閑話:心配な友人たち
前回のあらすじ
戦争が終わり、アルの変化を心配する幹部たちとルクル。
妻の死産でテンパってフォローできないままの日々が続きます。
ep.「暴走と不協和音」~ ep.「母と共に過ごす望み」までのルクル視点となります。
・登場キャラ紹介
マチ・ラコア将軍:エリーゼのライバル。40→45歳。
リッツ・ビスコナ:ルクルの幼馴染。17→21歳。
リベラ:ワドが出産に立ち会った妊婦。享年26歳。
ピルナ・ホリター:ルクルの第一子の娘。0→5歳。
将軍たちから相次ぐアルの異変についての報告。
(どう考えても、黒マナの影響だよな……)
アルの異変をそう分析し、ガトーへ相談した。
だが、ガトーからは変化が小さすぎて分からないと返される。
「その可能性は無くはないぞにゃん。本人はどういってるんだにゃん?」
「俺が相手だと素直に話してくれないんだよねー」
アルには成長して欲しいと思い、貴族的な立ち振る舞いをするように色々と促してきた。
実際、その効果はあってアルは大きく成長したが、俺への嫉妬を拗らせて少々厄介な仕上がりになっている。
そこまで敵対心を煽った訳では無いので、恐らく元々抱えていたコンプレックスが表面化したものだと思われた。
「うーん、カルカン君かワドに頼むしかないかなー」
「ワドに伝えるのは吾輩反対だぞにゃん!」
この事を相談すると、ワドは気に病むだろう。友達思いなガトーが反対する理由もわかる。
ワドは、アルに影武者を押し付けて、旅行に出かけた。
アルに甘えたいワドと、ワドに頼られたいアル。
二人の本音が合致したからこその共謀。だが、アルが多用している変化の魔術具が問題なのだ。
カルカン君やガトーから話を聞くまで知らず、ワドたちが普段使いしているから危険性は無いと考えていた。
ーーー悪影響を知った飲み会VTRーーー
「変化の魔術具って便利だよなー。カルカン君さぁ、俺にも作ってくれないー?」
「にゃー?何言ってるのにゃー。ルクル氏だと危険なのにゃー、うぃっく」
「そうだぞ。メンタルは問題ないと思うが、お前のちゃちなマナ制御じゃ直ぐに飲まれるぞにゃん」
「ふぇ?どゆことー?」
変化の魔術具は、黒マナで稼働する。その事のリスクをその日初めて知った。
変幻の力を持つ黒マナは、姿だけではなく心にも影響する。マナ制御が卓越していてメンタルを強く保っていれば影響を跳ねのけられるけど、不安定になると心に浸食が始まり、次第に飲み込まれていく。
「マナの総量次第だにゃん。人族は少ないから影響が大きいのだにゃん」
「そっかー、ガトーたちは天体規模のマナだから気軽に使えるけど、他はそうでもないって事が良く分かったよー」
ガトーはチッチッチと指を振る。
「両方安定していても飲まれる奴はいるぞにゃん」
更に深く聞くと、特定の感情の場合は安定していても浸食する事があるそうだ。
すなわち「黒い感情」は黒のマナと相性が良く馴染む。浸食というよりも自然な変化として溶け込むという事だった。
「にゃー、アル氏は制御も出来てて、メンタルも強いから大丈夫なのにゃー、うぃっく」
「カルカン君、そろそろ控えようね。飲みすぎだから……」
ーーー悪影響を知った飲み会ENDーーー
カルカン君は大丈夫と言っていたけど、アルの最近の行動は嫉妬によるものだ。
アルが抵抗できているつもりで、いつの間にか変わっていないか心配に思う。
「ル~ク~ル~、相談に乗ってよ~~」
ワドが、アルへカウンセラーを手配するという話を聞き、そうした配慮ができるようになった成長に感心しながら任せてみたが、拒否された事をワドから相談される。
最も成功率が高そうなカルカン君に頼んでみた。
「にゃ?アル氏にカウンセラーをにゃ?」
「そう。カルカン君は以前、大丈夫っていってたけどさー。名だたる将軍たちが懸念を示しているし、皆も変わったって言ってるからさー。カウンセラーを受けて何も無いって事が分かれば安心なんよー」
「……了解にゃ、ルクル氏。私からも受けるように言ってみるのにゃ」
あまり人を疑う事をしないカルカン君は、アルの変化を楽観視していたから、引き受けてくれた事に安堵する。
……だが、事態は思わぬ方向へ動き始める。
「ルクル氏、私は大臣を譲る事にしたのにゃ」
「カルカン君、退くように提案してきたのはアル?」
「そうにゃ、アル氏とワールドン様にゃ」
カルカン君が各将軍から懸念を聴き出し、カルカン君自身もアルの変容を疑い始めた。
本格的に改善へ働きかけ始めた所で逆に諭され、言い包められてしまったカルカン君。
《変わっていない私にそんな心配をするのは、カルカンが戦争続きの防衛大臣に疲れているからですよ》
そう主張したアルの言葉を受け入れて、アルに抱きこまれたワドの応援も後押しになり、カルカン君が退く事態になった。
弟のアルから説得され、エリーゼとリゼもそれぞれ後任へ移譲している。
そんな日の中、アルと要職について話し合う機会があった。
「防衛交渉が出来ていないのは事実ですし、姉上も育児が大変でしょう?私は善意から提案していますよ。あ、そうだ。ルクルもギルドマスターを退いてみてはどうです?そろそろ後任へ譲っても良いでしょう」
「……提案ありがとー。検討しておくよー」
正直、アルが何を考えているのか俺にはもう分からない。
一先ず、これ以上変な結託をワドとアルがしないようワドを外交に向かわせ、距離と時間を置かせるように仕向けた。
ワドがゼイノフル連合へと出かけている最中に、ラコア将軍たちが訪れた。
「ギルドマスター。次こそ再戦という話をしていたのに、お盛んすぎないか?」
「め、面目ない……」
ラコア将軍は、エリーゼ様との対戦を望み、何度も国へと足を運んでいる。
彼女は「来年また妊娠中と言われては敵わん!」と出産まで滞在延長を決めた。
そしてリゼの死産騒動へと繋がる。
「ギルドマスター……お悔やみを申し上げる」
傷心のエリーゼ様と戦うのを良しとしなかったラコア将軍。本気で俺たち夫婦を心配してくれた。
リゼが大きなショックを受けたので、何とかしたくて焦った俺は、ワドと二人きりで合わせた。
エリーゼ様が提唱している「ワールドン様からの大好きを届ける」が実現すれば、リゼは持ち直すと思っていたからだ。
(俺は馬鹿だ!)
