第4話 タイチョー
リニアラインを降りた途端に『ガシャ!!』という金属音が耳に届いた。
それは、十数人の兵士が私達を取り囲むように銃口を向ける音だった。
即座にナインが『防壁ッ!』と、目の前に両手をかざすと、床から灰色の壁がそそり立ち一瞬で兵士との間に隔たりを作る。
『何だ!天魔かっ!』という兵士達の叫びが地下のプラットホームに反響する中、ナインは頭を掻きながら「熱烈歓迎というわけでは無さそうだな…」と、苦笑いを浮かべていた。
私達は相手の出方を伺うも、撃ってくる気配は感じられない。
暫くして「お前たちは何者だ!人であるなら返答せよ!」という、拡声器の声が響いた。
私の瞳と能力があれば銃を躱わす事も出来るだろう。「行くわ」と、ナインの制止を振り切り防壁から外に出ると依然として兵士たちの銃口はこちらに向けられていた。
彼らは皆同じ服装で、フード付きの軍服にゴーグルを着用している。寄せ集めではなく、訓練された部隊という印象を受けた。
その中で、隊長らしき人物が拡声器を向け「お前たちは天魔の遣いかっ!それとも各地の天魔を殲滅している、アクムとナインかっ!」と声を張り上げる。
名前が知れている!? という疑問と共に、こんな距離で拡声器なんか使わなくても聞こえるわよ…… などと心の中で呑気に考える自分を戒める為にも、私は大きな声を張り上げた。
「ええ、私はアクムよ!このセクターを救いに来たの。早くその物騒なものをしまって頂戴!」
その言葉に男たちがざわめきたつ中で、隊長らしき人物は拡声器を下げて言った。
「大変失礼しました!なにぶん、この状況下ですので、お許し頂きたい!」
部下に目配せをすると、一斉に銃口が下がる。
「どうして、私達の名前を?」
まだ伏兵がいるかもしれない、気を抜かず辺りに神経を張り巡らせながら尋ねる。
「先日、地下に眠っていたアナログ回線が繋がり、各セクターと連絡が取れるようになりました! 貴殿の話は『S・ナガノ』の長からお伺いしております!」
成る程、と、私は警戒を解いて刀を鞘に収めた。
「よくおいで下さいました! ささっ! 我らが『S・フクオカ』の長がお待ち致しております、どうぞこちらへ!」
満遍の笑みを浮かべ語る男だったが、その声音は拡声器と変わらないほど大きかった。
「ナイン、大丈夫そうよ」
私が防壁の隙間に声を掛けると、うつむき加減に姿を現したナインは申し訳なさそうに呟いた。
「ごめんな、アクム…女の子を先に出すなんて男としてみっともないよ…」
── きゃっ!心配してもらっちゃった!
「でも、アクムは強いから平気か!」
── この野郎ぅ!本当に一言多いのよっ!
地下シェルターはどのセクターも同じようなものだ、下層は主に居住スペースになっており、大半の人数の収容は可能ではあるが、人がすし詰め状態になっている。やはり、このセクターも許容人数をオーバーしているようだった。
「ごらんの通り、当セクターは人口が多く、皆辛い思いをしております。勿論、他のセクターも同様とは思いますが、助けに来て頂けて嬉しい限りです!」
いつもこんなに声を張っているのだろうか?
元気というか、音響兵器として活用出来そうなレベルかもしれない。
「はっ!!失礼しました!まだ、名前も申しておらず!」
そう言うと男はフードとゴーグルを外す。
大声とは裏腹に、すらっとした顔立ちは、私の想像していた容姿とは程遠く、年齢も20歳前後の様だった。
「自分は、Sフクオカ 天魔対策部隊の隊長を命じられております!『コガ タイチョー』と、申します!よろしくお願いいたします!」
えっ?隊長って自ら言う?
