第40話 記憶の罠
中央塔正面。
タイチョーが、カグラに貰ったパスカードをポートにかざすと、入口の扉が静かに開いた。
「自分の力が使えるようです!皆さん、天魔に気をつけて下さい!」
目の前には銀色のフロアが広がっている。もう何度も目にしてきた見慣れた中央塔の内部だった。
「天魔が居ないわね」
警戒しながら歩みを進めるが、何も襲ってこない。脳裏にS・ヒロシマで遭遇した巨大天魔の姿が過ぎる。
俺は、中央塔に入る前、『緑の矢』を腕輪にストックしておいた。
どうやら、5本が限度のようで右手の腕輪は淡く緑色に輝いていた。
「タイチョー、ヒロシマのときと同じかもしれない。後方にも注意を払ったほうがいい」
俺の言葉にタイチョーは「そうですね」と、新しい武器を握り締める。警戒する俺たちにアクムは
「それって、ナインが言ってた『超大型天魔』のこと?再生するのは、確かに厄介だわ」と、刀を鞘から抜き構えた。
固い床にこだまする足音。それ以外は電子機器の作動音しか聞こえない。
その後しばらく歩を進めたが、天魔は現れなかった。
「きっと、何か企んでいる事でしょう!」
タイチョーの懸念はもっともだった。中央塔を攻略するたび、天魔は何かしらの対策を講じてきたからだ。人の考え得る範疇を超えた罠が待っていてもおかしくはない。
タワーの中層位まで来ただろうか。
緊張し続けることで、体力が消耗する中、急に視界が拓けたフロアに出た。
そこは、タワー内部のはずなのに、地上の風景が広がっていたのだ。
大きな幹線道路に高層ビルの群。これは、四方に映像を投影しているのだろう。
「誰かがいる!気をつけろ!」
そのスペース中央に二人の人影が見え、俺は両手を前に突き出した。
「アクム? タイチョー?!」
しかし、二人は武器を構える事なく、脱力したかのように両腕を下げていた。
次の瞬間、アクムは刀を落とし甲高い金属音がフロアに響き渡る。
「お、お父さん!お母さん!!」
アクムの発した言葉に耳を疑った。俺には人影が同年代の青年と少女に見えたからだ。アクムの両親の年齢とは考えられない。
続けてタイチョーも、「キサラギ様!親父!」と、叫ぶ。
「アクム!タイチョー!しっかりしろ!!」
理解できない状況に混乱する中、不意に同年代の青年が俺に語りかけてきた。
『おいおい、アルト。親友の俺を忘れてしまったのか?』
── 何を言っている?誰だ…アルトって?
続けて青いツインテールの髪型をした少女が口を開いた。
『アルト。私が間違っていたわ……。あなたが正しいとわかったの。さあ、一緒に帰りましょう。『こんな展開の続き』の約束、忘れてないわよね?』
「誰なんだよ、アルトって!? あんたらは誰なんだ?」
『私を忘れたの? 私はユノよ』
── ユノって誰だ?
『こう言った方がいいかしら?』
そう言うと、少女の姿が変わっていく。 青緑色に輝く髪と瞳。身体のラインがわかる黒くタイトなコンバットスーツ。その上から白のコートを纏っていた。
『私は『瑞夢』腐りきった現実を正す夢……と』
刹那、脳裏にフラッシュバックする記憶の断片。
「ズ…イム…!」
それは、俺が倒さなければならない相手だという事。 しかし、その理由までは思い出せなかった。
『なぜ、あなただけ暗示にかからないの?』
そう語るズイムに構わずアクムとタイチョーは、ふらふらと二人に近づいていく。
そして、ズイムの背後に天魔の軍勢が現れた。
「アクム!タイチョー! 目を覚ませ!」
俺の叫びは届かず、二人の歩みは止まらなかった。
「くそっ!」
正体不明の二人と天魔向け、右手の腕輪にストックした緑の矢を全弾放つと、その反動で腕が跳ね上がる。
想像以上の威力で放たれた矢の塊が、甲高い音とともに二人を射抜いたが。
「効いて…いない!?」
緑の矢が二人と映し出された風景を貫くと、派手な衝撃音がフロアに響いた。おそらく、中央塔の内壁に当たったのだろう。その僅かな瞬間だったが、風景と謎の二人に一瞬ノイズがかかる。
── もしかすると、全ては幻影…敵の本体は。
「アクム!タイチョー!暫く我慢してくれ!」
そう叫ぶと、俺は二人を防壁で包み込んだ。
『アルト。私達は守ってくれなかったのに、その二人は守るのね』
ユノという少女の言葉に、彼女の笑顔と白衣を着た男性の姿が脳裏にフラッシュバックする。それと同時にめまいが襲ってきた。
「俺の名はナインだ! 訳のわからない事を喋るなッ!」
俺は等身大の岩をイメージすると、それを四方に向けて何発も放った。
辺りに鳴り響く衝突音と共に、ノイズがかかる風景。
── どこかにあるはずだ。この光景を作り出している本体が!
