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ドラゴンの人生探求  作者: 元毛玉
世界大戦
340/389

閑話:命がけの薬品開発

前回のあらすじ

スパイとして活動した事で、多くの命を奪ってしまった自責に悩んでいたクリス。

自分を許せるようになったキッカケと、幸せな新婚生活までを描いたハートフル回。

一人での開発が続いて産休明けに再会したら、ちょっと常識がズレていたクシマ博士とのギャグ回。

その二つのエピソードの落差を楽しんで頂けたらと思います。

ep.「日帰りGWWと兵器暴走」~ ep.「世界を揺るがす魔術具の完成」までのクリス視点となります。


※下ネタ、おトイレネタが多めですのでご注意を。


・登場キャラ紹介

クリス:クシマ博士の助手。元スパイ。27→34歳。

クラッツ:農林省大臣。クリスにベタ惚れ。

クシマ:猫魔族の薬師で研究家。常識?何それ?

ガシマ:喫茶店の店長。クシマとは同期。

 全力で取り組んだ罪滅ぼしの研究が、貢献として認められてクリスは表彰される事になった。


「薬学研究家のクリス。貴方の多大なる貢献を称え、ワールドン医学賞を授けます。おめでとう!」

「……嬉しいっス」


 クリスは、自身の罪が雪解けのように崩れていき、少し許しても良いと思えた。

 彼女は贖罪が終わったとは考えて無く、300人の命を奪ったスパイという過去は決して消える事は無い。

 そう自分自身に最も厳しいクリスだった。

 それでも壇上からの景色は今までと違い、鮮やかに色づいたような気がする。


(やっと、クラッツさんの顔をまともに見れたっス)


 クリスは過去、奴隷の身分に落ちていた。

 当時の環境は劣悪で、いわゆる性奴隷の扱いだ。

 その環境から抜けだしたら次はスパイ。

 疫病を持ち込んで多くの人を死に追いやった。

 その全てを知った上で「愛しとる」と言ってくれるクラッツの笑顔は、今までのクリスには眩しすぎて直視できなかった。

 それがようやくちゃんと目を見れた。


(クラッツさんの思いになら応えてもいいかな?)


 クラッツは4年前から求愛し続けて、1年前からはプロポーズを何度もしている。

 クリスも本心ではそれに応えたいと思っていたが、「こんな自分が許されていいのか?」という思いからずっと保留にしていた。


「おめでとう!」


 笑顔で一際大きな声で祝福の言葉を叫ぶクラッツ。

 彼の姿を見ていると、クリスの胸は次第に高鳴っていった。


─────────────────────


───結婚式の日。


「クラッツ、おめでとう!」

「ほんまにほんまに、ありがとう。皆に感謝や」

「私にこんなウエディングドレスは勿体ないっス」

「いいの。私の気持ちだから受け取って」


 結婚式の前に、貰った最高級のウエディングドレス。高級な生地の肌ざわりが、平民であるクリスには心落ち着かない要因になっていた。


「クリス氏は緊張してるのかニャ?」

「博士……」


 虎柄の猫魔族で薬師のクシマ博士。

 クシマ博士はこれまでずっと、助手であるクリスを支え続けていた。クリスにとっては恩人である。

 刑期の間も、明けてからも、「助手の研究がどうすれば認められるか」だけを追い求め協力してくれたのだ。

 クリスは心から感謝していた。


「博士、今までありがとうございましたっス。私、幸せな花嫁になるっス」

「クリス氏なら大丈夫。お腹の子が産まれて落ち着いたら、また研究に協力して欲しいニャ」

「はい。喜んでっス」


 クリスのお腹の中には、クラッツの子がいた。

 多大な貢献と表彰される事になった薬。

 自分で開発した薬の効果を実感し、そっとお腹を撫でるクリス。

 元々、性奴隷の期間があったクリスは、堕胎を繰り返した事で子が望めない体になっていた。

 子が望めなくなった女性が、もう一度産めるようになる薬品開発に取り組んだのは自身のためでもある。

 だからこそ副作用が無いかを確かめる治験で、躊躇なく被験者に申し出た。


(まさか、すぐに妊娠するとは……)


