第11話 待ち受けていた者
S・ヒロシマの地下シェルターの一室では、5人の男達がモニターを眺めていた。
その中央で、ふてぶてしい態度で椅子に座る、身なりの良い男はS・ヒロシマを治める長、『仙禍』である。
楕円形の眼鏡の奥にある、その切れ長の糸目には良からぬ事を企む者の色が映っていた。
モニターに映るシェルター入口、『W20』の前で、3人の男女が『天魔』と『染人』を相手に、かれこれ20分は戦い続けていた。
その様子にセンガは「すばらしい!あのいけ好かない女の情報以上の戦闘力だな!」と、乾いた拍手を贈る。
取り巻きの4人は、『ごもっともです!』などと、相槌を打つなか、センガは醜く舌舐めずりをした。
「特にこの金髪の女! こいつはいい……。よし、決めた!この女にするぞ。お前ら、準備しろ!」
『はっ!!』
センガはそう言うと、シェルター入口『W20』のマイクをONにして話し始めた。
「申し訳ございません。アクムご一行様……
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「くっそぉ!一体どうなってんだよ!」
ナインが『W20シェルター入口』を背に、防壁を張りつつ、上空の天魔に向け灰色の石弾を放ちながら叫んだ。
この場所に到着するや否や、スピーカーから
『トラブルにより開門出来ません、暫くお待ちください』と、男の声でアナウンスがあってから、かれこれ15分以上経っている。
近くにキサラギの彼氏こと、アクセラレータを停めてナインが防壁で囲んだ時だった。それ待っていたかのように天魔と染人が押し寄せてきた。
「くっ!染人がこんなに……」
私は青い炎をまとった刀で、染人と天魔を灰塵にしていく中、タイチョーも息を切らしながら「皆さん!もう少し、頑張って、待ちましょう!」と、天魔と染人に応戦していたが、圧倒的な数を前に体力が尽きるのは時間の問題だった。
私が、『一旦、退却を』と口にしようとした時、突然にスピーカーから男の声が響いた。
『申し訳ございません、アクムご一行様。 扉にエラーが出ており、開門出来きず大変お待たせしてしまいました。 今、開けますのでどうぞ、お入りください』
アナウンスと同時に、シェルター入口が開いていくのが、やたら遅く感じる。
必死の思いで扉の中に滑り込み、外扉が閉じられると静寂が訪れた。
ナインは肩で息を切らしながら「あ、危なかったぁ。何回か死んだと思ったぁ」と、床にへたり込む。
「私がちゃんと守ってあげたでしょう。心配は要らないわ」
とはいうものの、私もかなり消耗しているようで腕が痙攣していた。
私達が呼吸を整えていると、内扉が開き若い女性が姿を見せた。 彼女は、ぎこちない口調で、「皆様、よ、ようこそ、ヒロシマにお越しくださいました。セクター長の『センガ様』がお待ちです。ど、どうぞこちらに…」との言葉とともに歩き出した。
しかし、その動きはギクシャクして視点も定まらず目が泳いでいる様子だった。
門が故障していた事で、私達が怒っているとでも思っているのだろうか?
「心配しないでください。私たちは……」
「ヒィッ!」
私たちは大丈夫と伝えたかったが、どうやら逆効果になったらしい。その後は、言葉を発さずに彼女の後に続いた。
「アクムって、名前が怖いもんなぁ。顔もたまに鬼みたいになるし」
……そして、一言多い奴に蹴りを一発入れておいた。
地下1層に降りると、寂しさに似た違和感を感じる……。
この感覚は、なんだろう?
「このセクターは人口が少ないんですね?」
ナインが不意に女性へ話しかけた言葉で私も気づく。
……そうか、人が少ないんだ。あれ?ヒロシマの人口も、それなりに多かったと思うけど?
