第15話 イヴの夜空に降臨した者
『パス!パースッ!』
部室の窓を開けると、心地よい冷気と共にグラウンドから運動部の威勢の良い声が入ってきた。
クリスマス・イヴにこうやって部活に打ち込んでいる仲間がいるという事に少し安心感が芽生えたのは、彼氏が欲しいという願望が現れているのだろうか。
「ひゃっ!寒っむぅー」
アズサがブルブルっと身震いすると、深い緑色のコートを羽織る。 丈夫そうな生地で出来た格好良いデザインで、着こなすアズサが羨ましい。
「やっぱり窓、閉めよっか?」
私の問いにアズサは首を横に振り、空気が籠もると体に悪いから開けたままにしようと微笑んでいた。
「あれ?」何気なく、外に目を向けた時だった。
グラウンドの向こうの堤防の上に変わった格好をした3人組を見つけた私は、目を凝らしてみる。
その中の1人は『ジェネシス』に出てきたズイムそっくりで、青緑色の髪が風になびく姿はまるで芸術を切り取った様な美しさだった。
「なになにー?」
私の様子にアズサが近寄ってくるが、「あそこにズイムのコスプレ…」と、指差して振り返った時には既に3人の姿は無かった。
その後、彼氏のいない私達は『いい男が居ない』や、『どこのお店が可愛い』 など、時間の殆どをガールズトークに花を咲かせてしまい、気が付けば15時半を過ぎていた。
結局、アルトの開始直後の移動方法は解らずじまいだった。
解った事は、ズイムとアルトの声紋を調べたところ、15才±2才という結果。 アズサは「産まれてくる世代を間違えた…」と、項垂れていた。
「でも、本当に瞬間移動するなんて、とんでもないイメージ力ね。 メアなら真似できそう?」
「無理無理、高速移動すら上手く出来ないないのに、ハードルが高すぎるよ。アズサの方が『ジェネシス』巧いんだから、練習すればできるかもよ?」
少し話しすぎたのか、冬の乾いた空気で喉がカラカラになっていた。
私は、飲み物を買ってこようか?と、提案すると、「私がいくよ。メアはいつものでいいよね!」とアズサは、間髪入れず立ち上がった。
私の「あ、ありがと…」の言葉にアズサは親指を立てて『アイルビーバーック!』と部室を出て行った。
彼女は私に比べ運動神経がよく活発で、ずっと部室の中というのは苦手なのだろう。
何故、運動部に入らなかったかは今でも謎だった。
私は頭の後ろに両手を組んだ姿勢で、モニターを眺める。
そこには、昨日のズイム・アルト戦が一時停止状態で映し出されていた。
画像を初めから再生すると、アルトの瞬間移動の直後、杖で物理攻撃を2回繰り出している事がわかった。 一撃目は彼女の脇腹に命中したが、2度目の攻撃は、自ら後方に飛ぶように回避している。
── つまり、当たったのは一回。 アズサの言っていた通り、単発ダメージが上限を超えていた事になる。
そして…やっぱりズイムは言っている。
『見つけた…』と。
アズサは、『いい技を見つけた』と云う意味ではないか?との見解だったが、アルトに対して向けられた言葉のように思える。
だから、『連絡先は送ったわ、またあとで…』なのだ。
そして、その言葉の前に二人は聞き取れない会話をしている。
ズイムとアルトは今までの試合で殆ど喋る事が無かったため、正確な解析は出来ないだろうが、唇の動きから言葉を解析してみる事にした。
しばらくして、『解析完了 解析可能範囲 37% 過去データからの一致率 6%』と、画面に表示された。
どうやら、ズイムの『またあとで…』という言葉の直前部分しか、解析出来なかったようである。 すぐさま、モニターに解析結果が表示された。
「※※※※※※※イマ※イエナイ※モ※ホントウノコトナ※ ク※シクハアト※※タエ※ ホロビノミライヲ イッショニスクッテ 」
「なにこれ…」思わず立ち上がり、椅子が後ろに倒れる。ガシャっと派手な音が響くが、私の耳には届かない。
「本当の事?滅びの未来…? 一緒に救う?」
これはアルトを混乱させる為の……。 いや、違う。 倒すのが目的ならば、背後を取った時点で攻撃すればいいはずだ。
そう云えばズイムはこれまで、どの対戦相手にも先制攻撃をしなかった。
まずは対戦者の能力を見定めるように攻撃を躱し続け、相手が打つ手なしという状況になってから、瞬殺する様に勝利してきた。
それは、探している者でなければ用無しといった感じで……。
「辻褄が合う……」部屋の中は冷えているにもかかわらず、一筋の汗が頬を伝う。
ズイムは探していた。何らかの能力を持つ者を。でも、何故ゲームで?
何らかの災いが来るのであれば、軍隊や学者、せめて、筋骨隆々のアスリートの方がマシなのではないか…?