 検査結果で正常な母体になっている事は分かっていたが、子を宿した事で研究の正しさを強く実感した。

 何より夫になるクラッツを悲しませなくて済んだ。

 それがクリスにとって一番大切なこと。


「博士、産休が終わったらバリバリ働くっス」

「お?いい心がけニャ。俺っちも待ってるニャ!」


 それから愛する夫との新婚生活が始まった。


─────────────────────


───産休明け。


「は、博士……開ける前からヤバい匂いが漂ってるんですけど?大丈夫っスか?」

シュコー(問題ない)……シュコシュコー(一番良い治験を)……シュコー(頼むニャ)

「じゃあ、なんで博士だけ防護服着てるっスか?」

「シュコー!」

「サムズアップしてないで答えて下さいっス!」


 あれから数年が経ち、クリスは現場復帰を果たしている。

 クシマ博士の現在の研究は、戦場において敵の平衡感覚を奪う薬品の開発だった。

 そのくらいであれば協力を……と治験に志願したのはクリス自身。

 隔離されている部屋と、厳重な薬品の容器。そして博士は完全装備の防護服。


(なんだか嫌な予感がするっス!)


 恩人であるクシマの研究を成功させるため。

 そう自身に言い聞かせ、クリスは容器を開け放つ。


「~~~~~~っ」


 尋常ではない暴力が放たれた。臭いという圧倒的な暴力。そのあまりの酷さに目眩がして、立っていられなかった。


「うぷ……おえぇぇ……」


 気持ち悪さは継続していて、嘔吐してしまう。

 目の奥も、耳の奥も、痛い。全身も痙攣し始めた。

 臭いという感情以外、何も持てなくなったクリスは自分の吐瀉物の上に突っ伏して気絶した。


───翌日。


「クリス氏のおかげで良いデータが取れたニャ」

「私、あのあと記憶が無いんですけど?」


 何でも無かったかのように答えるクシマ博士。

 色々と納得できていないクリスは、博士の肩を掴んで問い質した。


「どうして私、新品の服に着替えてるッスか!?」

「俺っちが着替えさせたからニャ」

「何で下着まで!?全部見たんッスか!?」

「クリス氏はいい歳して失禁してたからニャ。それに元の服は異臭が沁みついてご臨終ニャ」


 羞恥で顔が熱くなるクリス。

 頭を抱えてのたうち回るが、当の博士は何が問題なのか分かっていない。

 裸を見られた事が恥ずかしいと改めて説明した。


「ニャ?医療行為で裸なんて見慣れてるニャ。それに子持ちなんだから、気にするのも変ニャ」

「博士が言うなっス!」


 そういう事は本人が言うのならまだしも、他人の博士に言われたくはない。

 それに夫であるクラッツにも心配かけたくない。

 猫魔族と人族であっても線引きは必要だろう。


「金輪際ごめんっス!これはセクハラっスよ!」

「でも、クリス氏の魅力ない裸を見てもニャー」

「言い方!博士のモラルの無さは教育が必要っスね!」


・セクハラ行為の禁止。

・臭いのある薬品の開発は一切手伝わない。


 誓約書まで用意して約束して貰い、ようやくクリスは胸を撫で下ろした。

 だが、悲劇はここで終わらない。

 クシマ博士は研究漬けの日々で、ドンドンと感覚が一般人とズレて来ている自覚が無いのだ。

 それをクリスは知る事になる。


─────────────────────


───1年後。


 この1年は無臭薬品の治験に振り回された。

 博士曰く「臭いが無ければ全部手伝うって事ニャ」との事で、それに文句を言っても書いてあると返される。

 誓約書をよくよく確認すると、見えないくらい小さな文字で、「それ以外の研究には全面的に協力」と書いてあった。虫眼鏡を使わなければ読めない文字で。


(完全に騙されたっス!)


