第14話 ゲームスタート
── ズイムが被弾、後方にとばされている。
あまりの速さに、何が起こったのか理解出来た者はいなかっただろう。
「開始直前は、ズイムとアルトの距離は10メートル程あったハズよ! 瞬間移動したっていうの?!」
店内の誰より、MCよりも早く隣でアズサは冷静に分析する。
一歩遅れてMCも自分の仕事を思い出したかのように実況を始めた。
『なんということだ!これまで一度もダメージを受けたことのない、ズイム選手が被弾! しかもダメージ量は連続ヒットで30%の大ダメージだ!! まさか、アルト選手に秘策の近距離攻撃があったとはっ!!』
その声は絶叫に近かった。
画面の中で、ズイムは空中で態勢を立て直し着地する。 その口元には笑みがこぼれていた。
と、同時にズイムの周りに無数の光の玉が浮かぶ。
「あの特技!」私が叫んだ瞬間、幾多の放電がズイムを包んだ。
しかし、ズイムのダメージ量は加算されていない。「かわした…?」トオルは目を白黒させる。
爆煙を突っ切り、アルトに向かい突進するズイム、想定していたかのように、アルトは複数の電撃の矢を放つもズイムはそれを全て皮一枚でかわし、アルトの目の前まで間合いを詰めた。
アルトは体勢を低く構え、持っている杖を振り抜いた太刀筋は一切目で追えないほどだったが、これをズイムは身をよじり回避、杖は空を切る。暫撃の衝撃波が、後ろにある建物の屋根を吹き飛ばした。
余りの速さにMCどころか、観客全ての言葉を奪う。
「お返しよ」ズイムのボディーブローがアルトを捉える。
続けてズイムの後ろ回し蹴りがアルトの頭に炸裂し、飛ばされた先の湖に水柱が立った。
「ぐっ、やっぱり強えぇ…」
頭から水を滴らせ、立ち上がったアルトが呟く。今の攻撃でダメージ量は40%、ズイムが逆転した。
間髪入れず、ズイムはアルトに突進する。
何の躊躇いもなく、真っ直ぐに。
「濡れているから電撃が使えないと思ったかい?」 そう言うと、アルトは湖の水を無数の氷の刃に変えズイムに向け放つ。
しかし、これを拳や蹴りで粉砕するズイム。
砕け散った細かい氷の粒が空を舞い、太陽光に反射し虹色に輝く。
「本当、神がかってるよ……」
アルトは目を細めるも、歯を食いしばり、「でも、負ける訳にはいかないんだよっ!」鬼気迫った言葉と共に、アルトから間合いを詰めたが……。
アルトがズイムの姿を見失う。氷弾を破壊した所に立っている人影は、氷の粒に投影した残像だったからである。
アルトが気づいた時にはもう遅く、背後にズイムが回り込んでいた。
その瞬間、誰もが勝負あったと思っただろう。
しかし、二人は予想外の行動に出ることとなる。
試合が始まって、まだ数十秒である。
そこに繰り広げられる光景に観客は言葉を失っている。
自分の想定内の出来事には熱狂出来るが、全く想定外の、思いも寄らない出来事を目の当たりにすると言葉すら出なくなってしまうものなのだろう。
アズサも先程の態勢から1ミリ程も動いておらず、トオルは口を開けたままだ。
まるで店内の時間が止まってしまったかの様に。
スクリーンの中では、私達の想像が決して及ばない状況となっていた。なぜなら、ズイムはアルトに後ろから優しく抱きついていたのだ。 それはまるで恋人同士のように……。
フリーズしたかの様に二人は動きを止めていたが、ズイムの動く口元が時間が流れている事実を知らせていた。
一瞬自分の目を疑うが、戦闘中に会話をしている様だった。 残念なことに小声の為、話の内容は聞き取れなかった。
ズイムは後ろから抱きついた状態で、まるで愛しいものを見るかのような表情でアルトに話しかけている。
一方アルトは困惑の混じった眼差しで返答しているようだった。
映像が二人に近寄り、
「連絡先は送ったわ。またあとで…」というズイムの言葉を拾う。
「あ、ああ、でもこの勝負キッチリ付けさせてもらうよ」
その言葉の直後、二人は勢いよく距離をとり、互いを見つめ合う。
