未来の担い手
前回のあらすじ
トスィーテから背中を押され、子供たちと向き合うことを決めたワド。
子供たちが疎開しているカイナ諸島へ向かいます。
僕とトスィーテちゃんはカイナ諸島へやってきた。
「おーい、みんなー!」
「「「ワールドン様ー!」」」
「ワールドン様、お待ちしてましたよ」
ポポロに案内され、子供たちと再会を果たす。
船着き場にいる子供たちはまだ少し遠いけど、ここからはポポロの運転する小型ボートで子供たちのところまで向かう。
久しぶりにみたポポロは、以前とは別人のように逞しくなっていた。その姿にこの一年間で彼がどれだけ苦労したのかが伝わってくる。
「ポポロ、本当にお疲れ様。これからは僕に何でも頼ってね」
「その言葉は嬉しいですけど、大丈夫ですよ。私もテトサがいなくなって色々と心境に変化がありました」
これまでは自分でトライしてトラブルになるより、得意な人に任せるスタンスだったと話すポポロ。今はどんなことにも積極的にチャレンジして、失敗することで何処に難しさや課題があるのかを体験し、糧とするようになったそうだ。
「さ、こちらへ」
そうして船着き場にやってきた。
子供たちは千人ほどが出迎えに来てくれている。
他の島にいる子供たちにも後で会いに行かなければならないだろう。
(すぐに謝らなきゃ!)
開口一番に謝ろうと決意していたのだけれど、子供たちからは怒濤の勢いで歓迎され、そのまま遊ぶ流れになったので謝るタイミングを逃す。
「ワド、ワド!そこにいるのね!」
「……ケミラ。生活にはもう慣れた?」
「うん!魔術具のおかげだよ!」
ケミラは目が不自由だけど、【初まりのファンタジーの魔術具】の最新版を使うことで、色を温度や質感として得ることができていた。
その他の情報を視覚情報に変換して直感的にするという技術から発想を得て、逆に色情報から他の五感へと転換する技術を開発していた集大成。
名も無い天才鍛冶師とカルカンのおかげだとケミラは満面の笑顔で報告をしてくる。
「カルカンさんと名無しの天才さんにお礼を伝えておいてね!」
「……うん。必ず伝えるよ」
ケミラの明るい声と笑顔を曇らせたくなくて、嘘をついてしまう。
カルカンは魂が転生した後に伝えるとしても、世界から抹消されてしまったサブロワ君に伝えるすべは何もない。
(せめてメルに謝罪とお礼を伝えなきゃ!)
サブロワ君の奥さんのメルに「いずれ会って正式に謝罪をする」と、この時心に誓う。
メル自身は気にしていないと言っていたけれど、それはサブロワ君の記憶を消されているからだ。
シングルマザーは大変だし、苦労もしているだろう。何とか支えになってあげたいと思う。
そう考えていたら、他の子供たちからも色んな報告が相次いで、中々物思いにもふける時間が無かった。
「次、私!私だよ!」
「うっせ、俺が作ったのをワールドン様に見てもらうんだよ!」
「ハイハイ、順番だよ。僕はもう逃げないから」
そう。もう逃げないと決めてここに来たんだ。
今日は謝れなかったけれど、明日には必ず。
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翌日。
ケミラたちに連れられてクタルト爺さんのいる村へと向かうことになった。
ピルナもその村で精力的に活動していると聞く。
「ここだよ!青空教室!」
「お、ワールドン様。お久しぶりっすね。元気にしてやしたか?」
「ボン!元気だった!?」
子供たちの授業を行っていたのは、ボンだった。
生き生きとしながら先生を務めている。
ボンは「自分ではモノ作りが出来やせんけど、こうやって教えることはできやす」と話し、自身の経験と知識を活かすセカンドライフをしっかりと見つけていた。
「この村の元々の子も通っているんだね」
「うん。お友達も増えたよ!」
ケミラが友達を紹介してくれたけれど、この村は何かしら不自由な子供が多い。
でも、支え合っているので、皆が逞しい。
ここでは手足が無い子の代わりに動く子も多く、目が見えない子は耳で、耳が聞こえない子は目で、それぞれが支え合い、お互いがより多く成長するために切磋琢磨していた。
「凄いよ、皆。勉強頑張っているんだね」
「そうですわ!ワドも一緒に勉強するのですわ!」
農作業の授業から帰ってきたピルナは、大声で僕を授業に誘ってきた。他の子供たちも一緒に学ぼうと言ってくれている。
皆が前向きで、未来を信じて一生懸命に勉学に励んでいるし、詰め込み型の授業ではなく、体験を通して出来ることを増やす授業ばかりだ。
(本当に凄い。僕に何か手伝えることは無いのだろうか?)
