神託
前回のあらすじ
ワドの些細なミスが重なり、ケミラが犯人に殺害されてしまいます。
ルクルたちから笑顔が消えるのを恐れたワドは、禁呪具の封印を解き放ち、賢者の石を使いました。
世界の常識が書き換わる。
それほどの膨大なマナが魔術具から流れ出した。
「な!?」
「これは一体!?」
世界は震撼し、魔術具から放たれる波動は僕の力さえ飲み込む。
色が、音が、力が、心が……そして命が、その全てがひっくり返る圧倒的な波動。
(ふ、震えが止まらないよ)
眷属神である神格を超える、まるで四大神へと続く扉を開けたような感覚に、持つ手は震え、足は竦む。
魔術具は止まらず輝きを増し続け、逆に世界の方が止まっていくように思えた。
全てを覆す光が、ケミラを包み込んでいく。
そこから起こる光景に、全員が息を飲んだ。
「奇跡だ!」
「新たな神となる魔術具だ!」
ルクルも「ケミラ!」と何度も声をあげる。
ケミラの傷は完全に癒され、止まっていた心臓は再び動き出す。
肌の血色が良くなっていき、瞼は薄く開かれる。ケミラが焦点を合わせ、弱々しく口を開いた。
「……パパ?」
その光景に「良かった、間に合った」と僕は安堵し、ようやく震えが収まる。
掲げていた手を下げると、ルクルも笑顔で声をかけてきた。
「ワド……ワド、本当にありがとう……」
「うん。その笑顔が見れて良かった!」
死を覚悟し、安心させるためだけの笑顔じゃなくて、愛娘が助かって喜ぶ父親の笑顔。
大粒の涙を流しながらも、喜色満面のルクルだ。
(僕が見たかった笑顔だよ!)
いつの間にか雨もあがり、雲一つ無い夜の星が瞬いている。星もケミラの生還を祝福しているようだ。
幸せな気持ちに包まれていた所へ、カルカンやガトーも駆けつけた。
僕が振り返ると、彼らは驚愕の表情をし、大声をあげる。
「ワールドン様!?何でそれを持ってるのにゃ!?」
「ワドよ!自分が何をしたのかわかってるのか!?」
カルカンは封じたはずの禁呪具に目が釘付けだし、ガトーは語尾を完全に忘れていた。
僕が軽い口調で謝罪をしていると、ルクルが問い出し始める。
「ワド?何をやらかしたんだ?カルカン君、あれは一体何?ガトー、知っている事を教えてくれる?」
ルクルは絶命寸前の所を引き戻してくれた魔術具だと思っていたようだけど、カルカンが説明する事で死者を蘇らせた事を知った。
さらに……
「ワドは……四大神へと反逆してしまった……」
「え!?僕、反逆してないけど!?」
「ガトー、もっと詳しく」
ガトーは僕が反逆者だと語る。
けれど、僕にその意思は無い。それを必死で訴えた。
「お前な……これは吾輩でも庇いきれないぞ?」
ルクルは、反逆者となった者への咎がどうなるのかを尋ねている。
それに関しては僕も興味があった。
「……少なくとも神の座は剥奪だろう。これはそれほどの禁忌だ。吾輩でも分からん」
ガトーの言葉にルクルは項垂れた。けれど、僕はルクルの背を軽く叩いて言葉をかける。
「大丈夫。その覚悟はあって使ったから。僕一人が神罰を背負うよ」
「ワド……」
でも、僕の言葉をガトーが否定した。
神罰の範囲は僕だけに留まらないようで、製作者や効果を受けたケミラにまで及ぶと言う。
それにはカルカンも同意していた。
「この魔術具を使ったのなら、製作者は命を落とすにゃ。……それは免れないにゃ」
過去の魔術具の歴史でも、常軌を逸した魔術具は使用した段階で、制作に関わった者が亡くなった過去があるらしい。
「そ、そんな!サブロワ君やホールンは関係ないよ!」
「並みの禁忌なら、関係ないはずだったのにゃ」
カルカンとガトーがどれほどの禁忌かを語った。
マナを失った物に再び生命を与えるという万物の男神への反逆、時間法則を捻じ曲げて過去逆転を行うという法則の男神への反逆、死生と魂の循環の輪から外れるという輪廻の女神への反逆、全ての者に訪れる死の概念を排するという虚無の女神への反逆。
全ての四大神に逆らった行為は過去に前例が無いので、途方もない神罰が下される……それがガトーたちの見解だった。
「そ、そんな……僕、そんなつもりなくて」
僕の呟きを最後に、皆が押し黙る。
(こんな事になるなんて……でも、でも!)
ルクルの腕の中でスヤスヤと寝息を立てているケミラを見て、犯してしまった罪と救えた命の功を、僕は再確認する。
(大丈夫、ケミラは僕が守る)
四大神へ僕だけの罰にする事を願い出よう。きっと話せば分かってくれるはず。そう自分自身へと何度も言い聞かせた。
心配して困り顔のルクルへと笑顔を返し、言葉をかけずとも皆へと笑顔を振りまいていく。
神様としての最後の仕事。僕が全てを背負う。その覚悟を決めた瞬間、静寂の森の中へと朝日が差し込み始めた。
《全ての命よ。聞きなさい》
陽の光と同時に訪れた神託。
「ワド!ガトー!これは!?」
「ルクル落ち着いて」
「これは万物の男神だ。吾輩が知る限り現世への介入は二度目。一度目は話したよな?」
(……二度目?初めてじゃないの?)
