地下の蜘蛛の巣
前回のあらすじ
ラコア将軍たちと一緒に、リアロッテ王国へとやってきたワド。
トール国王が頭を悩ませている問題の解決に取り組んでいます。
あれからザビエルの行方を追っているけど、足取りが掴めないまま1ヶ月が経過した。
「ここの情報もガセだったぜ?」
「こんなに情報の精度が低いのは、情報部の怠慢だと小官には思えるのですが……」
「ワタクシは擁護します。敵の方が数段上手です」
裏のカリスマであるザビエル。彼の影響力によって4つの闇組織(奴隷、麻薬、密売、暗殺)は短期間で一本化された。それ以降、幹部たちの足取りは完全に掴めなくなり、一般人が関与する「闇バイト」と呼ばれる犯罪も急増している。
急速に拡大したため、憶測や誤情報に振り回されている状況だ。
それを改善するべく、各組織にスパイを潜り込ませるも成果は芳しく無かった。
「でもここまでガセ情報が続くのは変だよね?」
「全てがガセという訳では無く、ガセになったというのが実情でしょう」
「どゆこと?」
ガロップから講座を受ける。
多くの偽装工作と本物を混ぜていて、且つ、いつでも切り捨てられるようにしてあるので、情報を押さえた時には切り捨て済みらしい。
寧ろ、敢えて情報を掴ませる事で、本丸へ届かないようにしている。
これは敵の情報ネットワークの方が数段上だから出来る事だ。
「それにしても後手過ぎだな」
「将軍、どうしますか?」
さっきから静観の構えでいたラコア将軍へと皆の視線が集まる。
ラコア将軍は発想の転換が必要との見解を示した。
「我々は生粋の軍人だ。見えないものが多くある。瞳に映っていても認識できないのだ。意味は分かるな?」
部下たちは無言で頷いていたけど、僕は「ラコア先生!わかりません!」と勢いよく挙手して宣言した。
(知ったかは卒業なのさ!)
部下たちも総出で僕に説明してくれた。
人は視点によって見え方が異なるらしく、軍人には軍人の、商人には商人の、為政者には為政者の、見え方、捉え方があり、その先入観に縛られるという話だった。
異なる視点であれば容易に気付く事でも、先入観が邪魔をして認識が阻害される。軍人以外の価値観で現状を分析できる人材が必要。要約するとそういう意図のようだ。
「だから、視点の異なる人員に情報を分析させるべきだろう……と将軍は仰っております」
「レイは凄い翻訳能力だね!でもさ、今の情報を分析する意味ってあるん?」
僕の発言に、全員が「どういう意味だ?」と小首を傾げている。
でも、彼女たちは深く考えすぎな気がしていたので、それを指摘した。
「改竄だとか、二重スパイだとか、特殊能力だとか、偽装工作だとか、色々言ってるけどさ、単に軍部が情報をまとめきれて無いだけじゃないの?」
「……それは軍の情報部の批判か?怠慢だとでも?」
なんか剣呑な雰囲気になったので慌てて訂正する。
「あわわ!ちがくてさ、えとその……闇バイトだっけ?あれで犯罪件数って数十倍に増えてるんだよね?」
資料を睨みながら「そうだ」と苦々しく答えるラコア将軍。
「でもでも軍部の人の増員ってされて無いんだよね?」
「いや、優秀な人員が2名も回されたが?」
「……ワールドン様、ナイスです。将軍、これはシンプルな問題かも知れません」
ガロップが僕の意見を理論的にまとめてくれた。
一般人の犯罪を極端に増加させる事で、対応する側の処理能力を超える自体を作り出しており、機能不全に陥っている。
優秀な指揮官を別部署から数名回しても焼け石に水で、末端から上がってくる情報が穴だらけなのだから当然だと。
「そう!そんな感じ!それを言いたかったの!」
「……なるほど。なまじ彼らの有能さを知っている分、仕事を熟せていないと考えられなかった訳か」
「ええ。手が足りていないのが問題なのですが、信頼できる人を大量に用意できない点も敵の思惑でしょう」
軍部の人員に余裕は無く、新しく人を雇うにしても予算の都合や、教育の期間、情報部に回せる人材かの見極め……等など、とにかく時間がかかるそうだ。
僕はもっとシンプルで良いと思い、協力を申し出た。
「もっとシンプル、フットワークも軽くさ、現地の平民から協力者を入れるのはどう?」
「ワールドン様は話聞いてたのかよ?信頼できない奴は情報部に入れられ無いぜ?」
「デドアラに言われなくても聞いてたし!信頼できるかは、僕が伝心で相手の心を読んで診断でどうかな?」
「「なるほど」」
それで協力者の選別を始め、4人のリーダーが選出された。
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・ソー。
・ナーガ。
・ミイノパ。
・ウメコ。
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奇しくも全員が女性。ラコア将軍の部下4人に、それぞれ一人ずつ直属のような形で配属されている。
彼女たちに共通しているのは、犯罪組織を憎んでいて現状をどうにかしたいという思いだ。
恋人を失ったり、親戚が借金まみれになったりと理由は様々だけれど、彼女たちの心に嘘は無かった。
「ウメコさん、B地区の調査はどうでしたか?」