ワドの言動がズレている事は充分知っていたのに、そこを「ワドの可愛いところ」と思い込み、これまで大して認識をすり合わせずにきた。
その代償として、リゼは絶望で心を閉ざし、ワドも引き籠って泣いている。
「ピルナ、あぁ!こんなに零して」
俺は慌ててピルナのヨダレ掛けを直す。
リゼは育児すら放棄している。リゼの事やピルナの世話で、俺には余裕が無い。
ワドの事を心配しつつも忙しすぎて、フォローができない日々が続く。
「リゼ、ごめん。エリーゼ様に代わってくれる?」
日本家屋の造りの襖越しにリゼへ語り掛ける。
リゼへのフォローをしたいのは山々だが、まだピルナは1歳で母乳が必要なのだ。
暫くするとエリーゼ様が出てきて、直ぐに母乳を与え始める。
リゼが立ち直れるようになるべく体を譲りたいのだろうが、ピルナへの育児もしなければならずエリーゼ様も苦悩している。
「ワールドン様があのお言葉を届けられたら、すぐに立ち直りますわ」
エリーゼ様のその言葉を信じ、ワドの言葉を期待して待つ。
暫くすると、アルが毎日のように俺たちの家へ通い始めた。
死産となってからというもの、アルから掛けられる皮肉がその範疇を超えている。優しかったアルが変わっていくのは本当に心配だが、俺には余裕がなく、心配で顔を曇らせるくらいしか出来無い。
そして更なる転機がやってきた。
「……リッツ、行くのか?」
「うん。ルクルがいるからあたしは安心して行けるんだよ。ワールドン様とリゼお姉ちゃんをお願い」
リッツからはこれまで何度も相談を受けていた。
背中を押していた俺としては、今更留まってくれとは言えない。それにリッツの瞳からは二人への信頼が見て取れた。必ず立ち直れる。そう信じている瞳だ。
「行ってらっしゃいリッツ。いつでも遊びにきていいからー」
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リッツの退去に伴って、ワドとリゼの引き籠りが同時に終わった。
リッツを笑顔で見送りたい。その思いが二人の足を前に進めたのだろう。
当初は作り笑いだけで笑顔が無かったリゼも、新たな妊娠をキッカケに柔らかくなっている。
ピルナの誕生節で、娘の我儘に振り回された後、ワドと少しだけバルコニーで話をした。
「最近、リゼの作り笑いが少しずつ減ってきたよね。このまま無くなるといいなぁ」
「あぁ、そうだねー。今回はワドのお陰で、リゼに笑顔が戻ってきて良かったよー。感謝してるぞー」
ワドは「そう?えへへへ」と笑顔を返してきたが、親友の俺に分からないとでも思っているのだろうか?
(ワド、気付いているか?お前は今、作り笑いだぞ)
ワドは俺が最初に出会った頃、作り笑いを理解していなかったし、見分ける事も出来ていなかった。
あの頃はいつも無邪気な笑顔だったんだ。
今では、どんなに隠すのが巧い人の作り笑いでも、伝心を使わずに見破っている。
高度な笑顔の違いを体感していなければ、他者の微細な変化には気付けない。
だからそれは……ワドが暗い顔の隠し方や、作り笑いのやり方を学習した事の裏返しだ。
(ワドのこんな笑顔は見たくないし、嫌だな)
最初に作り笑いを始めたのはバンナ村で、リベラさんの前。どうしようもない程にヘタクソだったから、リベラさんも気付いていた。
巧くなり出したのは、ガトーとの戦いで王都を崩壊させ、その復興に従事している時。リゼを傷つけた後はもっと巧くなった。傷つけた事でワド自身も傷つくから。
その後、幾度となく戦争があって、リゼを何度も傷つけて、その度に作り笑いが巧くなっていった。
最近は何やらコンプレックスがあるようで、度々慶事の最中に作り笑いを見せている。
「何でも出来る魔術具を作ったらさ、もっと皆に幸せを届けられるから!」
「あの、荒唐無稽な話ー?ま、期待しないで待っているよー」
人に幸せを届ける事しか頭にないワド。俺はお前にこそ幸せを届けたい。
ワドが語っている夢のような魔術具が出来たなら、最初の願い事を俺は決めている。
(どうか、ワドの顔から作り笑いが消えますように)
ルクルが一番ワドを心配しています。
ワドは心が成長すると同時に、必死に背伸びをするようになりました。
カルカンは言い包められたのではなく、自身の「疑うよりは信じる」のポリシーに従ってアルの提案を受け入れています。
次回からは新章「賢者の石」となります。
次回は「ドラゴンサミット」です。