僕が知り得る限りでは現世に関与した事実は無い。
万物の男神が関与するのは、世界の崩壊に関わる時だけ。
《聞け。理を覆す禁忌が行われた》
今度は法則の男神だ。少し怖くて苦手だった。
《世界に輪を乱す者が、現れたのです》
輪廻の女神。最後に神託を聞いたのは約30年前。
ケタがルクルへと転生した時だ。
《残念ながら、罰を下す事となりました》
……虚無の女神。
僕が思わず理想として思い描いてしまったために、変化の魔術具で選べるのはその御姿だけになった。
色々な所で全裸を晒してしまったので、誠心誠意謝りたい。
『お願いします!僕だけが悪いんです!僕だけに神罰を下さい!』
僕からの伝心が届く可能性は低い。それでも必死に訴え続けた。
《ならぬ。既に定めた》
法則の男神から拒絶の意思が示される。
神界に居た頃から叱られる事が多かったけど、これほどの怒りを感じた事は初めてだった。
そして、神罰が周知される。
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《光の一柱、ドラゴン。神の権能を封じる》
《人の子、ホールン。命と存在を抹消する》
《人の子、サブロワ。命と存在を抹消する》
《人の子、ケミラ。光を剥奪する》
─────────────────────
「そんな……そんなのって無いよ!」
僕の事は全然いいんだ。覚悟はしていたし、寧ろ軽いくらい。だけど、他の影響が大きすぎる。
周りの皆も青ざめていて、これほどの怒りを神が示すとは誰も予想していなかった。
「吾輩の予想より、随分と温情があるな」
「ガトー様、教えて欲しいのにゃ!」
カルカンからの質問が続き、それにガトーが答えている。
僕は権能を封じられて、伝心を使えなくなった。
ドラゴンとしての生来の力は残したままなので、今後も癒しやブレスなどは問題ないし、マナ力場も使える。
いきなり世界から光を奪う訳にはいかなくて、権能封印に落ち着いた、というのがガトーの意見だ。
(サブロワ君!ホールン!)
慌ててガトーに二人への連絡を依頼する。
「ガトー!二人は!?」
「……サブロワもホールンも、既にこの世にいないぞ」
「ガトー様、それはこの神託で消えた人ですかにゃ?会った事ないけど可哀想にゃ」
二人は命だけじゃなく、人の記憶の輪廻からも消されてしまっている。僕は泣きながらカルカンを揺さぶった。
「カルカン!覚えてないの!?サブロワ君だよ!ホールンも良く一緒に飲んでたじゃない!」
「そんなに揺すられても、覚えてないのにゃ。禁呪具を生み出せるくらい優秀なのは分かったにゃ」
あんなに仲の良かったカルカンが覚えていない。
飲むたびに「ホールン氏のツケで飲むのにゃ」と騒いでいたのに、全然……これっぽっちも……覚えていないんだ。
「なぁ、ワドにとって大切な友達だったのか?」
ルクルが分からない様子で尋ねてくる。
僕は何度も頷いて、二人が居なかったらケミラが生き返る奇跡は起きなかった事を説明していく。
「そうか……そのサブロワさんには感謝しないとな」
「そ、そんな他人行儀な呼び方嫌だよ!」
(奥さんのメルは!?)
サブロワ君と一緒に、ブールボン王国で子育てしているはずのメル。
彼女なら覚えているかも知れないと、ガトーへ連絡を依頼する。
僕はもう……伝心を使えないから、頼む事しか出来ない。
ガトーが僕とメルを繋いでくれた。
『メルよ。お前をワドが気にしているぞにゃん』
『サブロワという夫の事?』
『よ、良かった!メルだけは覚えていたんだね!』
僕は安堵したけど、メルは覚えていないと答える。
『いいえ。以前、カルカン様から何かあった時のためにと言われ、サブロワという単語を石に刻みつけてあったの』
『そんな!』
神託を受けて夫の存在が不明だったから、石を見てその名を知ったらしい。
転写の魔術具や伝心オルゴールの魔術具などからは全滅のようだ。マナが介入する物からは、二人の存在が完全に失われている。
やり取りをしていると、ケミラが目を覚ました。
「……ルクルパパ?どこ?」
「ケミラ!俺はここにいる!」
ケミラは代償として光を失う。目が見えないケミラが不安そうに見回すのを、ルクルが必死に抱きしめている。
(そんな……お絵描きが大好きなのに!)
ガトーは、僕との関わりが深かったから光を剥奪されたと推察を述べ、カルカンたちも納得しながら頷いていた。
冷静な皆は「命を奪われなくて良かった」と喜んでいる。
だから温情があると言われても、納得は出来ない。
ケミラが、亡くなったラガーの分まで沢山絵を描くと語っていた事を鮮明に思い出す。
僕は現実を飲み込めず、首を横に振り続けた。
《最後に、一つの神託を授ける》
僕は「まだあるの!?」と驚いたけれど、ガトーは予想していたようで苦い顔をした。
「神罰じゃなくて神託にゃ?それなら大丈夫そうにゃー。神罰が終わって良かったにゃ」
「カルカンよ。恐らく……この神託が真の凶報だぞにゃん」
カルカンは神罰が終わったと言った瞬間、ガトーがこの後の方が恐ろしいと語る。
その理由は僕やケミラ、その関係者への罰が軽すぎるとガトーは見ていた。
僕はゴクリと喉を鳴らし、神託を待つ。
《……人よ、ワールドンを討て》
ワドの記憶は一度消されているので、万物の男神の介入は初めてだと勘違いしています。
それに関連して禁忌での神罰なども記憶を失っていますが、それはまた別の機会に。
22章「賢者の石」の本編はここまで。
今回の別キャラ視点の閑話はありません。
※次章以降の閑話が多めになる予定です。
ちょっとだけ重い展開が続くのですが、早くコメディへ戻せるよう、物語を加速させたいと思います!
次回からは新章「世界大戦」となります。
次回は「世界への衝撃と各地での波紋」です。