第12話 イヴ前日
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親愛なる観測者の皆様
アーカイブより厄災の日の前日、
12月23日からの記録を提示致します。
アクムの夢の中
『彼女』の視点で『物語』の起点を
どうぞご覧ください。
── リ※ィ※
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LOG: 芽亜
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「ゴメン! 部室の片付けに手間取っちゃって。今向かってるから!」
阿仁間 芽亜はビルの間に走る幹線道路沿いを早足になりながら、首元に付けているPICTが映し出す男女に向かって話ていた。
PICTの普及率はほぼ100%と言われており、街を行き交う人々も、目の前に映し出されるスクリーンに向かい、誰かと話したり、何かを検索したりしている。
「芽亜、間に合うか? あと15分で始まってしまうぞ? アズサと俺は1時間前から絶好の席を確保してるんだからな!」
白く髪を染めた、調子の良さそうな男が腕組みしながら言う。
「あらあら、席を確保したのは私じゃなかったかしら? 私の記憶では、トオルは10分位前に来たと思うんですけど?」と、冷ややかな視線を男に向ける少女。
トオルと呼ばれた男は喉をグゥと鳴らし、バツの悪い表情を浮かべていた。
「まあ、どうせ試合開始前はルール説明や、CMで時間が掛かるんだから、慌てなくても大丈夫よ」
トオルの表情を横目にその少女、アズサは微笑を浮かべる。
スクリーンに映し出されているアズサとは幼なじみあり、今年から同じ高校に通っていた。
私とアズサは、同じeースポーツ部に所属しており、トオルはこの部活で始めて知り合った同級生だ。
彼のお調子者な性格もあってか、私達とすぐに馴染み、今ではまるで昔からの友達の様になっていた。
私に恋愛感情は一切無かったが、アズサは彼に好意を寄せていた。トオルもアズサと居る時は楽しそうで、『付き合えばいいのに…』と、老婆心ながら思うものの、アズサの男勝りの性格が障害となってしまい、側から見れば母と子供の様なやりとりに付き合うまでの長き道のりを思わせるのだった。
今夜は『ジェネシス』という対戦格闘ゲームの全国大会決勝トーナメントの生放送が行われる為、e-スポーツカフェで三人一緒に観戦しようという話になっていた。
「……しかし、『ズイム様』は強いよな!どこのプロチームにも所属してない上に、俺らと同年代という噂だぜ! 今夜もあの美しいお姿と、超絶テクを見れると思うと、、もう、たまんねー!」
両拳を握りしめ、遠い目をしているトオルに向けられるアズサの視線には、明らかに嫉妬の炎が宿っていた。
ジェネシスというのは、ヘッドギアのような端末をを頭に着けて、脳からの信号で直接操作をする対戦格闘ゲームだ。
重力操作で高速移動をしたり、地形を変化させて攻撃するなどプレイヤーの想像力次第で戦略は無限大に広がる。 様々なe−スポーツの中でも、その人気は突出していた。
今宵登場する『ズイム』というプレイヤーは特に人気があり、視聴者を魅了していた。彼女の反応速度は尋常ではなく、予選から今に至るまで相手の攻撃を受けた事がない。
相手の猛攻撃も、まるで華麗にダンスでもしているかのように躱し、対戦者からは『無傷の女王』と恐れられていた。
あまりの強さにシステム改ざん等のチート行為を疑われた事もあるが、データは一元管理されており外部からのアクセスは不可能である。 そういった猜疑心が沸くほど、ズイムの強さは圧倒的だった。
「はあ~、あんなの見せられたら、同じe-スポーツをやってる者として自信なくなっちゃうよね。あんなのが本当に同年代だったら、私たちが日の目を見ることは無いのかも」
アズサはため息混じりに、お手上げのポーズで顔を左右に振ると、その手に持った美味しそうなポテトも一緒に揺れていた。
「アズサ、もうすぐ着くから、ポテトと味噌カツサンド注文しといてくれる? お腹が背中にくっつきそう」
この組み合わせは私にとって鉄板メニューだった。花より団子、腹が減っては戦は出来ぬ、だ。(観戦なのだが…)
その願いにトオルは「皆まで言うな!そう言うと思って注文済みだ。 早く来ないと冷めてしまうぞ-」と、ニマニマと笑いながら言った。
私はPICTをスリープし、街に目を向ける。
クリスマス・イヴが明日という事もあり、街路樹には煌びやかな電飾が施され、ビルの広告塔に流れる商戦CMもいつもより賑やかだった。
道路の発電板が放つ微かな光も相重なり、それはまるで光の中を漂っているような感覚になる。
「そう言えば、この光景……」
ふと、思い当たることがあった。
今夜の『ズイム』の対戦相手は『アルト』というプレイヤー名だったが、彼の特技で無数の光球が相手を包み込み、まるで逃げ場のない檻のように電撃を走らせる攻撃を見たことがある。
それが、今見ているこの光景、光が所狭しと駆け巡る景色によく似ていたのだ。
誰もがズイムの圧勝と読んでいる中、私はこの『アルト』というプレイヤーが気になっていた。アルトはプロフィール公開していないため詳細は不明だが、キャラクターをみる限りプレイヤーは同年代の人物と思われる。
と、言うのも、『ジェネシス』は直接、脳から操作するため、キャラクターが本人と体型や顔が類似する傾向にあるからだ。
『アルト』は遠距離攻撃を得意とし、いつもギリギリの勝負で勝ち上がって来た。
接近戦が極端に弱く、決して強いというわけではないが、彼の特技には不可解な点がある。
通常、同じ特技であれば、大体ダメージ量は同じになる。が、アルトの場合、得意とする電気矢のダメージ量が1%の時もあれば、20%を叩き出す事もある。
ヒットする箇所で補正はあるが、これほどまでのダメージの開きは、まず考えられなかった。
それはまるで、自分でダメージ量をコントロールしているかの様で……。
── 仮にダメージ量をコントロール出来るとして、わざわざ弱くする訳ないし。
物思いにふける私の目前を円錐型の掃除ロボットが横切り、我にかえる。
「いけない!」つい、足が止まっている事に気づき、街の中心地にそびえる中央塔に目を向けると、投影された時刻は18時47分を示していた。
目的地のe-スポーツカフェまではあと10分
位だろう、放送開始までには到着できるが、
「愛しのポテトちゃん達が冷めないうちに行かなくちゃ」
私は独り呟くと、足を早めた。