「小さな犯罪は97件、強盗以上の重犯罪は23件、ザビエルの息がかかっているのは19件だと思います。今、孤児たちを使って更に調査しています」
「実態がわかるにつれてワールドン様の指摘が真実だったと痛感させられるな」
ラコア将軍の呟きにレイも同意を示している。
調査させている地区ごとに今くらいの犯罪件数があり、毎週のように数百件の犯罪が行われていた。
誤情報も併せると数千件規模だ。
軍部の調査報告では約半分の報告しか上がってきていない。その事からも完全にキャパオーバーで、実態が見えない状態に陥っていた事がわかる。
「情報部を責めるのはお門違いだな。一般人が気軽に犯罪へと加担できる状況の改善が先だろう。これでは埒が明かない」
ラコア将軍の意見に反対する人はいなかった。
時間をかけて粘り強く対応し、徐々に闇バイトに参加する人を減らしていく過程で犠牲者も出てしまう。
「ナーガさん、敵はとるぜ」
「ミイノパさん、大丈夫ですか?」
「ええ、絶対に負けられません」
ナーガが敵の銃弾で命を落とし、ミイノパも絶体絶命の状況から救ったところだ。
これまではラコア将軍の知名度を活かし、彼女を広告塔&隠れ蓑にしてきたが、敵もこちらのリーダー格を割り出して来ている。
決戦は近い。その感覚が皆をピリつかせていた。
「3人の集めてきた情報は、どれもありそうだな」
「しかし、順番に回るとまたも足切りされてしまう懸念がありますね」
これまでもアジトらしき箇所を特定しても、絞り込む過程で逃げられているので慎重に議論している。
目を閉じて話し合いを聞いていたラコア将軍が、徐ろに立ち上がった。
「三箇所同時に奇襲を仕掛ける。決行は今からだ!夜まで待つのはこれまでと同じ結果になるだろう。配員はアルゴスに一任する」
「はっ!」
ラコア将軍から方針変更が通達される。
闇夜に乗じて攻める考えより、逃げやすい状況を与えない方針に切り替え、すぐさま奇襲の準備を終えた。
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・第一班:ラコア将軍、デドアラ、ソー。
・第二班:アルゴス副官、レイ、ウメコ。
・第三班:僕、ガロップ、ミイノパ。
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(せ、責任重大だよぉ……)
敵に顔が割れているミイノパの守りを厚くするために、僕と駿足のガロップが選ばれていた。
僕には敵を武力制圧するのと、ミイノパの命を守る動きが期待されている。
その期待の重さに喉はカラカラだった。
「さぁ、いきますよワールドン様」
「はーい……」
独特の緊張感に足が重くなっていたのだけれど、隣で表情を引き締めつつも震えているミイノパを見て、不思議と覚悟は決まった。
(僕が守らなきゃ!)
そうして意気込んで強襲ポイントまでやってくるも、現場はもぬけの殻でまたも逃げられている。
急いで他の班に合流する事をガロップと相談していたら、ミイノパが何やら発見したようだ。
「隠し部屋だよ!」
「ワタクシとした事が……盲点でした」
部屋に埋め込む形で大きな花瓶があったのだけれど、大輪の花々と水が入っていた。
でも、水を抜き取ると人がぎりぎり通れる隠し通路が脇にあり、その先の部屋からは証拠品となる資料が大量に見つかる。
花屋で働くミイノパならではの視点で、証拠品を押収できた所に連絡が入り、慌てて【伝心】を繋げた。
『こちらアルゴス。ザビエルを発見。応援を求む!』
『うん、分かった!すぐに向かうよ!』
僕とラコア将軍がいない第二班が本命に遭遇した事に焦り、伝心で状況を読み取りつつ大急ぎで現場へ向かう。
ーーーアルゴス、レイ vs ザビエルVTRーーー
「白昼堂々と攻めてくるのは意外だったな。これまで通り夜までに撤収する予定だったが……」
「年貢の納め時ですよ、ザビエル。小官たちがお相手します」
「ぬかせ!どうせラコア将軍が来るまでの時間稼ぎをしたいだけだろう?あんな規格外の化け物とやりあう気は無い」
アルゴスが会話で探りを入れている間も、レイの銃口はザビエルを捉えて離さない。だが、レイの銃は連射の利かないタイプなので、初撃を外したら逃げられてしまう。ザビエルもそれを感じ取っているようで、射撃タイミングを伺っている状況だった。
ジリジリとした状況が続く中、突如として世界から光が消える。
「な!?」
「見えない!」
その一瞬で間合いを詰められ、レイは蹴り飛ばされ意識を失う。
アルゴスの武器は大盾。狭い室内では使えない。慌てて懐から小さな銃を取り出すも、ザビエルの銃の方が早く、アルゴスの体に銃弾が叩き込まれた。
ーーーアルゴス、レイ vs ザビエルENDーーー
僕は大きなミスをした。
気持ちが焦り、リミッター解除して飛んだ事で世界から光が消えてしまい、そのせいでアルゴスたちに致命的な隙を生んでしまう。
「アルゴス!無事!?」
「今、ラコア将軍が……追っていきました」
追うのはラコア将軍に任せて、僕は大怪我をしているアルゴスを癒した。
知ったかしないワドは珍しい。なんだか成長を感じます。
次回は「意見対立」です。