勇者カムバック
前回のあらすじ
神託によりドラゴンたちは分断され、ゼイノフル連合は鎖国しました。
今回のエピソードは、前半を勇者フレーク視点、後半を自称勇者レオ視点でお届けします。
・主な登場キャラ紹介。
勇者フレーク:30年前の世界大戦を終結させた。
ボチョール・コ・モナリーガ国王:フレークの仲間。
レコカ・ショラド元帥:フレークの仲間。
サラ・リコ・ダガシャ宰相:フレークの元仲間。
黒:フレークの元仲間。
自称勇者レオ:滅竜武器「竜殺しの魔剣」の所持者。
ルヴァン・マキヤス:レオの相棒。亡国の第二王子。
ピコラ:猫好きの変態で女格闘家。
ノワール:飄々とした狙撃手。
リッツ:ビスコナ共和国の代表。レオの妻。
───勇者フレーク。
「フレークよ。もう一度、私と共に戦ってくれ。この世界に光とお前は必要だ」
モナリーガ王都を遠く離れた森の中。国王でもあるボチョールがわざわざ来訪し、礼を尽くしていた。
俺としては表舞台に立ちたいとは思っていない。
歳を取って衰えた以上に、人々の期待が、その醜悪さが、うんざりしているのだ。
「フレーク。人の醜さに、嫌気が指している貴方の気持ちは理解できます。ですが、貴方は再び立ち上がるでしょう。……だって勇者なのですから」
「レコカ、買い被りすぎだ」
相棒でもあり、理解者でもあるレコカ。
彼女とは30年以上の付き合いだ。確か、最初はファンとして付きまとわれていた。それがいつしか肩を並べて戦うようになり、今でも様々なサポートをしてくれる。
レコカの戦闘指揮により、俺は自分の能力の活かし方を知り、格段に強くなっていった。
政治面でもそうだ。
煽動し世論を操作したのはレコカで、俺はそれにほんの少しだけ能力を加えただけだ。
「謙遜するな、フレーク。お前の【思考誘導】があればなんでもできるだろう?」
「それほど万能じゃない」
「私に戦闘で勝てる特殊能力だぞ?あの力は凄まじいと思う」
ボチョールは特殊能力を凄いと持ち上げるが、その特性を俺は良く知っている。
俺の本当の能力は、「選択肢の印象操作」が近く、意識すれば避けられない事もない。
他の選択肢があっても、それがまるで周辺視野にでも追いやられたかのように、同列の選択肢としてテーブルに乗せられなくなる。
実際、レコカには初見で看破された。彼女は戦略眼に優れた軍師タイプなので、小さな可能性も拾い上げるし、それを再分析する。
俺との戦闘中で「なぜ、これほどの重要な選択肢をボツ案と認識したのか?」に疑問を覚え、検証と試行錯誤の末、戦闘中に俺の力の全容を暴きだした。
(思えば、あれが初めての敗北だったな)
それまで万能だと思っていた自分の力が破られたのだが、破った当のレコカは、俺のその力に心酔した。
智謀で戦局を動かす彼女のようなタイプであれば、神を味方につけたと言わんばかりの能力なのだろう。
レコカは、俺の【思考誘導】を最大限に活用して、民衆を煽動し、世界大戦を終結させた。
(まぁ、嫌な思い出の方が多いな)
平和を望む人たちに「矛を収める」のが最善と思わせて回った訳だが、天邪鬼タイプ、戦争継続しか希望していない奴ら、様々なタイプがこの力に引っ掛からなかった。
反発を受ける相手の中で、戦争をビジネスツールとしてしか見ていない連中との交渉では、人の醜さというのを嫌というほど痛感させられた。
そういった事が相次いで、俺は戦争終結した後に、勇者を引退した。
「今回の件、ヨーコはどう言ってるんだ?」
「無論、モナリーガ王国に協力すると言っておった」
「陛下。その説明ではニュアンスが全く違いますよ。ヨーコは状況に応じて全ての国に協力するそうです。なんでもお試し期間がどうのとか……」
らしいと言えばヨーコらしい。
闇の一柱であり、アビスゲートドラゴンのヨーコは、神様の一角であるのに色んな事を取り込んでそれを真に受ける事が多い。
トラブルメーカーだからと周囲から目立たない様に抑え込まれていたが、大義名分が得られた今なら、色んな国をかき回すのだろう。
(今回、サラはカービル帝国につくのだろうな)
以前の世界大戦では、戦争を終わらせたい事で利害が一致したために、サラやヨーコと手を組んだ。
サラは帝国のコントロールが利かなくなって、ヨーコは「冬コミが中止になったから」というそれぞれの理由で戦争終結を望んでいた。
しかし、今回は四大神から闘争を試練として課されている。
現状では選択肢が多すぎて、俺の能力で人を束ねるのは難しい。
「で、こんなロートル捕まえて今更何をやるつもりだ?少人数でワールドンを倒すのは難しいぞ?」
俺の問いに、ボチョールは国王としての態度で応じる。
「私はほぼ全軍をあげて討伐へ向かうつもりだ。だが、兵たちの中には神に弓を引くのを良しとしない者も多い。そこでフレーク。お前の思考誘導で彼らを説得し、戦いに望む心境へと導いて欲しいのだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は不快感から奥歯を強く噛みしめた。
「……俺に、多くの者を死に向かわせる手伝いをしろと?」
「そうではない、フレークよ。私は未来に光を残したいのだ。未来の子供たちのために光を得る戦いをしよう!今こそ勇者が再起する時だ!」
ボチョールは俺の言葉を首を振って否定し、民を鼓舞するような仕草や態度を交えながら、熱弁を振るっている。