 それでもここまでは、大きな実害も無く被験者を務めていた。

 ある日、提案された新製品が問題。


「クリス氏、今回はこれを試して欲しいニャ」

「……香り無し。完全無臭っスね」


 クリスは容器に鼻を近づけ、何度もスンスンと香りを嗅いだ。

 その様子を見て博士は慌てる。


「そ、そんなに嗅いだらちょっとヤバいかもニャ」

「え?これって整腸薬品ですよね?」


 研究資料には「腸内環境を整え促進する」と書いてあった。

 一見、普通のお薬の研究に見えてしまった事が、クリスの失敗の原因。


 ぐぎゅるるるるぅぅうううんん!


 ヤバいと感じた時には既に遅く、トイレにギリで駆け込んだクリス。


「し、死ぬ!死ぬっス!」

「大袈裟ニャ。暫くはウンチが止まらないだけニャ」

「は~~~か~~~せ~~~!」


 豪快な音で出すもの全部出し尽くした。

 博士は薄いドア一枚挟んだ先にずっといるので、何をしているのか尋ねる。


「博士、何してるっス?ま、まさか……!?」

「せっかくだからデータを取ってるニャ。良い音が録音できたニャ。あと、香りのサンプルも取ったけど、匂いは正常値ニャ。クリス氏の腸内環境は……」


 ドンドンドンドン!


 クリスは怒り任せにトイレのドアを殴りつけた。


「どうしたのニャ?」

「セクハラっス!訴えるっス!」

「ニャ?見ても触れても無いから冤罪ニャー……」


 研究のしすぎで常識をどこかに忘れているのでは無いか?

 そう思わずにはいられないクリスだった。


───翌日。


「なぁクリス氏。俺っちが悪かったからそろそろ出てくるニャ。もう我慢の限界ニャ」

「出たくても出れないっス!うっ……!また波が!」

「出すものもう無いはずニャ!」

「動けないっス!」


 出すもの出し尽くして、もう水しか出て来ない。

 脱水症状になるからと、博士から差し入れされた水が無ければ死んでいたと思う。

 これは既に毒の域だ。薬品じゃない。

 それでも止まらないので、あれから一度もトイレから出ていない。


「俺っち、もう限界ニャ!」

「博士はどこかでトイレ借りてきて下さいっス!」


 その言葉を最後にドアの向こうが静かになった。

 夫には研究で暫く帰れない事をガラケーの魔術具で伝える。

 これは長期戦になるとクリスは覚悟を決めた。


───次の週。


 そうして一週間ほどトイレに籠っていたら、外が騒がしくなった。


(嫌な予感がするっス!)


「いやー、クリス氏のウンチが長くて困っててニャ。あ、そうそう、そこでお願いしますニャ」

「おい、博士!何をしているっス!」

「ニャ?仮設トイレの建設ニャ。ちょっとクリス氏のトイレが長いって各所で相談したら……」


 ドンドンドンドン!


 怒りと羞恥で頭がどうにかなりそうだった。

 地獄の日々は続く。


─────────────────────


「災難だったニャ~。これ奢りニャ~」


 ようやくトイレという牢獄から釈放されたクリスは、猫カフェで店長に博士の事を愚痴っていた。

 ガシマ店長から「パワハラは訴えるべきニャ~」とアドバイスされ、珈琲も奢って貰う。


(香りの関連はもうこりごりっス!)



 上品な珈琲の香りを嗅ぎながら、クリスはそう強く思っていた。



クシマ博士に悪気は全くなく、「クリス氏は頑張ってるニャ」と思っています。

KYの飲み仲間は漏れなくKYです。


次回からは新章「ドラゴンスレイヤー」となります。

次回は「懐かしい面影」です。

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