まるで別人
前回のあらすじ
港町でのやらかしの弁明に失敗したワド。
ギルティ認定されてしまいました。
結局、ギルティ認定は覆せなかったよ。
おしおきは「後日、追って沙汰する」と言われ、執行猶予付きで今夜は開放された。
ルクルとカルカンはすっかり夢の中だ。これまでが野営だったので、今日は熟睡している。
薄暗い部屋の中を見回す。
(野宿と違って、宿は安全すぎて暇だな)
僕は基本的に睡眠を必要としない。彼らが寝ていると、とても退屈なのだ。僕が寝ると、数年単位で起きないから致し方ないけどさ。
ほぼ毎晩の頻度で、話し相手を務めてくれていたエリーゼが特殊だったのだろう。
朝日が昇り明るくなり始めた部屋から、窓の外を眺めつつ嘆息する。
(やっぱ、エリーゼがいないと寂しいなぁ)
……ガチャリ。
「あら?お呼びになりました?」
「な、なんでいるのエリーゼ!?」
いつの間にか部屋のドアをあけて、エリーゼが入ってきた。せめてノックはして欲しいよ。
(あれ?なんか雰囲気が全然違う?)
僕の叫び声で、ルクルとカルカンが飛び起きた。
「エ、エリーゼ様、ど、どうしてここに?」
「……むにゃ?どちら様ですにゃ?」
ルクルは、エリーゼを苦手としているから形勢逆転だ!
助かった。これでおしおきを有耶無耶にできる!
「エリーゼと申します。あだ名はリゼでお願いしますね。ワドとルクルの友達ですの」
(口調も全然違うよ!?なんか別人みたいになっている!一体どういうことなの?)
チラリとルクルに視線を送ってみた。
すると、高速で首をぶんぶん横に振っている。ルクルにも全く心当たりが無いみたい。
あれ?ワールドン様じゃなくってワドになっている。そっか……友達を選んだのか。良かった。
「ワールドン様、ルクル様、お久しぶりです。エリーゼお嬢様ですが、大変な事になりました」
従者3人組の筆頭従者っぽい人だ。名前なんだったっけ?
ルクルが従者に質問をしている。
「ジャックさん、どういう事ですか?」
「エリーゼお嬢様ですが……あの後、狂ってしまいました。詳しくお話しさせて頂きます」
「あら?狂ってなどいませんの。所でワドが悪い事をしたのならおしおきが必要よね?」
何故かエリーゼは、昨日の尋問内容を知っていた。
(……ひょっとして、まさか盗聴?)
あ、ルクルとカルカンを連れて、筆頭従者が退室していく。
(待って!僕も連れてって!なんかエリーゼから両腕をガッシリ掴まれてるんです!)
無情にも扉は閉められ、二人きりになった。
(怖いんですけど!凄く怖いんですけど?)
「エリーゼ、落ち着いて……ね?」
「あら?リゼは落ち着いてますの」
「おしおきって?僕、悪くないんだけど?」
「かる~い、おしおきですの」
エリーゼがそう言うおしおきの内容を聞いた。
ほんとに軽い内容だったので正直ホッとする。
おしおきは「あ~んをして食べさせっこしましょ」「膝枕の刑ですの」と2つだった。
出来損ないのパフェみたいなのを、従者が用意している。
のっているブルーベリーみたいな果実は、ルクルがいた村の近くで実っていた果実だと思う。
アイスクリームの代わりと思われる、冷たくない白くて甘い不思議な食感のものと、ホイップが中途半端なギリギリ生クリームっぽいもの。
チョコの代用なのかこげ茶色の謎の液体に、砂糖をぶっこんだと思われる物。
(これ、パフェじゃ無いなぁ。あの液体なんだろ?)
「未完成品ですけど、ワドと一緒に食べて感想を料理人に伝えようと思いますの」
「なるほど、それで改良していく訳かぁ」
「うふふ、大正解。さぁリゼと食べましょう」
暫くの間、あ~ん合戦が続いた。でもその間、ずっと視線を切らさないエリーゼが、何を考えているのか分からなくて怖い。
「あ、指先についてますの」
「ほんとだ、すぐに拭うね」
ナプキンを取ろうとしたが、エリーゼが素早く僕の指をなめ始めた。ひぃぃぃ!
