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2 一夜越しの関係

 ピチチチ……と鳥の声がする。

 部屋に入ってくる光が白い。たぶん、まだ早朝だ。

 深い眠りから覚めて、すっとまぶたを開けたミゼルが見たのは、不満そうな顔で見つめてくる赤髪の騎士だった。


 ジャケットは脱いでベッドの柱にかけてあり、タイを抜いたシャツはおへその上まではだけた、あられもない格好でミゼルの隣に横たわっている。

 騎士の命である剣は彼の頭上の、いつでも手に取れる場所に置いてあった。


 たぶん一晩同じベッドで過ごしたのだろうなと思いつつ、ミゼルはすっきりした頭で問いかけた。


「ヘンリー・トラデス子爵令息ですか?」

「そのやりとり昨晩もしたよね。そうです、ヘンリーです。あーあ、つまんない夜だった。女の子の部屋で何にもしないで寝たのはオレ初めてだよ」


 起き上がったヘンリーは、大きなあくびと伸びをした。

 泣き黒子のある垂れ目の端に涙がたまっていて、彼も先ほどまで眠っていたのだとわかる。


 ミゼルは毛布をはいで、白いコットンレースでできたナイトドレスをつまんだ。

 破れたり汚れたりはしていないようだ。

 体にも異変は感じない。けれど。


「自己申告を信じるほど私は単純ではありません。すぅーーーっ!」

「待って待って、人は呼ばないで!」


 思いきり息を吸って悲鳴を上げようとしたら口を塞がれてしまった。

 大きな手のひらで隠れなかった目元で睨むと、ヘンリーは焦り顔で「たしかにあわよくばとは思ってたけど、忍んできたのには深ーい理由があるんだよ」と言い訳した。


「君は令嬢一の情報通なんだろ? 君に知られるとあっという間に令嬢たちに共有されるっていうから、関わらないように気をつけてたんだ」 


(気をつけている相手を、どうして深夜に尋ねてきたんですか?)


「じゃあ、どうして会いにきたのかって思ってるよね。これの送り先を知らないかと思って」


 ヘンリーが体の下から取り出したのは、使いかけの便箋だった。

 王家の印がついた特注品だ。

 ミゼルは初めて見たけれど、このお印のついたレターセットを使うのは王族だけに限られていて、他の人間が使うと罰せられると有名だ。


「もぐぐぐぐぐぐぐ(そんなものどこから)」

「叫ばないって約束するなら手を離すよ。いい?」


 コクコク頷くとやっと口を塞いでいた手が引いた。

 起き上がったミゼルに、ヘンリーは「破かないでね」と念を押して便箋を手渡した。


 まじまじと考察するまでもなく、便箋のメッセージは恋人に向けたものだった。

 タスティリヤ王国に現れた公女のせいで結婚式の準備が遅れていることに触れ、相手に謝罪している。


 ということは、この書き主は。


「レイノルド第二王子殿下ですね?」

「よくわかったね。レイノルド王子サマの文通相手、情報通なミゼルちゃんなら知ってるんじゃない? 教えてよ。もちろんただとは言わないよ。デートでもキスでも、オレの体で払えることなら何でも――って、聞いてる?」


 ミゼルがきょとんとしたので、ヘンリーが不信感をあらわにする。

 一方のミゼルの方は、何もただ放心していたわけではなく、猜疑心でいっぱいだった。


 レイノルド王子の文通相手を、その護衛騎士が知らないことがあるわけがない。

 相手は言わずもがな、王子の婚約者であるマリアヴェーラ・ジステッドだ。

 第一、彼女のもとへ手紙を届けていたのがヘンリーなのに、どうしてミゼルに相手を尋ねに来たのだろう。


「ヘンリー様、ひょっとしてお忘れなんですか? マリアヴェーラ様のことを」


 ざわざわした心の言葉を口に出す。

 ヘンリーは、なぜその名前を出されたのか皆目見当がつかない様子で、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。


「マリアヴェーラは、ジステッド公爵令嬢の名前でしょ。そんなことはタスティリヤ王国の貴族なら誰だって知ってる」

「レイノルド王子殿下の婚約者の名前は?」

「そ、れは……」


 ぜんまい仕掛けの人形が止まるような不自然さで、ヘンリーはぴたりと唇を閉じた。

 ラベンダーの花が揺れるように紫の瞳が上に動く。脳に収めた記憶の中を隅々まで探っているようだ。

 ミゼルは自然と呼吸をひそめて彼が話し出すのを待っていたが、息苦しくなるその前に、長いまつ毛が下りた。


「思い出せないんですね?」

「思い出せないというより、知らない。オレ、おかしい?」

「ええ。異常事態ですわ」


 マリアとレイノルドの婚約披露パーティーで、ヘンリーは二人の仲を引き裂こうとした人物を捕えている。知らないわけがないのだ。


 ミゼルは便箋を膝に置くと、心細そうな表情のヘンリーの手を取った。


「マリアヴェーラ様に会いに行きましょう。事情を話せば、きっと力になってくださいます」

「わかってくれるかな」

「大丈夫です。私の親友ですから」

「うん……」

 

 しおらしく従うヘンリーをミゼルは意外に思った。

 女性を食いものにする悪魔のような男性だと思っていたが、実際のヘンリーは子どものように素直だ。


(自分の欲求にも素直そうだわ)


 その時、ミゼルの部屋の戸を開けてメイドが入ってきた。


「お嬢様、そろそろ朝のお支度を……なっ!!」


 ミゼルが赤ちゃんの頃から世話をしてくれているベテランのメイドが、乱れた服装の騎士がベッドにいるのを見て飛び上がった。


「お嬢様に何をしているんです!?!!」

「あーっと、人生相談?」


 修羅場慣れしているヘンリーが答えると、メイドは廊下に向かって声を張り上げた。


「誰か来て!! お嬢様の部屋に暴漢がっ!!!」

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