その言葉を聞き「詭弁だな」と思ってしまうのは、俺の心が昔と違ってやさぐれたためであろうか。それとも、神の真意が別の所にある気がしているからだろうか。
ボチョールは「さぁ!」と言って、笑顔で手を差し伸べている。
(避けられないのなら、せめて被害を少なくするか)
未来に光を残すためにも、争いは避けられない。
四大神の思惑が引っ掛かりつつも、なるべく早く争いを終結させるため、俺はその手を取った。
─────────────────────
───自称勇者レオ。
「レオ!待って、どうしても行くの?」
妻であるリッツから呼び止められる。
四大神からの神託があり、ワールドン様を討伐できなければ、人は光を失う事になった。
現存する七振りの滅竜武器。その一つである竜殺しの魔剣の所持者として、そして新時代の勇者として俺は行かなければならない。
「何度も言わせるな。勇者としてきっちり終わらせてくるからさ。ワールドン王国の人たちに酷い目に合って欲しくない。俺らが終わらせるんだ」
ワールドン王国には多くの友人がいる。彼らが不幸になる事は望んでいないし、また飲み明かしたいとも思っている。
俺ら以外が幕引きさせると、ワールドン王国やその国民の扱いがどうなるか分からない。非道な勢力がそれを成したのなら全員が奴隷落ちも考えられる。それだけは阻止したい。
(それに、安全に討伐できるはずだしな)
ワールドン様が死者蘇生という禁忌をやらかしてしまったのだから、討たれる事に否は唱えないだろう。
ワガママな所も多かったが、皆を幸せにしたい、皆が笑顔でいて欲しい、その理想を実現するために昼夜問わず頑張っていた事を知っている。そうした自らの行動でワールドン様は、国民からの信頼を得ていた。
リッツもその一人だ。
「あたしは嫌だ。ワールドン様は優しいから、きっと討たれる事を望むけど、そんなのあたしは嫌」
「知っている。だから待っていてくれ。他の国や勢力が多く参加した後では身動きが取れない。ルクルさんたちだけでも救って見せるから」
俯きながら駄々をこねていた妻のリッツは、幼馴染で初恋の相手の名前を出すと急に顔を上げた。
幼い頃を思い出しているのだろう。目には涙が浮かんでいる。
何度も「大丈夫」と声を掛けて、リッツの不安を解きほぐし、一晩かけてようやく説得できた。
翌朝。
久々に勇者パーティーのメンバーが勢ぞろいし、残る人たちと別れの挨拶をしていく。
「レオ、子供たちとの別れは済ませたの?」
「あぁ。ここに連れてくるとまた泣き出して大変だろうから、今日は会ってない。スターも7歳なんだが、まだ甘えん坊でな」
「……リレー嬢は号泣」
「あらら、でしょうねぇ。レオは残っても良いのでは?」
俺とリッツにはスター、リレーという二人の子供がいて、下の子はまだ3歳になったばかりだ。
次に戻ってこれるのは来年か、はたまた再来年か。
あまりに時間を掛け過ぎると、忘れられそうで不安にもなる。
だが、ワールドン王国の友人のためにも、光を望む多くの人々のためにも、勇者の俺が世界を救うために立ち上がるべきだろう。
「……至極金言」
「ほら、ルヴァンさんも残った方が良いっていってますよ?」
独身のルヴァンやノワールは、俺を残らせようと説得してくる。
ノワールは奥さんと子供を戦争で失っているから、なおさらなのだろう。
ピコラは気にかけてはくれているようだが、それよりも、世界を救うという使命感に燃えている。
(そうさ!これは本物になれるチャンスなんだ!)
俺らがどんなに頑張っても中々評価がついてこず、実際には「自称勇者」という扱いを受けている。
ワールドン様を討つという大偉業を成し遂げれば、勇者フレークに成り替わって俺たちこそが本物の勇者と認められるだろう。
(フレークより、俺の方が相応しいしな)
俺は勇者フレークが嫌いだ。
圧倒的な名声を築いている事への嫉妬よりも、不気味な力と、見捨てた国がある事が勇者の言動として納得できないからだ。
確かに戦争を終結させたのは偉業だと思う。
だが、フレークの言葉に誰も何の疑問も持たずに賛同していく光景は、不気味で気持ち悪かった。
それに、ビスコナ大陸の内戦では助けてくれず、救いを求める多くの声も、フレークは引退を理由にそれを黙殺。その結果、ビスコナ王国とマキヤス王国は滅んだ。
だから、俺は見捨てない勇者になると誓っている。
「さ、いち早く討伐して俺らが勇者になるぞ!」
俺の号令に、ノワールは静かな目をして問い返す。
「なってどうするんです?いい加減、武力だけでは認められない現実を受け入れましょ?」
「うるさいな!ノワールは黙ってろ!」
それは耳が痛い正論だった。
武力を示すだけでは人はついてこないし、反対意見すらまとめきれない。説得しようと語気を強めると「武力を背景に脅された」と相手からは主張され途方にくれる事が多かった。
勇者フレークは簡単に説得していたのに、その違いには項垂れるしかない。
「レオ、大丈夫よ。奥さんと子供たちにとって、あなたは誰よりも勇者でヒーローなのよ。胸を張って」
ピコラから背中を叩かれ、俺はその言葉に前を向いた。
(待ってろ!ワールドン様!俺が終わらせる!)
いつまでも自称が取れない事に悩むレオ。
功名心で少し焦っています。
次回は「知識の扉」です。