「な、何してるの!?エリーゼ?」
質問にも答えず一心不乱になめ続けて、ふやけるかと思い始めた頃にやっと解放された。
エリーゼは唇をペロリとなめて頬を染めている。視線は一度も僕から離していない。
(なんか今までと違う怖さなんですけど!)
こ、この流れの膝枕は何か危険だ。逃げないと……ルクル、カルカン、僕が悪かった。悪かったから助けて!
膝枕の刑の執行を、お喋りでのらりくらりとかわしていたら、ルクル達が返ってきた。
(た、助かった!)
筆頭従者が「一先ずお茶にしましょう」と言って場を仕切り直した。全員にお茶のカップが配られる。
エリーゼの視線が離れない。以前はギラギラした、目力たっぷりの視線だった。今はウットリとした、妖艶な視線だ。
(ずっと見てるよぉ……怖いんですけど?)
カルカンが改めて自己紹介をしていた時に、いきなりバターンと大きな音がした。
エリーゼがぶっ倒れている。
「効きました。これで安心ですね」
「ジャックさん、ありがとうございます」
何が安心なの?何故、ルクルは感謝を伝えているの?ちょっと説明してよ!
「どうなってるのか説明してよ!」
「ワールドン様、エリーゼお嬢様は二重人格になってしまわれました」
「はいー?ちょっと何言ってるのか分かんない」
真面目な顔をした筆頭従者の発言が、意味不明。
「大事な布教活動と、友達になることの葛藤の結果、お嬢様は2つの人格に分かれてしまいました」
「え、大丈夫なの?」
「眠る事で人格が入れ替わるようです。別人格の時の記憶は無い事まで分かっています」
心配した僕が、倒れているエリーゼへ視線を向けるのと同時に、ルクルから声がかかる。
「それでさっきのお茶に薬入れて貰ったんだ。危なかったねー」
ルクルが眠り薬をお茶にいれるよう指示したらしい。尋常じゃない効き目だったな。
その後、ルクルからの提案を協議する流れになる。エリーゼが寝ている間に色々と決めたいようだ。
「今までの布教活動をするほうを信者のエリーゼ様、友達となってワドを独り占めしようとしているほうを色欲のエリーゼ様と呼称しよう」
(ん?不穏な単語が聞こえたような?)
「ルクル、ひ、独り占めって?」
「詳しくはジャックさんに聞いてー」
僕は従者の肩を掴んで、激しく揺すりながら無言で質問した。僕の瞳には涙が浮かんでいる。
「~~~~~~~っ!」
「落ち着いて下さいませ、ワールドン様」
僕に関わる事なんだよ!落ち着けるかぁ!
「エリーゼお嬢様は、ワールドン様を友達として性的な意味も含めて、独り占めしようと画策しております」
ふぁーーーー?性的って何!?友達だよ?
「どうやら女神として線を引いてご自身の我欲は殺していた部分が、友達となった事で開放された様です」
元から我欲全開だと思っていたけど、どうやら違うらしい。
我欲の自制が効いている信者エリーゼは、女神の素晴らしさを多くの人に広める事だけに全力投球。
我欲まみれの色欲エリーゼは、僕の全てを独り占めするための暗躍に全力投球との事。
「どどどど、どうすればいいの?ルクル!」
「まぁ、どちらのエリーゼ様でも被害者はワドだけなんだけどー」
「よ、良くないよ!そんな考え!良くないよ!」
ルクルの提案はこうだ。
どちらのエリーゼでも暴走の被害がヤバいと感じたら、即座に裏稼業の睡眠薬で眠らせて人格リセットする事。
エリーゼが寝ている間に会議をして方針決定。
別人格の記憶が無い点を利用して、エリーゼが混乱している間に事態を収拾する。
当面はこれで乗り切るという提案だった。
「それしか無さそうだね……」
「ま、もっと良い案が出たら改めてだねー」
「そちらの女性はそんなに危険なのですか?……にゃ!」
その場の全員から、無言で生暖かい視線がカルカンに注がれる。
「なんです?何か変な事いいましたかにゃ?」
知らないって、幸せなことだよね。
エリーゼは二重人格になってしまいました。
カルカンだけがエリーゼの危険性を知らないので、周囲と温度差があります。
次回は「二重人格」です。