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ドラゴンの人生探求  作者: 元毛玉
ドラゴンスレイヤー
360/389

閑話:この世に生まれた意味

前回のあらすじ

ワドが作戦本部に駆けつけた時、エリーゼは瀕死の重症でした。

エリーゼから後を託されて、リゼが最期の目覚めを得たところです。

ep.「守れなかった約束と叶えた願い」のリゼ視点となります。


・登場キャラ紹介

リゼ:ルクルの妻。エリーゼをあの子と呼ぶ。享年39歳。

エリーゼ・ホリター:リゼと同一人物。

ワールドン:あだ名はワド。禁忌を犯したドラゴン。

ルクル:リゼの夫。日本から転生した異世界人。

ピルナ・ホリター:リゼの第一子。お転婆な女の子。

ラガー・ホリター:リゼの第二子。大人しい男の子。

ケミラ・ホリター:リゼの第三子。お絵描き好きな女の子。

 目が霞む。暖かな雨だろうか。頬に当たる水滴はとても暖かい。


「嫌だ!嫌だ!エリーゼ、お願い目を開けて!」


 耳に聞こえるのは大好きなワドの声。それがあの子を必死に呼んでいる。


(あぁ、早く瞼を開けなきゃ……)


 そう思っても瞼が重く、中々動かせない。

 焦点が合う頃には、泣きじゃくるワドの顔が至近距離にぼんやり見えた。


「ワド?……そこにいるの?」


 力が入らない。大量に失血したのだろうか。純白のはずの戦闘衣装は、真っ赤に染まっていた。

 自分の中から半身が抜け落ちたようなそんな感覚。


(そう……あの子が逝ったのね。だとしたら長くないの)


 体から急速にマナが失われ、命の終わりを悟る。

 仮に私が眠ったとしても、あの子が目覚めることは無いのだろう。

 最期に看取るのが、私であることが申し訳なくすらあった。

 暫く何か言いたげに何度か口を開けたり閉じたりしていたワドは、今は言葉に詰まり嗚咽だけ。


「うぅ……ひっぐ、ぐすっ……うっうぐ」


 ワドが大粒の涙を零し、その目尻を泣きはらしている。

 私なんかのために泣いて欲しくない。

 その思いからそっと手を伸ばし、ワドの涙を拭う。


「うぅ……リゼ、ダメだよ。僕のために生き続けて」


 嬉しい。

 そう望んでくれることが本当に。

 だけど、とても叶えてあげられそうにない。


(ワド、許してね……)


 これほど強く請われたのはいつぶりだろうか。

 ルクルと結婚してからは、ワドは特に遠慮するようになったし、子が流れた時は暫く会話も無かった。

 せめて安心して欲しい。

 そうした思いで私は、精一杯の笑顔で言葉を紡ぐ。


「ワドったら甘えん坊ね。でも、愛するワドに抱きかかえられながら終わりを迎えられるリゼは幸せなの」


 私は幸せだ。

 心から愛する夫を得て、子にも恵まれた。

 最初は受け入れて貰えなかったけれど、いっぱい我慢してワドに受け入れて貰えるようになった。

 そうして、大好きなワドの腕の中で死ぬことができる。


(ピルナ、ケミラ、ダメなお母さんでごめんね……)


 二人の成人祝いを迎える前に母がいなくなるというのだけは、心残りだ。

 私のお母様がそうだった。

 ピルナとケミラに、そんな思いをさせたくはないので、絶対に子が成人するまで生きようと何度もあの子と日記でやり取りをしていた……私たちの夢。

 その夢がついえるのは残念ではあるけれど、夫のルクルが二人を支えてくれるだろう。


(あぁ、ワドも心配なの)


 さっきから言葉を失い、何度も首を振っているだけのワド。

 流石にもう禁忌を犯すようなマネはしないだろう。

 でも、こんなに悲しそうな表情をしているワドが、落ち込むことは避けられそうにない。

 私なんかじゃなくて、あの子だったらもっとワドも喜んだはず。


(あの子だったら、なんて声をかけるかしら?)


 今のワドにかける言葉が分からない。


 ごめんね。

 ありがとう。

 泣かないで。

 笑って。


 色んな言葉が浮かんでは、言い淀む。

 どれも今の私が言うと無責任な言葉になりそうで、怖い。でも、想いは伝えたい。

 ワドの心に届く言葉。

 お母様から言われたかった、あの子がワドに言われて嬉しかったあの言葉にしよう。


《大好き》


 私のワドに対する純粋な想い。

 その言葉を口にしようとした瞬間、ワドの涙声が耳に届く。


「大好きなリゼに居て欲しいよ!」


(え……いま、なんて?)