『アルト。あなたを許さない』
ズイムが腕を突き出すと、夥しい数の天魔が四方から俺に襲いかかる。
左右から突き出される天魔の槍を躱し、上から降り注ぐ矢を腕で払う。
身体の反応が速くなっているのは、カグラの開発したインナースーツのおかげだったが、圧倒的な敵の物量に押され始めていた。
── ここで負けられない。 せめて、あの時みたいな攻撃が出来れば!
俺は微かな記憶を辿り、辺りに光球をイメージする。すると、激しい頭痛を伴い無数の光が現れた。
「蹴散らせッ!」
俺の叫びと共に光球間で電流が走る。
それにより、天魔は虹色の破片と化し辺りはノイズに呑まれて行った。
『アルト。いずれ必ず決着をつける日がくるわ』
そして、ズイムと青年は消え去り、映し出されていた光景は見慣れた中央塔内部へと戻っていた。
上部から落ちてきた、大破した基盤。 おそらく、これが映像の原因だったのだろう。
「はぁ、ヤバかった」
激しい頭痛が続く中、アクムとタイチョーの防壁を解除すると足の力が抜け、その場に片膝をついてしまった。
「何があったの…ナイン!大丈夫!?」
我を取り戻したアクムが駆け寄ってくる。
「ああ、なんとか……な。ここで気を失えば、また『お寝坊さん』呼ばわりされちまうから」
「冗談言ってる場合じゃないでしょ!顔色が真っ青よ!」
不意に頭痛が治まった事に、後ろを振り返ると、
「ナイン済まない!また助けられたみたいだな!」
タイチョーが俺の頭に手をかざし、治癒してくれていた。
「タイチョー、ありがとう。こっちも助かった」
天魔の攻撃が多彩となっている。
今回は俺が記憶を失っていた為、なんとかなったが。 カグラさんの装備が無かったと思うと寒気がした。
それにしても、先程のニ人は俺の事を『アルト』と、呼んでいた。
── それが、俺の本当の名前なのか?
「なあ、アクム。『アルト』って知っているか?」
俺の質問にアクムは表情を陰らせながらも、しっかりと視線を合わせてきた。
「ええ、知っているわ。きっと、あなたの本名。そして、この国を守ろうとしていた人の名前よ」
そうだ……。俺の名は、アルト。
S•オオサカに住んでいた。そして、ズイムに裏切られて……。
しかし断片的に記憶が戻るが、繋がりが無く曖昧なままだった。
アクムは寂しげな声で、「これから、あなたの事を何て呼んだらいい…?」と問いかけてくる。その声は震えていた。
穴の空いた壁からパラパラと破片が落ちる。
それをみて、俺の記憶が戻ってもアクムとタイチョーとの関係は崩したく無いと思った。
──どこかで聞いたな。
『大切な人と世界どっちを選ぶ?』と。
大体の人であれば『世界』を選択するのだろう。
だけど俺は……大切な人、仲間を失いたくないんだ。
たとえ自分が犠牲になっても、どっちも救いたい。わがままな願いだとわかっていても。
俺は息を大きく吸い込むと、答える。
「俺の名前は……決まってるだろ。これからは、こう呼んでくれ」と。