と、疑問に思ったが、タイチョーは本名らしく文字は『古賀 大長』と書くらしい。
「格好いい名前ですね!」
それまでは警戒気味だったナインの声が緩んだが、次の瞬間、再びナインの表情に緊張が走った。
「その目…少し虹色掛かっていますが、天魔の……」
タイチョーは少し寂しげな表情を浮かべると「自分は、天魔のせいで一度死にかけました。親が庇ってくれたお陰で生きていますが、どういうわけか、変わった能力が身に付いたようなのです…」と、呟いた。
その声は先程までの張りは無く、弱々しいものだった。
ナインは後悔の滲ませ、「すいませんでした、余計な事を聞いてしまって…」と言葉を詰まらせた。
確かに、私ほどではないが瞳の色が虹色掛かって見える。
「変わった能力って言いましたが?」
私の質問にタイチョーは憎しみの色を浮かべ、先程までの張りのある声で言った。
「はい、自分には『天魔』に復讐出来る能力があります!」
そして、にこやかな表情で「それと、敬語はやめてくだい、あなた方は英雄なのですから!」と、続けた。
「復讐出来る能力って天魔に有効な攻撃が出来るって事なの?」
その言葉にタイチョーが頷くと、『はい!』という、まるで音響兵器の様な声が帰ってきた。
ナインは耳を塞ぎながら、「アクム、俺たちとお仲間って事か、何だか嬉しいな! 宜しく、タイチョーさん!」と、タイチョーと握手を交わした。
そして次の瞬間、ナインの表情が更に引き攣る事となる。
どうやら、タイチョーさんは、欧米式フルパワーハンドシェイク式を採用しているようだ。
私は遠慮しておこう……。
間も無くして、ひと回り大きな扉の前に到着した。ここがセクター長の執務室なのだろう。
ここのセクター長は、どんな人だろう。
私はタイチョーがノックする扉を眺めながら思った。
「失礼致します!!」
タイチョーが扉をノックした後、大きな声を張り上げると、扉が自動で開いた。
思っていたより狭い空間には、中央に長机
を2台合わせ、その周りをパイプ椅子が取り囲んでいる。
奥には両袖机が置かれており、そこに軍服に身を包んだひとりの女性がこちらに向かい佇んでいた。
彼女は私達に目を向けると、聞き取りやすい声で「ようこそおいで下さいました。私がこの『S・フクオカ』を受け持っています、キサラギと申します」と、頭を深く下げる。
まだ30代手前だろう、セクター長にしては若過ぎる。『S・ナガノ』のセクター長、ユダさんと同じ様に、厄災の日に前セクター長が亡くなった為だろうか?
しかし、背筋を伸ばし両手を後ろ組の姿勢で微笑を投げかけてくる姿は、指導者としての威厳が十分に備わっていた。
「はじめまして、私がアクムです。各地の天魔討伐の為、中央塔のパンドラを破壊しています」
「では、そちらの男性がナイン殿ですね、思っていた以上にお二人は若いのですね。 Sナガノのユダ様より話は伺っています。当セクターにお越しいただき心より感謝致します」
そう言うと、キサラギは私達に歩み寄り、握手を交わす。
「キサラギ様!この二人は凄いですよ! 先程もバーンと何もない所に壁を作って…」
興奮気味なタイチョーの言葉をキサラギが左手で制し、「ええ、能力については聞いているわ。我々が破壊できないパンドラを潰せる事もね…」と、真剣な眼差しを私たちに向ける。
その中には、氷の様に冷たく鋭い光が宿っていた。
「早速で悪いのですが、当セクターも救って頂けると考えてよろしいのでしょうか?」
そう言いながらキサラギは壁に投影されているモニターまで『コツコツ』と足音を鳴らし歩み寄る。そこには中央塔が映し出されていた。
「勿論です、そのために俺たちは此処に来たんですから」
ナインが任せてくださいと云わんばかりに、自分の胸を拳で叩くが、キサラギの表情から緊張感は無くならなかった。
「有り難う。ですが、状況は芳しく有りません」
そう言うと、壁面に映し出された中央塔の入り口付近をクローズアップする、そこには……。
「!!」
ナインと共に言葉を失う。
そこには数百人もの『染人』が武装を固め待ち構えていたからだった。
また、その手には見たこともない銃器を持っており、更にはタワー入り口には大型兵器まで配置して厳戒態勢を敷いていたのだった。
「ここ、Sフクオカはコンピューターの基盤や重工業が、昔から盛んというのはご存じですか?」
キサラギはこちらに向き直り視線を真っ直ぐ向けてくる。
「はい、存じています。学校で習いますので…」
「今映っている兵器は染人がその設備を使い造ったものです。原理は解りませんが、その攻撃は不可視で、更に無音の為、回避が不可能。それがタワーの東西南北に4機配置されています」
「染人が造ったって!?」
ナインが驚きの声を上げる中、キサラギは冷静に言葉を続けた。
「はい、他にも余談を許さない状況があります、奴らはドリルのような掘削機まで作り、この地下シェルターに向け数機、掘り進んで来ています。いかに頑丈といえども、もって後3日という状況です。穴が空けば勿論、天魔の侵入を許す事となり、このセクターは全滅するでしょう」
染人が進化している…いや、天魔が進化しているのだろうか?
ウラギリモノがここを優先したのは、この現状を知った上だったのだろう。
「ご存知の通り、地上での電子機器は使用できません。よって、飛行車などで上空からの侵入も出来ない為、正面突破する必要があります」
訪れる暫しの沈黙。
それは、そこに居る全員の考えが……
成功確率は絶望的であるという事実が、口を閉ざさせた為だった。
その中、キサラギは思い切った様に口を開く。
「そこで、ひとつ策があります。口外しないという約束のもと、付いて来て頂けないでしょうか?」
そう言い部屋の奥にある扉を開くと、その先に下りの階段が現れた。
「わかりました。作戦をお教えください」
口外しないという条件にいささか疑問を持ったが、他に方法が思いつかない。先ずは聴いてみよう。
「タイチョー、あなたも来なさい。天魔対策部隊も参加してもらいます」
それを聞いたタイチョーは嬉しそうに『はっ』と、応えた。