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4 教えておばあさま

 マリアヴェーラは、ヘンリーの記憶障害を〝魔法で操られたのではないか〟と推測した。

 ただし、誰がどのようにヘンリーに魔法をかけたかは分からない。


 紅茶を飲んだところで解散し、行きと同じように馬車に乗って伯爵家に帰る。


 陽に照らされた街は活気に満ちあふれている。

 車窓の景色を流し見ていたヘンリーは、剣を抱いた格好でぼそっと呟いた。


「どうしたら、オレの記憶は戻るんだろう?」


 ミゼルは答えられなかった。


 タスティリヤ王国では魔法が禁じられている。

 外国では使われていると聞いたことがあるミゼルも、実際にどういうモノなのかは知らない。


 空気を噛むように口を開け閉てしていたら、視線を戻したヘンリーに笑われる。


「ごめんごめん。暗かったよね」


 ヘンリーだって当事者として不安を感じているはずだ。

 それなのに、こうしてミゼルを不安がらせないように笑みを浮かべている。


(強い方だわ)


 ミゼルの中のヘンリーの印象が、また少し色を変えた。


 女泣かせの噂を聞いた時は、酷い男性だと思った。

 子ども向けの物語に出てくる魔王のような、善良な人を食いものにする悪者をイメージした。


 昨晩、ベランダに現れた彼を見てもその印象は変わらなかったが、一夜明けてベッドで目覚めて噂通りの人物ではないと気づいた。


 魔王と言うより、吟遊詩人みたいだと感じたのだ。


 自分に素直で、周りに流されずに己の道をゆく人。

 良くも悪くもただそれだけ。


 ミゼルが目指す「自分なりの生き方」を実行しているのがヘンリーなのだ。


(ヘンリー様といると勉強になりそう)


 本当は、マリアヴェーラに紹介したら接触を絶とうと思っていたけれど、ミゼルはもう少しヘンリーと一緒にいたいと思ってしまった。


「私、おばあさまに何かいい方法がないか聞いてみます。記憶喪失になった方の看病をしたこともあるそうなので」


 わざわざ会う口実を作るミゼルに、ヘンリーはもの憂げな視線を送る。


「君のおばあさまは、オレのことをよく思ってないはずだよね。教えてくれるかな?」

「大丈夫ですよ。いつも私の力になってくださっていますから」

「それなら頼もうかな。いつ会える?」


 ミゼルは毎日休日みたいなものなので、会うのはヘンリーが休みを取れる来週の水曜になった。


(どうしてでしょう。すごく楽しみ)


 伯爵家に到着して馬車を降りたヘンリーは、屋敷にあがることなく去っていった。

 見送りもそこそこに部屋に戻ったミゼルは、すぐに祖母へ手紙を書いたのだった。



◇ ◇ ◇



「おばあさま、ご機嫌はいかがですか?」


 ミゼルが話しかけると、グレイヘアーをひとまとめにしてベッドに起き上がっていた祖母アマンダは、嬉しそうに顔をほころばせた。


「あなたの顔を見て元気が出ましたよ。よく来たわね、ミゼル」


 チェック柄の布団をしいたベッドが祖母の定位置だ。

 数年前に体調を崩してからほとんど寝たきりで、起きられる時はこうして老眼鏡をかけて、貴族たちから送られてきた手紙に返事を書いている。


 ミゼルは持ってきたお見舞いのお菓子を使用人に渡して、ベッドの近くに置いてあったスツールに腰かけた。


「先に手紙でもお伝えしましたが、ヘンリー・トラデス子爵令息についてご相談したいのです。マリアヴェーラ様とレイノルド王子殿下が恋人だったことをお忘れになっています。記憶を呼び戻すいい方法はありませんか?」


 魔法が使われたことは伏せると、祖母は眼鏡のつるをクイと押した。


「いい方法……そうね。物忘れはふとした瞬間に思い出すものだわ。じっくり待つのが得策だけど、びっくりさせたり氷で冷やしたり、頭に強い衝撃を与えるのもいいですよ」


「強い衝撃というと、どんな?」

「棒で殴るといいようですよ。以前、グノシス男爵が奥方との約束を忘れて他の女性とデートに出かけていたのを追及した時も効果てきめんだったわ。覚えていないと言っていたのが、火かき棒を取り出したらとたんに思い出したの」


 面白そうに笑う祖母の横で、ミゼルは大まじめにメモを取った。

 びっくりさせる。氷で冷やす。棒で殴る。


 対ヘンリーでもできそうだ。


「他には何かありますか?」

「その前に。ミゼル、そのトラデス子爵令息とはどんな仲なのかしら。真夜中にベランダに這い上がってくるようなロマンチックな相手がいると聞いて、おばあさまはびっくりしたわよ」


 おどけて笑う祖母だが、目元は少しも笑っていなかった。


 祖母の情報網なら、ヘンリーが遊び人として有名な要注意人物で、あの夜までミゼルとは繋がりがなかったと知っているはず。

 祖母は、ミゼルがヘンリーに脅されて動いているのではないかと疑っているのだ。


「おばあさま、ヘンリー様は悪い人ではありません。私が彼を助けようと思ったのは、それが巡り巡ってマリアヴェーラ様の力になるからです!」


 大好きな親友の顔を思い出して、ミゼルはぽうっと赤くなった。


 気高くも美しい高嶺の花は、とてもかわいい令嬢なのだ。

 ミゼルは彼女のかわいい面をもっと知りたいし、かわいい服装をした彼女を連れ歩いて、こんなに素敵な人なのだと自慢したい。


 マリアヴェーラに比べたら、端正なヘンリーの顔さえかすんで見える。


 祖母は、マリアについて熱く語るミゼルの様子に、ふっと眼力を弱めた。


「まあまあ、ミゼルは本当にジステッド公爵令嬢が好きなのね」

「もちろんです。マリアヴェーラ様がいるので、ロマンチックな仲の男性なんていりません。ヘンリー様は顔見知り程度の面識だったのですが……なぜか放っておけない方なだけです」

「放っておけない、ね」


 それ以外に、適当な言い方がない。

 ヘンリーは友達ではないのだ。かといって恋人でもない。

 単なる知り合いというよりは深く踏み込んでしまった今、彼と自分の関係は何なのか。


 首を傾げるミゼルを、祖母はあたたかく見守った。


「仲良くなれるといいわね。でも、油断してはなりませんよ。変なことをされそうになったら、火かき棒でも何でも使って殴りなさい」

「そんなことはなさらないと思いますが……わかりました」


 ミゼルは物分かりよく頷いた。

 この時は、ヘンリーがあんな攻撃を仕掛けてくるとは少しも思わなかったのだ。

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