女性はナインの質問に身体を震わせ、
「え、ええ、そうでしょうか…」と、言葉を濁す様子に『何かが変だ』と、皆が感じた事だろう。
その後、女性の歩みが更に早くなり、無言のまま地下3層まで降りていった。
それはまるで、私達と一刻も早く別れたいという言葉を身体で示しているかのようだった。
ひときわ大きな扉の前に到着すると、女性は『暫くここでお待ち下さい』と言い、小走りに去っていった。
「何かおかしいと思わない?」
地下3層は居住スペースの為、人で溢れていると思ったが、通路をいく人の数はまばらだったのだ。
確かに、ここの地下シェルターは広い。しかし、皆が個室を使えるとは到底考えられないが……。
「ああ、人が少なすぎる…皆どこに居るんだ?」
ナインも同じ疑問を抱いているようで、タイチョーは少し離れた場所で辺りを観察しているようだった。
『大変お待たせしました。どうぞお入りください』スピーカーからの声と同時に扉が開く。
その室内は、とても大きな空間だった。
手前に応接セットがあり、奥には立派な机と椅子、キャビネットには洋酒がずらりと並んでいた。
入り口の傍には二人の男が立っており、笑顔で迎え入れてくれる。
一人は身なりのよい50歳手前位の男で、視線が鋭い。 その表情は『蛇』を連想させた。
おそらく彼がセクター長の『センガ』だろう。 もう一人の男は腰に銃を差しており、センガのボディーガードだと容易に想像出来る。
「到着早々、トラブルでご迷惑おかけし、申し訳ございませんでした。私がセクター長のセンガと申します。皆様の事はキサラギ殿からお伺いしています。本当によくお越し頂きました」
その話し方も、何だか絡みつく感じだった。
「私がアクムです、こちらがナインとタイチョー、ここに来た目的はご存じの通り、中央塔のパンドラを破壊する事です。ご協力お願いいたします」
そう簡単に挨拶を済ませる。
「あなたがアクム殿でしたか……。 名前と反してお美しい」
誉められた筈なのに背中がゾクッとする。
「あ、ありがとうございます。早速ですが、現在の中央塔の状況をお教え頂けますか?」
センガは私の身体を舐め回す様に眺めたあと、「現在の状況としましては、染人が多いことを除き、タワーへの潜入は問題ないと思われます」と、答える。
「染人が多いって!? 災厄の日に皆非難しなかったのか?」
声を少し荒げて質問を投げかけるナインに対し、「面目ない話なのですが、先ほどのように災厄の日以降、避難口のトラブルが多発してしまい、多くの住民が逃げ遅れてしまいました。まだ残っている住民の為に救助部隊を編成し、捜索に出した事もありますが、その者達も帰ることがなく……」
そう言って、センガはうつむいた。
「そうでしたか…」
タイチョーがそう呟いたのは、自分の状況と想いが重なった為だろう。
「すぐにでも中央塔に向かいたいのですが?」
ナインの記憶のためにも、早くS・オオサカに向かいたい、という思いが言葉となる。
「ご提案ですが、染人は夜の方が活発に行動するようです。 明日の朝の方が戦闘は楽と思われますが、如何でしょう?」
── そうなのか? そんな例は聞いた事が無いが……。 ただ、視界が悪い中での戦闘にもリスクがあるのは間違いない。
「皆それでいい?」
私はナインとタイチョーに確認すると、異議は無いとのことで明日の朝よりタワーに向かうことが決まった。
「皆様にお泊まりの個室を用意しております。今晩はゆっくりとお休みください」
センガが『ニィー』と笑ったような気がしたが、キサラギさんの警告による先入観の為かもしれない。 ただ、注意は怠ってはいけない人物だと私の身体が警鐘を告げていた。
その後、案内された部屋は縦長で6畳程のスペースがあった。
部屋に入った途端、少しではあるが、血のような臭いが鼻をかすめる。
自分の身体からなのかと思ったが、どうやら壁や天井の材質が発している様だった。
テーブルの上には既に食事が用意されており、出来れば皆で一緒に食べたかったが、今日は多くの染人を相手にして疲れている。 きっと、皆もそうだろう。
「明日に向けて休まなきゃ」
独り呟きベットに身を投げて倒れ込むと、身体がまるで鉛みたく、マットに沈んで行くかのような感覚の中で私は目を閉じた。
何だか今日は悪夢を見そうだ。
あの『災厄の日』の ──。
そして、いつの間にか私の意識は深く深く沈んでいった。
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…………やっぱりだ………。
これは…夢……。
幾度となく、唐突に、強制的に呼び起こされる忌まわしい記憶だ。
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クリスマス・イヴ。
目に映る人々は笑顔で溢れ、きらびやかな電飾は、街そのものを宝石箱にしたように輝きを放っていた。
街を包む喧騒も、今日と云う日はまるで人々が歌う讃美歌の如く、聖なる夜を祝福している様だった。
二人の友人と過していた あの夜。
突然としてイヴの空に現れた、おびただしい数の『天魔』。
イルミネーションに着飾られた街に
響く絶叫と漂う血の匂い……。
そして…… 私達の目の前に舞い降りた『天魔』の瞳により、二人の友人は………
『染人』となってしまった。
私の目の前には、あの『触手の天魔』が現れ…
ナインが私を救ってくれた…
私は夢の世界に引きずり込まれていく。
まだ、私が『アクム』と名乗る前の、
平和だった、あの日常へ……。
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