「リゼ……大好き!」


 はじめて……はじめてワドから「大好き」と言って貰えた。

 あの子は何度も言われているのに、私だけは言われなかった。だから、もう諦めていた言葉。


(……私が生まれた意味は、あった)


 ずっと思っていた。

 私が生まれた意味はあったのだろうか。その自問がやむことは無かった人生。

 毎日あの子がワドに会った方が、ワドもあの子も幸せなはずだとすら思っていた。


(私、こんなにも嬉しい言葉だと思わなかった……)


 さっきまで諦めていたのに。

 私が消えた後のことばかりを考えていたのに。

 その言葉が全身に行き渡り、最後の活力が沸いてくる。


「大好きだよ!リゼ!だから僕の元に居てよ!大好きなリゼが居なくなるのはヤだよ!」


 ワドの顔はぐしゃぐしゃに濡れている。

 励まさなきゃ。

 でも、もう……口が動かない。次の声が最後になりそうだ。

 今の気持ちをそのまま。

 全ての想いと、残る力を総動員して言葉にする。


「……ありがとう、ワド。リゼは生まれてきて良かった。その言葉を貰えて今日、心からそう思えたの。だから……出会ってくれてありがとう。大好き、ワド」


 なんとか言い終えることができた。

 伝えたかった感謝の言葉。

 ワドがいなければ、私がこの世に生まれることは無かった。

 でも、生まれてきて良かったのだろうか。その想いから今まで一度も言えなかったそのことへの感謝。

 それを伝えたい。心からそう願った。


(あぁ、もう見えない……)


 ワドは喜んでくれただろうか。

 その笑顔が見たいけど、瞼が重くて開けていることができない。


「だ、だめ!やめてよ!なんでなの?……リゼ!僕のために生きてよ!目を開けてよ!お願いだから……」


(ごめんね、ワド)


 ワドの声を聞きながら薄れゆく意識の中で、家族のことを思い返していた。



(ルクル、思いつめたりしないでね。愛してる)



 飄々としていて他者に弱みを見せないけれど、実は繊細なところも多いルクル。

 私にだけしか弱みを見せなかった彼が、今後背中を預けられる人が現れるのかが心配だ。

 支えてくれる人がいないと折れてしまうだろう。

 私ではもう支えになれないから、誰か支えてあげて欲しい。願わくば、それがワドだったのなら最高だと思う。



(ケミラ、生活が心配だけど頑張ってね。愛してる)



 今年の春に光を失ったケミラ。

 新しい生活には苦労しているだろう。カルカンたちが「ケミラ氏に光を届けるのにゃ」と言って何か作っていたけど、無事に届いただろうか。

 カイナ諸島だと冬は厳しいと聞くし、凄く心配だ。

 それでも、ケミラが前向きだったことだけが救いだと思っている。

 あの日、「私、見えなくてもお絵描きする」と言っていた強い姿を鮮明に思い出す。

 強がりなのか、本心なのかは母親である私にも分からなかったけれど、愛される子だ。皆と仲よくすればきっと道は開けると思う。



(ピルナ、好き嫌いを減らしてね。愛してる)



 ピルナにも悪いことをした。

 神罰や神託などで、今年の誕生節のお祝いはお通夜のような雰囲気だった。

 本人は「気にしてませんわ!」と言っていた。

 だけどあの子とよく似ているので、それが強がりだとはハッキリ分かった。

 食べ物の好き嫌いも多いけど、それ以上に、物事や人の好き嫌いが激しいのが心配材料。

 そんな所もあの子にソックリ。だからきっと多くの敵を作るだろう。でも、味方も多いはずだ。



(ラガー、今、会いに行くの)



 あの子にとっても特別な存在だったと思うけど、それは私も同じ。

 私が唯一出産した子……それがラガー。

 取り上げた医師の表情や祝福の言葉。

 安堵の笑みを見せるルクル、無邪気に喜ぶワド。

 生まれた直後の我が子を抱いた時の温かさ。

 今でも全部鮮明に思い出せる。

 思い出せるからこそ、あの子がラガーの記憶を失った時、心境としては複雑だった。


 ずるいとも感じたし、残酷だとも思った。

 日記の中で、「どうすれば思い出せるのか」と質問をぶつけてきた時に、あの子なりの苦悩があるのだろうとは思えてはいる。


 それでも、私には虚無の女神の祝福が必要ないと判断されているというその事実が、ただ悔しかった。



(ラガー、愛してるの)



 私だって愛している。あの子に負けないくらい。

 ピルナやケミラに会えなくなるのは寂しいけれど、ラガーに会えるかも知れないと思うと、あの世も不思議と怖く無い。



 ありがとう。


 この世に生んでくれたワドへ。



 ありがとう。


 私を女にしてくれたルクルへ。



 ありがとう。


 私を母にしてくれたピルナやケミラへ。



 ありがとう。


 あの世で待っていてくれるラガーへ。



 そうして感謝の念に包まれながら、私は永遠の眠りについた。



自分自身の存在に懐疑的だったリゼ。

温かい言葉を抱きしめて旅立ちました。


次回はマチ・ラコア視点の「閑話:かつての師と今の友」です。

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 お邪魔しています。  辛いですね~。リゼの言葉が、どれもひとつひとつ浸みるものばかりです。エリーゼのことを思いつつも、リゼとしての自分の気持ちもあり、ワド君に向かい合う時の複雑さもあったんですよね…
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