「試合中に逆ナンパですとぉぉ!」
隣の席のおじさんが興奮気味に叫ぶが、何を見当違いな解釈をしているのだろう。
「時間がないの…すぐ終わらせてあげる」
ズイムの瞳に鋭い光が宿り、体勢を低く構える。
「本当は使いたく無いんだけどな……」
アルトは杖に力を送り、杖が淡い緑色に輝き始める。
その途端、ズイムの表情が豹変し「その色は?! マズいッッ!!」と、凄まじい拳と蹴りの連撃でアルトを襲った。
「とても目で追いきれない!」
私は集中して注視するも、部分的にしか理解が出来ない。
そして、現在優位のはずであるズイムが
どうして追い詰められた表情をしているのかが不思議でならなかった。
アルトは攻撃を受けながらも、急所を避け、受け流し、その間も力を貯め続ける。
そして、アルトのダメージ総量が95%を超えた瞬間、特技が発動した。
── それは、アルトを中心に画面全体が緑の光に埋め尽くされていった。
間もなく、画面には『勝負あり!』のテロップが現れた。続いて『勝者 ズイム』という言葉も……。
•
•
•
── 4回戦が終了した。正直、2回戦以降の試合は内容を覚えていない……。
それほどまでに1回戦は強烈だった。
2回戦のプレイヤーが『あんな奴らに勝てる気がしない』とこぼす程に。
帰り道、興奮冷めやまぬ様子でトオルは、ズイム・アルト戦について白い息を吐きながら語っていた。
「しかし、最後のあれ何だったんだ? 広範囲どころか、全域攻撃じゃね?」
アズサは細い顎に人差し指をくっつけながら、「アルトの特技がヒットする前にズイムの攻撃が100%まで到達して決着。ダメージがノーカウントになったのね。普通、あれだけの範囲攻撃なら、力が分散されてダメージ量は殆ど無い筈だけど…」と、首を傾げる。
それはアルトが最後に放った特技。
緑色の光が収まったステージを見て皆愕然とする事となったのだ。
ステージ上にはズイム以外、何も残っていなかったのだから…
「本当、『べらぶっ!』って感じだったよな!」
MCのチョ・チョリーナ氏がそのフィールドを見て声が詰まった際に発した言葉だが、トオルは気に入ったようで、この『べらぶっ!』を連呼している。 今年の流行語大賞に駆け込みノミネートされるかもしれない。
「それより、ズイムの最後の言葉も気になるわね」顎に当てていた人差し指をビシッと上に突き上げアズサが言った。
そう、彼女が最後につぶやいた言葉。
『これでユーピテルの粛清が…』
とは、何だったのだろう?
その後すぐに、ズイムはログアウトしたため、勝者インタビューも行えないままだった。
「そうだ、2人とも明日部室行かない?」
今日の試合を検証したいと思った為、二人に提案してみる。
余りにも不可解な点が多く、また、途中の会話の内容を解析出来ないものだろうか、と。
「丁度私も、そう言おうと思ってた!」
とアズサ。
明日学校は休みだが、生徒IDがあれば出入りは自由である。
「わりぃ、明日は夕方までバイト入ってんだ。でも、明日の決勝も今日の店で一緒に見ようぜ!どうせ、イヴを過ごす彼氏は居ないんだろ?」
── 男はどうして余計な一言が多いのだろう?
私の予想通り、アズサのボディブローがトオルに突き刺さり、彼は前のめりに倒れる。
「あんたには言われたくないわよ!」
アズサ…怖い……。
明日の決勝も19時から生中継される。
アズサとは13時に学校で、トオルとは18時に店で待ち合わせる約束をし、その日は二人と別れた。
一人歩きながら私は思い返す。ズイムの言葉…
『見つけた…』 ──何を?
『連絡先は送ったわ、またあとで…』 ──何故?
そして、
『ユーピテルの粛清』とは……。
夜空を見上げると、ビルの隙間から漆黒の空が垣間見える。
本来あるべき星達は、街の光によってかき消され、その瞬きを見ることは出来ない。
それはまるで、人の文明が真実を隠蔽しているかのようだった。