「ちょっと、メア? そんなにモニターに近づいて……。もしかして、アルトくんにキスでもしているのかなー?」
いつの間にか戻っていたアズサが後ろからのぞき込んで来ていた。
そして、暫くモニターを凝視した後、息を呑んで言った。
「何の冗談なの…?」
その後、再度解析を行ったが結果は同じ。アズサが買ってきてくれた抹茶オレが空になる頃には17時になっていた。
「そろそろ行かないとね。 トオルは時間通り来ないでしょうし」
「確かに、そうね」
私達は複雑な心境のまま、部室を後にした。
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街は昨日に増して煌めいている様子で、腕を組んだカップルで溢れていた。
しかし、それに負けない位のコスプレイヤー逹も入り乱れ、多様な祭りが一斉開催されているみたいになっていた。
『見てみてー!あのズイム本物みたい!』
そんな声の方に振り返ってみると、綺麗な青緑色の髪をなびかせたズイムのコスプレイヤーが剣士風の男と腕を組み、颯爽と歩いていく後ろ姿が目に映った。
他にも、一緒に談笑している2人の男女に、ヒラヒラの衣装が可愛い、魔法少女の様な女の子もいた。 夫婦とその子供だろうか?
その一行は、まるでゲームから飛び出して来たかのように衣装や姿の完成度が高かった。
暫く目を奪われていたが、その一行はすぐさま人混みに紛れてしまい、視界から消えた。
「メア、凄い人混みだったね! そして……。やっぱり、トオルは来てないようね!」
目的地のe-スポーツカフェに到着すると、店内は昨日に増して熱気で溢れていた。
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「べらぶっ? 何なんだよ、滅びの未来って?!」
試合開始15分前にやって来たトオルは、私達の報告を聞き大袈裟に驚いた。 その様子に周りの視線が集まり、恥ずかしさのあまり私の耳は熱くなった。
アズサも呆れた様子で、「アンタねぇ、リアクション大きすぎ。なんだかバカみたいよ。……あ、何も考えていないバカで合ってるわね」と、溜息をついた。
「酷くねぇ? でもまあ、優勝はズイム様で決まりだろうから、何かしらコメントが有ることに期待だな!」
そしてやっぱり、トオルは深く考えていない様だった。
今日は準決勝と決勝戦が有るため、昨日より店が混雑していた。 席は端の方だが、確保できたのは幸運だったのかもしれない。
番組が始まり、昨日のMCチョ・チョリーナ氏が試合前のトークを一通り終えたあと、CMとショートニュースが流れていた。
『……逃亡犯『栄 美月』が自ら出頭し、本日身柄を拘束しました。皆様のご協力感謝致します』
画面には黒く艶めいた髪が印象的な、とても美しい女性が映されていた。
「あーあ、こんな綺麗な人が犯罪者なんて世も末だな……。でも、どうやって今まで姿を眩ませていたんだろ?」
トオルの言う通り、この女性はS•オオサカで一度脱走し、その後、実に1年近くも目撃者がいなかった。この監視社会では考えられない出来事で、今後の社会への脅威となりうる為、協力者などの調査も行われるだろう。
……しかし、何故、再び自ら出頭したのだろうか?
CMが終わり、いよいよ試合開始……と、思われたが、画面に『お知らせ』という文字が表示されていた。
その後、MCが少し困った様子で話し始めた内容に、会場は不満の声が包む事となる。
「えー、皆様。 本日、準決勝1回戦のズイム選手vsリョウマ選手ですが、ズイム選手のログインが無いため、リョウマ選手の不戦勝と致します…」
その言葉に、私の中で不安が広がっていく。
滅びの未来は虚偽ではないのだとしたら? そして、『時間がない』と、ズイムも焦っていた様子からも、何かが起こるのだろう。 それも近日中に……。
店内はブーイングで埋め尽くされていく中でアズサも例外なく、「何で!?」と声を大きくしていた。
── その時だった。
外で大きな爆発音が起こり、一斉に店内中の客が装着しているPICTがアラートを鳴り響かせ、店内は騒然となった。
『中央塔にて爆発事故発生。近隣住民は速やかに地下シェルターへ非難してください』
次々とPICTから警告が表示される。
「何が起こったの!?」
私がパニックに飲まれそうになる中、「大丈夫よ。私がついているわ」と、アズサが手を握ってくれた。 しかし、彼女の笑顔も引き攣っていたため心底では怖いに違いない。
私達は『滅びの未来』というキーワードを見てしまったのだから。
すぐさま、店内から何人もの客が外に駆け出していく。私達もそれに続き、外で目にした光景は。
「中央塔が……なんだあれ!?」
中央塔のある、いや、あった所と云うべきか。 そこにはまるで巨大な灰色の卵の様な。 歪な球体が、中央塔を覆い尽くしていた。
「あ…あれは…!?」
隣にいた男性が空を指差し叫び、私達もそれに目を向ける。
その、指さされた方向にいた者は……。
「天使と女神様がいる」
周りの人々が口々に呟く。
それは、空から舞い降りる無数の天使と女神の様な何かだった。
── そう。
後に『災厄の日』と呼ばれる、出来事の始まりだった。