。多くの幼い子供たちがその中で鉄屑を拾い集めていた。


『ここがどこかわかる?』


 ユノの姿は見当たらず、ただ声だけが響く。子供たちは赤黒いシミだらけのぼろぼろの服を身にまとい、汚れや血で染まっている。靴を履いていない者も多く、彼らの裸足には無数の傷があった。


「酷い…。なんて、ことだ…」


 その子供たちの顔──。どう見ても、この国の子供達だった。


『これが、セクター・トウキョウの現実よ。あなたはこの国を変えると言ったわね。この子たちを救うと誓える?』


 ゴミ山の中で、ひとりの幼い少女が倒れ込む。俺は、その顔に見覚えがあった。


 近くにいた子供たちが集まり、「ああ、う?」と、訳のわからない言葉を口にしながら、その少女を抱え上げ、どこかへと運んでいく。


『この子たちは、言葉も教えられていない。それどころか、まともな教育すら受けていない。でも、死んでいった仲間を憐れむ気持ちは持っているのよ』


── これが…現実だと?


『私たちはここで、名も無き少女と出会った…彼女は死の間際、私たちに笑顔を向けたの』


 ……


『死が幸せだなんて…そんなことがある?』


 ……


『私は聞きたかった。死ぬのに、なぜ笑顔だったのかって』


 そうだ。その少女は、エリだった。


『私はオリュンポスの蘇生データを使ったわ。彼女に言語プログラムをインストールし、疑問を投げかけたの。彼女は何と答えたと思う?』


 ……


『彼女は私を見て、天使が迎えに来たと思ったんですって。「みんな」を助けてくれると思ったって!だから私は…みんなを救わなきゃいけないの!』


「ユノ…。俺も、必ず救うよ。理想を上書きすることなく。なあ、『俺たち』で変えていこう、現実を一緒に!」


 暫しの沈黙の後、ユノは再び語り始めた。


『私は、あなたに勝って世界を書き換えるわ。あなたはそれを阻止するなら、私を倒さなきゃいけない』


……………………………………………………


 意識が戻ると、ユノの力が少し緩む。俺はすかさず距離を取りユノを見据えた。


「さあ、真剣勝負よ。アルト…」


「ユノ…」


 刹那、ユノの猛撃が俺に襲いかかった。急所をかわしながらも、避けきれない攻撃が次々と体に刻まれていく。


「やるしか…ないのか」


 俺は、緑の矢のイメージを構築する。連撃は止まないが、なぜかユノの表情は少し嬉しそうだった。


 脚を狙うつもりだった。せめて動きを止めようと。

 しかし、俺の放った緑の矢は──。ユノの左胸に突き刺さった。


「…あ……ありがとう」


 体勢を沈め、ユノは自ら胸で矢を受け止めたのだ。


「ユノっ?! なぜ、そんなことをっ?!」


「私もわかってたのよ。書き換えなんて、やり過ぎだって。でも…退けなかった…あなたが創る未来を…見てみたかったわ…」


 明らかに致命傷だった。

もう、ユノが助からないのは明白の事実。

「駄目だよ……。一緒に帰るって約束したじゃないか」

 俺の言葉に、ユノは苦しそうに息をつきながら、悪戯っぽく笑った。


「アルト…最後に、キスの約束…守って…くれる?」


「二人で…… 無事に帰れたらな」


 ── 周りの風景が崩れていく。


「アルトの…意地悪。…それと…ごめんね…」


 そう言い終えると、ユノは瞳を閉じた。


── 駄目だ…駄目だ… 駄目だッ!!



 瓦解する風景。緑の光と共に消え去ってゆくユノ。

 ── そして、あたりは闇に覆われた。




 そこに差し込む一筋の光。

その方向からエリの声が届いた。


『私はユーピテル…悲しき運命の者たちよ』


 俺は、光に手を伸ばす。


『私とあなたには、この先を選ぶことは出来ないわ……。『リヴィアタン()』は言った。選ぶのは観測者だと』


「どういう意味なんだ!エリ!」


『さあ、戻って。物語を…終わらせるのよ』


 その声と共に、辺りは光で包まれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


── 神は望んだのね。事実をただ受け入れる強き存在でなく、弱さと想像力を持つ『人間』が、どんな『物語』を紡ぐのかを


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ぼやけた意識が鮮明になるとともに、粉塵の埃っぽい空気が鼻を掠め、視界には残酷な風景が広がった。


 握ってくれていたアクムの手はひどく冷たく、彼女は浅い呼吸を繰り返していた。

 その青白い顔の、まぶたがうっすらと開くと「…ナ…イン……私は…もう……」と、弱々しく呟いた。


「あ、アクムっ!しっかりしろ! そうだ、タイチョー!……ぅ」

 俺は叫びそうな想いを必死で堪える。

うつ伏せに倒れているタイチョーは微動だにせず、それは呼吸が停止している事実を告げていたからだった。


「…ナ…イン…ごめん…ね。最後は…あなたに…押しつけて…しまって…」

 そう言って微笑むアクム。

「アクム。今まで…ありがとう……。あとは、任せておけ。絶対に、現実を救って、逢いに行くよ…芽亜。俺がセクター長になって、芽亜をセクター長夫人にしてやるからな!」


「…最後まで…ほんと、一言……いいえ、…嬉しい……待ってる…わ…」

 その言葉を残しアクムは緑の光に包まれた。

そして、その姿は消えゆく。 同じくしてタイチョーの姿も。


 ── 生まれて初めてかも知れない。

これ程、感情のまま叫んだのは。


 息が続かなくなっても、声が出なくなっても。


 それでも俺は、叫び続けたんだ。


 暫くして『アルト。リヴィアタン(リヴァイアサン)から聞いているわ。立ち上がって、進みなさい!未来を掴むんでしょう?』というエリの声が頭に響いた。


 ── そうだ…俺には、まだやる事が。


 目を向けた先、女神の姿をしたズイムは抜け殻の様に倒れていた。

 呼吸を整え、俺は立ち上がると、胸に刺さったコードを引き抜く。

 それは、ズイムとの決別を意味していた。

ズイム(ユノ)。俺は、自分の信じる道を進むよ。その先の未来を…見守ってくれ」

 ズイムも緑の光と共に消えゆくと、1人残った俺はパンドラに目を向ける。


『さあ、未来に進むために…私を破壊しなさい』

エリの声が頭に響く。


「エリも辛かっただろう。俺は、皆んなの分まで精一杯……。だから、安心してくれ」



 俺は手のひらをパンドラに向ける。

お互いが最後に呟いた『さようなら』の言葉が、放った緑の光の中に溶け込み……。


 そして消えた。

• 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ── 人は、その弱さゆえに瑞夢(ズイム)を求める

 ── 人は、その強さ故に悪夢(アクム)に立ち向かう


 その儚き夢の中で、物語の中で


 意思を持ち、自ら行動する事を


 運命を、自分で決める事を


 ── 明晰夢(めいせきむ)と呼びます


 それは、自らの手で未来を掴む行動であり


 人が持つ 無限の可能性


 ── 私が、人に賭けた未来


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