親を失ってしまった彼らには、せめて未来を自由に羽ばたいて欲しい。
無邪気な笑顔を見ていると、自然とそう思えて、彼らが望む未来を手に入れられるように尽力しようと心に誓う。
(そのためにまず、伝えなきゃ)
戦争の結末をきちんと話さなきゃならない。
それでどれだけ傷つけて、僕が恨まれることになったとしても。多くの人を不幸にしてしまった僕の責任であり、ケジメなんだ。
「ほら!授業始まる!ワドもこっちこっち!」
「うん。今いくよ」
─────────────────────
その日の夜。
公民館のような場所に子供たちを集め、真実を打ち明けて誠心誠意謝った。
「み、皆のお父さんとお母さんは……戦争で亡くなってしまって……も、もう会えないんだ。本当に、僕のせいでごめんなさい……」
涙声になり、手が震える。
それでもどうにか言い終えることができたけれど、深く座礼をしたまま、頭をあげることができない。
今、子供たちはどんな顔をしているのか。
失望しているのか。憎んでいるのか。悲しんでいるのか。
顔をあげてそれを確認するのが怖い。
誰もが声をあげず、公民館の中は静寂に包まれていた。
どれだけの時間が経っただろうか。僕の名を呼ぶ声に心臓の音が跳ね上がる。
ドクン!
嫌だ。怖い。嫌われてしまうのが。
きつく閉じた瞼から溢れる涙が、床にポタポタと落ちる音だけが響いた。
「ワド?顔をあげてよ」
「ワールドン様、泣くなよ!皆、知ってるから!」
子供たちの声が次々とあがる。
その声は否定的な色を全く含んでいなくて、僕を心配したり、励ますような声ばかりだ。
それでも顔をあげる踏ん切りがつかずにいたら、背中をトスィーテちゃんにポンポンと叩かれる。
「私、言いましたにゃん。優しいワールドン様には、優しい人たちが集うって……」
「ワールドン様、全員が真実を知っています。その上で皆がワールドン様にもう一度会いたいと望んだのですよ。顔をあげて、胸を張って下さい」
ポポロからも励まされて、思わず顔をあげると皆の笑顔があった。
許す云々の話の前に「ありがとう」と感謝を口にする子供たち。
「ど、どうして戦争の原因を作った僕を許してくれるの?」
理由を尋ねると、「ワールドン王国が無ければ私たちは生まれてくることすら無かった」と口々に話す。
子供たちは両親の馴れ初めや、生まれてからワールドン王国で受けた恩恵や楽しかったことを多く語る。
全てを失った気がしていたけど、そうじゃないことが分かった。
(国を造った意味はあった?)
ポポロやトスィーテちゃんの顔を見回すと、二人とも力強く頷いている。
心の中に幸せな気持ちが少しだけ灯った。
(そっか。全てが間違っていた訳じゃないんだ……)
ドラゴンである僕が人の国を興すなんて大それたことをして、過ちを犯してしまったことは強く後悔している。
だけど、これだけ多くの子供たちが生まれてきたという事実も確かにある。
この命たちを未来に繋ぐ。
それこそが僕に与えられた使命に思えた。
「ワドが居なかったら、お父様とお母様は出会ってもいなかったし、仮に出会っていても結ばれなかったのですわ!」
「ワド。パパとママのキューピッドになってくれてありがとう」
ピルナとケミラからの感謝の言葉。
それを言われて確かにあの二人が出会うキッカケが僕だったことを思い出した。
絶対に相容れない関係だったはずなのに、ルクルの提案でリゼが生まれて、リゼとルクルが結ばれて、最終的にはエリーゼの心も同じになった。
(積み上げてきたものは確かにあるよね。ちゃんと未来に届けなきゃ)
大切な家族を失った事実は辛いけれど、過ごした時間と楽しかった思い出は消えないし、しっかりと未来に残していきたい。
そう考えた僕は皆に問いかける。
「皆の未来のお手伝いがしたいよ!皆は将来何になりたい?」
皆の笑顔と弾む声で様々な希望や夢が語られる中、ピルナの爆弾発言が投下される。
「わたくしが望むのはただ一つ。ワールドン王国の再建ですわ!」
全員の声がピタっと止まり、静寂が訪れた後、割れんばかりの大歓声へと変わった。
「お姉ちゃん、それいいよね!」
「ピルナ様!最高!そうだよもう一回造ろう!」
「俺、俺!頑張るから大臣にしてくれ!」
子供たちは皆、「もう一度、ワールドン王国を」と思っていてくれるみたいだ。
そのことは本当に嬉しい。
けれど、ドラゴンである僕が人の国を運営するのは、また何か過ちを犯してしまうと思い、「僕は君主の器じゃない」と辞退を申し出た。
それに対し、ふんぞり返るピルナが反論する。
「わたくしが君主を務めますから問題ないのですわ!ワドなんか飾りで充分ですわ!」
僕以外は全員が前向きに再建を見ていたし、ピルナもその強い思いを演説していく。
「ここでやめたら悪名だけが後世に残ってしまいますわ。お父様やお母様が建国に関わった国がそういう扱いなのは嫌ですわ!」
「「「そうだ!そうだ!」」」
場の空気は、再建に向けて一気に傾いていた。
僕も頑なに反対するのは避けて、少し柔らかい態度で応じる。
「ピルナがそれを頑張りたいなら応援するよ」
「ワドは照らしてくれるLEDくらいの貢献で充分ですわ」
「え!?LED扱いって酷くない?」
「お父様も言ってましたわ!ワドがLight Eternal Dragonだから暗くならずに明るい国なんだって」
そのジョークに皆が笑いに包まれる。
あぁ、ルクルが言いそうな言葉だなと思いながら、僕も自然な笑顔を浮かべていた。
多くを失ったけれど、手に残ったものもあることを知ったワド。
ほんの少し、その笑顔が戻りました。
次回は「20年という重み」です。